紅白粉素面

エリー.ファー

紅白粉素面

 このまま未来予測をするとなると、どうしても情報が足りない。

 この江戸の時代に、二百年後の日本で何が起きているのかを当てろ、などとこんな無理難題、放り投げられてもこまるというもの。

 そもそも、算術というものを理解できるものがこの城内にどれだけいるというのか。仮に説明したとしてそれが正解でるかどうかというのを、聞いている者たちは理解ができるのだろうか。

 いや。

 無理だろう。

 では、私が嘘をついたところで、それを嘘だと見破る術がないということになる。

 相手に答えを求めるのに、その答えの正当性を理解する手段がないというのは、結局問題に取り組んでいないのと同じだろう。

 二百年後。

 ではなく。

 二日後、であるとか。

 一週間後、であるとか。

 一年後、であるとか。

 そういうものであれば、当たったかどうかが分かるというものだ。

 多分なのだが。

 二百年というのも、何となくなのだろう。

 二百年というのはとても遠いから。

 二百年は遠い感じのする百年の二倍だから。

 二百年ともなれば天下をとっている者も消え去って、新たな文化や歴史が創出されていてもおかしくなさそうだから。

 という所に決まっている。

 バカか。

 本当に、バカなのか。

 言ったから、言われたから、頼まれたから、仕事が来たから、一応はやる。

 一応はやるが、この仕事に何か意味があるかと問われれば縦に首を振ることはできない。所詮は道楽の延長線上にある、お仕事の形を成した何かでしかないのである。

「二百年後には何があるだろうかなぁ。」

 同僚は外を眺めながらぼんやりとそんなことを呟く。

 埃のたまった部屋の隅で分かることなどたかが知れているし、得た知識も日の目を見ることはない。余計なことを考えず、それなりに考えている風を装うにはどのような振る舞いがいいのか、と考えた方が有益である。

「二百年後には何があるだろうかなぁ。」

「何でもいいだろう。何があっても。」

「いやいや、気になるだろう。二百年後だぞ。」

「二百年後だとして、何がある。そこに。そもそも、生きていないのだからそんな先のことに覆いを巡らせて何の意味があるのだ。」

「二百年後かぁ。」

「話を聞け。」

「明日は何が起きるんだろうなぁ。」

「何も起きないさ。」

「城主だが、亡くなって、今、影武者が代わりをしているというのは知っているか。」

「何っ。」

「知らんよなぁ。昨日、聞かされたよ。」

「いっ、いつからだ。」

「答えなかった。そうとう前からだろうなぁ。」

「そんなバカな。」

「二百年後のことがなんで気になるのか分かる気がするよなぁ。」

「な、なんでだ。」

「生きているうちのことは、頑張れば、まぁ、どうにか分かる。でも、死んじまったら先のことは分からんだろう。だから、調べさせるんだろう。」

「知識欲ということか、その、好奇心ということか。」

「お前は知りたくないのかぁ。」

「いや、日々の生活でそんなことに気が回らんから、その。」

「だから、才能ねぇんだよお前。」

「なっ、こっ、言葉を慎めっ。」

「ごめん。」

「直ぐにっ、あっ、謝るなっ。」

「二百年後には、もう、謝らなくても良くなってるぞ。」

「は。」

「二百年後の世界に謝罪というものはない。」

「何故、その。そう言い切れる。」

「償いはあるだろうなぁ。だが、謝罪はない。」

「だから、何故だ、と。」

「心がどれほど籠っているか、という尺度に価値がなくなるんだよ。」

「それはっ、その。今も、ある意味、そうなってきている、というような気がするのだが。その、どうだろうか。」

「もっと、顕著になるよ。」

「お前は、なんというか、その、いつもそう達観している。少し、羨ましいよ。」

「少しじゃなくて、かなり羨ましいくせに。」

「うるさい。」

「はい、ごめんね。」

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