第11話 学校

 夜はバーである「彷徨い」は昼の間カフェとして開いている。

 僕は基本夜しか外に出たくないタチなので、カフェの姿をしたこの店をほとんど見たことがなかった。

 そう、今日は「たまたま」昼間やってきたのだ。偶然の産物だ。


 ドアを開けると相変わらずの客数で、適度な人の間隔が心地良ささえも与えてくれる。

 だが、バーの時間帯とは大きく客層の違いがあった。

 夜の客を例えるならスーパーの見切り品ですら売れずに廃棄された野菜で、昼の客は道の駅の無農薬の新鮮野菜といったところか。

 店の方も提供する料理の材料はこの例えのまま使い分けているのではないだろうか。

 店内はいつもよりも照明を多く点けているようで少し明るく、普段は見えなかった店の隅まではっきり見ることができた。

 空いている奥の4人がけの席に座り、一息つく。

 ラミネートされた1枚のメニュー表をちらりと見ると並ぶ料理や飲み物は、地元新鮮卵のオムライス、地鶏のチキン南蛮定食、今日のランチ、あとは知らない横文字の料理、といかにも意識が高そうなメニューが並ぶ。

 僕が思うに料理名の頭に修飾語がつくと一気にこだわり感がでるので、特にこだわりがない店でもとりあえずつけているのだ。

 まぁ今日は料理は食べない。コーヒーでも頼もう。

 と、気がつくと店員が僕の横に立ち注文を取りに来ていた。

 普段のバーでは起こりえない状況に戸惑う。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 早すぎてまだ決めてるわけないだろう、神速な店員は初めて見た若い女だった。

 だが再び店員を自分で呼ぶのも面倒なので今決めておこう。

 たまたま目に付いたものを頼む。

「カプチーノでよろしいでしょうか?」

 正直僕はコーヒーの違いをイマイチ理解していないため、カプチーノだのモカだのエスプレッソだの、未だにどんな飲み物なのか分かっていない。とりあえず飲んだらだいだいのコーヒーはおいしい。

「カプチーノをお1つ、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「あっ……はい」

「待ってください、オムライスを1つ」

「え?」

 と、僕の前の席に座り込んで勝手に注文をしたのは、見慣れた顔だった。

「あっ、えっ?真虎さん!?」

「勝手に相席させてもらうよ」

「まぁ別にいいけど、珍しいねこんな時間に」

「それはお互い様だろ?……あっ、あとチキン南蛮定食を1つ」

「わかりました、チキン南蛮をお1つ」

「えっ?真虎さん食べられんの?」

「あと1人くるから、ダメだった?ダメだったらすぐに席離れるから」

「いや、別にいいけど……」

「以上でご注文はよろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です、よね?」

 真虎さんは目だけ動かして僕の方を見た。

「うん、真虎さんがいいなら」

「それでは注文を繰り返します、カプチーノを1つ、オムライスを1つ、チキン南蛮定食を1つ、以上でよろしかったでしょうか?」

 無言で僕達が頷くと店員は厨房があるカウンターの方へ歩いていった。


「あの、あと一人って?」

「ああ、ちょっとな」

「ちょっとって何さ」

 すると間も無く見知らぬ男が店に入ってきた。

 風貌はひょろりとした体型で小綺麗なスーツを着ており、高貴な中年男といった様子だ。

 その男は店員に何やら話しかけるとこちらの席に向かって歩いてきた。

「まさか、あの人?」

「そうだよ、彼は僕の恩師で君にぜひ合わせたくてね」

 横に目をやるとすでに男は僕たちの席の横に立っていた。

「大学教授の樋本さんだ」

 そう真虎さんが軽く手を添えて紹介すると、男はぺこりと首だけ会釈した。

「どうも」

 と、一言添えて。

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