第6話 後宮の食卓
後宮の食事は王宮内にある配膳所から、小舟で運んでくるらしい。いくつかの木箱と金属の鍋が届けられ、ユーエンが軽々と厨房へと運ぶ。居間で待っていて欲しいと言われたけれど、見学することにした。
木箱のふたを開けると、黒い漆塗りの小さな箱がいくつも入っている。小さな箱の中身は美しく盛られた料理。
ユーエンは料理を崩さないように、少しずつ匙や箸で白い小さな皿に取る。ユーエンの分とは思えない少なさ。匙も箸もすべて毎回取り替える。
「それは何をするんですか?」
「検査を致します」
異物が混入していないか調べるというのは、明らかに毒の検査。これが後宮なのかと背筋が寒くなる。
「異物が入っていた場合は、赤く変化します」
取り分けた料理のすべてに淡い黄色の粉が掛けられて、水色の液体が数滴ずつ落とされる。
「毒とかなくて良かったー」
息を止めて見ていても、結局どれも変化しなかった。思わず漏れた安堵の声にユーエンが苦笑する。
かまどに金属の鍋が置かれた。薪はないのかと見ていると、そばにあるレバーを上にあげるだけで火が着く。
「どうやって火が着くんですか?」
村では薪で煮炊きをしていた。ガスや電気があるなんて聞いたこともない。これは魔法石を燃料にした焜炉だと説明を受けてびっくりした。
「魔法石?」
石炭のような物だろうかと思っていると、瓶に詰められたカラフルで透明な石を見せられた。小指の先から親指の先くらいの大きさで、赤・青・黄・緑・青等々。この石には魔力が含まれていて、焜炉の内部にセットすると火が出る。しばらく使うと魔力が無くなって消えてしまうので、また新しい石をセットする。
魔法石は焜炉だけでなく、魔法灯や上下水道の維持に使われていて、帝都では必需品らしい。
魔力と聞いてもピンとこない。今までそんな話は村で聞いたこともないし、見たことも無かった。単に燃えたりする不思議な石を魔法石と呼んでいるのだろう。
料理のいくつかを蒸して、温め直して並べていく手は早い。ユーエンは宰相付の侍女で、人手が足りない時に後宮の手伝いもするという。
骨ばった手に目が行く。細身の男性のような手だと思った瞬間、これではユーエンを不美人と思っていることになってしまうと、思考を振り払う。
大きなお盆の上に四角い漆の器が隙間なく並べられると巨大なお弁当のよう。六列×七列の器に収まる料理は三十二種類、ご飯が三種類、麺が二種類、果物が三種類、菓子が二種類。これに椀に入ったお吸い物が付く。どう見ても一人で食べきれる量ではなくても、これが宮廷料理なのだろう。
「……ユーエンの食事は?」
厨房の作業台の上にお盆は一つ。嫌な予感しかしない。
「こちらです」
残っていた木箱のふたを開けると、せいろに入った茶色の饅頭と丼に入った緑色の汁の無い麺料理。量はたっぷりで、見た目は超地味。
「……二人だけだし、一緒に食事しませんか?」
「いえ。
固辞するユーエンに、独りで食べるのは寂しいと訴え続け、早く食べないと冷めてしまうと脅して認めさせた。
テーブルの上には、巨大なお弁当とせいろと丼。取り皿と調味料が入った小皿。異様に長いお箸と匙が添えられている。
「……菜箸より長いですね……私だけですか?」
ユーエンのお箸は普通の長さ。
「貴族の女性は、そのお箸でお食事をされます」
「わかった! ダイエットする為ですね!」
ピンときた。そうとしか思えない。色とりどりの料理を食べ過ぎないように、長い箸で量を制限するのだろう。
「いただきまーっす」
手を合わせる私を、ユーエンが不思議そうに見ている。リョウメイも村長夫妻も最初はそうだった。この国では食事の挨拶というものがない。
「これは私の国の食事の挨拶です。命を頂くことに感謝をするという意味です」
私の説明を聞いて、ユーエンもいただきますと同じように手を合わせる。強要してしまったようで少し気が引ける。
初めて食べる宮廷料理は、美味しい物と美味しくない物が極端だった。この世界の人々は海の水に近いくらいに塩辛い食事を好む。パンやご飯は普通の味なので、少し食べてはご飯を口にしたり、お湯で薄めて凌いできた。
昆布で巻かれた料理は薄味で美味しい。一方、カラフルな練り物は塩辛い小麦粘土のような味。
ユーエンは大きな丼に入った緑の麺を匙で食べている。この国では麺は匙で切りながら食べるもの。お箸を使うのは稀で、匙を使う方が多い。
麺をお箸で食べると、器用だと驚かれたことを思い出す。四角い器に入った麺にはほとんど味がない。色が違うのは素材の為で、自分で調味料を掛けて食べる。ご飯にも小豆や雑穀が入っているだけで特に味は付けられていない。
「一緒に食べようと思ったのですが、どれを勧めていいのかわからないです。食べきれないから好きな物食べてもらえますか?」
最初から、分ける為に一緒に食卓についてもらった。それなのに、味が独特すぎてどれが美味しいのかわからない。
勧め続けると、ユーエンはカラフルな練り物等々、私が苦手と思った料理を口にする。やっぱり味覚が違うらしい。
せいろで蒸された饅頭を分けてもらうと、中身はひき肉と刻んだ野菜。味付けをされていないのか、素材の味が口に広がる。
「美味しい!」
私にとって美味しい味は、この世界の人には物足りないはず。どうやって食べるのかユーエンを観察すると、どろりとした泥のようなソースにたっぷり浸けて食べている。
同じソースが目の前にあるので、箸の先を少しだけ浸けて舐めてみた。
「か、辛ーっっ!」
唐辛子ではなく、からしのような風味が鼻を抜けていく。これに浸けるのはハードルが高すぎる。
緑の麺は超塩辛い油そばのような味。これは無理だと撤退する。
「カズハ様は、どれが美味しいと思われますか?」
ユーエンに聞かれて正直に答えると、希望を配膳所に伝えますと言われて内心喜ぶ。元の世界の料理の話も聞かれて、久しぶりの楽しい食事の時間を過ごすことができて私はとても嬉しかった。
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