第13話 世界が僕を拒んでも

 外は相変わらずギラギラと照りつける太陽が恐ろしく青い空に浮かんでいた。

 日差しに照らされたビルの窓から僕の目を刺すように第ニの太陽光が飛んでくる。




 繁華街に来たのはあくまで「彷徨い」に来たいがためであって、他に目的はなかった。

 だから今すぐにでも家に帰りたいものだが、今家にはあいつがいる。いつものようにはいかない。


 今すぐ帰ってあいつの顔を見る羽目になるのはどうも気が進まなかった。先程まで散々嫌いな人間の顔と対峙せざる得なかったのだ、いい加減1人になりたかった。




 あてもなく狭い路地を歩き回っていた。

 せっかく街まで出てきたのだから買い物に行くべきかもしれないが、人の多さに僕はすでにうんざりしていた。

 どこか書店にでも行こうとするも本通りには人が多く、平日の昼間にもかかわらず書店には多くの人でひしめいていた。しかも年寄りのジジイばっかりだ。


 これは完全に偏見だが、昼間にうろつくジジイはろくな奴がいない。勿論ババアもだ。




 なるべく人気のない小道を歩き、遠回りだが、歩いて自宅まで向かうことにした。もはや人影すら見るのが嫌になっていた。


 それもこれもあの樋本という男のせいだ。

 真虎さんが僕と引き合わせたのかわからないが、あの男がいなければ真虎さんからきっとまた面白い話を聞けたのだろうに。


 会話教室やら何やら言っていたが、結局は僕のことをバカにしに来ただけだ。きっと真虎さんから引きこもりの大学生の話を聞き、喜んでやって来たに違いない。


 と、油断して歩いていると、正面から主婦のような女性が歩いてきていた。

 一帯は閑静な住宅地、歩行者は僕とその主婦しかいない。


 僕はこのような状況になるのが嫌いで仕方なかった。

 というのも一通りの多い道と違い、一対一で相手の注意が僕一点に集中するため、相手からの圧力を直に感じる。さらにここは住宅地で、今は平日の昼間。そんな中で僕のような人間が1人歩いているとなれば不審に思う。相手は確実に異様な目で僕を見るのだ。


 僕はこのように人の怪訝な目線を感じるたびに腹がギシギシと痛み始め、息が詰まりそうになる。

 向かいの主婦も買い物袋を両手に持ちながら僕の方を訝しげに見ていたが、目が合うとすぐに目線を外した。


 そうだ、いつもそうだ。


 この街に僕の居場所なんてない。


 早く消えてしまえと、健全な街に紛れ込んだ異物のように思われているのだ。あの主婦も、大学も、真虎さんも、僕のことを邪魔に思っている。そうでなければ真虎さんもあんな奴をわざわざ紹介しないはずだ。いつからか厄介に思っていて、僕を追い払いたくなったに違いない。


 先程の繁華街でも僕の存在だけが浮いていて、世界から隔離されたようにひたすら歩いていた。


 この街に限らずどこもそうだ。


 ひたすら地面を見つめ歩いていると、主婦は僕の横を通り過ぎていった。

 ホッと胸を撫で下ろし、前を再び向いて道の向こうを見た。幸運なことに人はおらず、車の往来が激しい広い道に出るようだった。


 車がよく通る賑やかで広い道だと多少気が楽だった。

 人の注意や目線が紛れるからだ。それでもなるべく人には会いたくなかったが。



 遠回りしたせいか、日が少し傾き始めていた。下校する学生の姿が増え始め、無意識に足取りが速くなっていた。これからもっと増えていくと思うとゾッとする。


 帰り道を急ぎながら夕飯のことを考える。

 家に食料はあるが、ここ数日レトルトには飽き飽きしていた。だからといって料理は作れない。


 せっかくこの時間に外出しているのだから外食もいいかもしれない。近所の牛丼屋で最近新しいメニューが出てるらしくて気になっていたんだ。

 想像するとお腹が空いてくる。


 お腹空いた……




 ……いやいいか、また今度にしよう。

 何か買って帰ってやろう、面白い反応を示すかもしれない。

 帰り道に近所のコンビニの前を通るのでそこに寄ろう。


 コンビニの前に着く時にはすでに日が暮れていた。

 いざ目の前にすると気が進まなくなるが、食事のためだと自分を鼓舞し店内に入る。


 本当はスーパーの惣菜や弁当の方が安いが、すぐに行くのが億劫になるほどスーパーとは面倒くさい店舗なのだ。その反面、コンビニは気軽に寄れるのは良いところだと思うが。


 店内は夕方だけあって人が多かった。

 会社帰りのサラリーマンや下校中の学生などが集中してこの時間に集まるのだ。



 あいつの好みはわからんが、昼は麺だったしのり弁とかでいいだろう。宇宙人の好みを知っているという人物がいるなら至急連絡してほしい。


 自分のはちょっと豪勢に幕内にしておくか、と弁当を取ると横の棚に目が行った。

 激辛担々麺と書かれたカップ麺が並んでおり、その辛さを強調した手書きのポップが目を惹く。


「辛いもの好きの店員もあまりの辛さに悶絶!未知なる辛さをご家庭で!」


 辛いものは実は好物で色々試してきたが、僕の舌を破壊する程のカップ麺は出会ったことがない。

 そして何より、これを食べた時宇宙人がどういう反応をするか学術的にも気になるだろう。



 弁当2段の上にカップ麺2個を乗せ、最後に紙パックの麦茶をもう一つの手で持ち、レジへ向かった。


 既にレジには1人だけ並んでいたが、僕が並んだ途端に一斉に並んだのか、後ろにはいつのまにか行列ができていた。なぜもこうタイミングが悪いのか、と悔やんでいる間に僕の番になった。


 後ろからのプレッシャーを感じながら財布の中身を確かめていた。


 合計金額が示されると、僕は必死に小銭を探し始めた。生憎中途半端な数字だったので1円玉と五円玉を駆使して払わなければならない、が、5円玉が一枚だけ足りない。あとそれだけあればちょうど釣りなしで出せるのによりにもよって一枚だけ足りない。


 あまりにも僕の手際が悪いので、心配そうに店員がこっちを見ている。

 後ろの客も苛立ち始めているようだった。


 ガチャガチャ財布を探すも見つからなかった。昼の時スーパーとカフェで払った小銭でなくなってしまっていたようだ。


 無い物は無い、仕方ないので1万円札を出すしかなかった。

 既に受け皿に出してしまっていた、千円札と小銭を急いで回収する。


「す、すみません……」


 どうも空気に耐えられず声が出ていた。謝ったところで意味ないが。



 すると財布に入れようと掴んだ小銭が指の隙間から滑り落ち、床に盛大に散らばった。


 なぜかこの時、小銭が床に落ちる前に直感で結末がわかっていたかのように、僕は音が出る前に耳元に手を動かしていた。何かやらかした時はよく目の前がスローモーションのようになるのはなぜなのだろうか。



 チャリチャリチャリーーーーン。


 硬貨が床に散らばり耳に響く音を立てた。店内にも大きく響き渡り、全員の注目が僕に集中した。


 僕は耳を手で押さえてその様子を見ることしかできなかった。



 世界が静止したかのように空気が止まった。


 床でクルクルと回っていた100円玉がパタリと止まったのを見て、ふと我に帰った僕はすぐさま小銭を拾い始めた。



「ご、ごめんなさい!」


「あのっ!大丈夫ですか?」


 店員が心配そうに声をかける。


 しゃがんで必死に小銭を拾い集めていると後ろに並ぶ客の顔が一瞬見えた。すぐに目線を外すも、苛立ちの表情をしていたのが嫌にも分かった。


 僕は焦っていた。早く拾わなければならない、きっと怒られる。


 だが焦れば焦るほど僕の手は狂っていく。


 掴んだ10円玉を再び手を滑らせ落とし、それが床を転がっていく、転がっていく……


 待ってくれ!待ってくれ!


 行列の方へ転がったそれを追いかけながら人の目線を痛い程感じていた。

 何をやってるんだウスノロ、早くしろとそう言いたげなその目を僕は直視できなかった。


 小銭をどうにか集めると、震える手で僕は一万円札を出した。


「す、すみません、一万円から……」



 お釣りを貰い、もう落とさないと慎重に財布に入れると、すぐにレジから逃げようした。とにかく早く店を出たかった。


「あのっ!お客様!」


 急に店員から呼び止められ、振り返ると、店員が弁当が入った袋を持っていた。


「あっ!ごめ……ごめんなさい!」


 やはり焦れば焦るほどろくな結果にならない。

 自分が買った商品すら忘れるのだ。


 商品が入った袋を店員から受け取ると僕は逃げるように店を出た。




 なぜいつもこうなのだろう。

 周りに迷惑だけかけては厄介者として煙たがられてきた。

 当たり前のことができない、脳に欠陥でもあるのだろうか。だが残念ながら僕に障害はないらしい、悲しいことに前受けた検査ではまったくの健常であった。



 では僕は何者なのだろう。

 誰からも忌み嫌われ、必要とされない存在。

 僕は何も好かれたいと高望みをしているわけではない、ただ存在することを、ここにいることを認めて欲しい、それだけなのだ。


 だが周りはそれを許さないだろう。

 この街に、いや、この世界に僕の居場所はない。


 世界は僕を拒んでいる。

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