ちょっとサッカーの話 2019 夏が終わって

幼卒DQN

第1話 ネイマール、君が行ってしまったから

「今日はたくさん余談が入ることを許して欲しい。


 今、フットボールの中心にあるのはショートカウンターだ。その流れをつくったのはCLを獲ったユルゲン・クロップ。彼は自分のやり方をストーミング嵐のようなプレスと称した。相手チームがボールを保持していても息つく暇を与えないプレスでボールを狩る。ボールを奪われないようにバックパス。しかし低い位置でのパスは危険を伴う。奪ったら、素早くゴールを陥れる。


 これはクロップが創始した手法ではない。60年代にアヤックスでミケレス監督がクライフと生み出した『ボール狩り』、80年代後半ACミランの『ゾーンプレス』などが源流にある。ただ、時代を経るに従いその強度は増し、敵陣でボールを追い回し、忙しなくボールは動く。


 ハイプレスを仕掛けられ、セーフティに逃げのパスをしていくと、だんだん苦しくなる。陣形は崩れ、変形し、混沌とする。イレギュラーが重なるとサッカーの守備側が本来持っている優位性が崩壊する。


 俺が愛するバルセロナは、去年のCL、ローマを相手にホームで1st legを戦い4-1勝利、アウェー2nd legに臨み、ローマが周到に準備したショートカウンターの前に3-0、アウェーゴールの差で敗北した。

 今年のCL、リヴァプールを相手にホームで1st legを戦い3-0勝利、アウェー2nd legに臨み、リヴァプールが周到に準備したストーミングの前に4-0、敗北した。

 

 どちらもアウェーでバルサが最終ラインでボールを保持したとき、パスコースが見つからず途方に暮れているケースが散見された。

 プレスされ、逃げるようにバックパス、そこで奪われるわけにはいかないのでロングボールを蹴り出す。高さがない、競り合いでも勝てない。ボールを取られる。

 

 以前のバルサにはネイマールがいた。

 ネイマールは敏捷でしかもロングレンジのスピードも兼ね備えるメッシとタメ張るドリブラー。


 スペイン語にはドリブル突破を表す言葉が二つある。コンドゥクシオン運ぶドリブルレガテ仕掛けるドリブルだ。前者はロングカウンターに有用なドリブルだ。ガレス・ベイルのようなトップスピードの速い選手がこれを得意とする。後者はDFをかわしてボックスに潜り込むドリブルだ。技巧と敏捷性でもってDFに挑みかかる。もちろんメッシが第一人者。


 かつてはメッシもコンドゥクシオン運ぶドリブルでも優れた選手で独力でロングカウンターを完結し得る選手だったが怪我を重ねるうちにロングレンジのスピードに陰りが見られるようになった。一方で創造性やFKを磨き未だ最高峰に立ち続けているが。


 ネイマールはコンドゥクシオン運ぶドリブルレガテ仕掛けるドリブルもできる。世界有数のクラッキだ。


 ネイマールがいた頃は、後ろからロングボールをネイマールの前に蹴り込むことで好機をつくれた。DFと駆けっこして先にボールに触れたら大チャンス。相手が前に人数を掛けていればもちろん後ろは手薄。大分トリニータサポーターは片野坂監督が武器とするこれを擬似カウンターと呼ぶ。流行するハイプレスに有効な対策だ。 


 しかし2年前は。

 スアレスのスピードは大したものではない。メッシのトップスピードは平凡。コウチーニョも同様。


 よってローマは思う存分ハイプレスをかけた。パスの出しどころがない。ローマはフィジカルが強く、体を当てられると簡単にボールを奪われた。敢えなく3失点。慌ててバルベルデはデンベレとアルカセルを投入した。


 そう。この試合、デンベレがスタメンだったら、バルセロナは勝ち進んでいただろう。デンベレの一番の武器はスピードだ。デンベレがいたら、ディ・フランチェスコ監督はDFラインを上げることを躊躇したはずだ。そしてバルサは効果的なロングカウンターを仕掛けられたに違いない。


 リードしたローマはもちろんリトリート。デンベレがピッチに現れた時、そのスピードを活かすスペースは存在しなかった。目を覆わんばかりの采配。

 困ったときに投入出来るのが適応出来ていないパコ・アルカセルやアンドレ・ゴメスな時点で、選手層的に苦しかった。



 そして、今年のCL。

 バルベルデはコウチーニョのテクニックは大柄なリヴァプールのDFには通用すると考えた。コウチーニョはプレミアで輝いた選手だったからだ。


 1st leg。果たしてコウチーニョはまずまずのプレーを見せた。2nd legでバルベルデはまたコウチーニョを起用することに決めた。

 三日後に2nd legを控えたセルタ戦、先週にリーグ優勝を決めておりいわば消化試合。バルベルデは試合経験の乏しい若手を多く起用した。その中にデンベレもいた。

 つまり2nd legでデンベレをスタメンにしないということだ。

 試合開始25秒、デンベレは右ももに筋肉系の負傷。ピッチを去った。


 もちろんデンベレにも落ち度がある。サッカーよりもTVゲームが好きでつい熱中して夜を明かしてしまう、遅刻魔だ。およそプロとは呼べない生活で、怪我が絶えない。他人から見ればうらやむようなとてつもない才能を持つのになかなか試合に反映されない。


 俺もゲームが好きだから気持ちはわかる。21歳の若者が好きなものを我慢するのは難しい。日本にだってゲームにハマりすぎて大学を留年する者がたくさんいる。

 今シーズン、初戦が終わって。医療チームは精密検査を受けるように要求。しかしデンベレは無断でフランスに帰国。戻ってくると練習中に大腿二頭筋を損傷。

 ……このままではバロテッリコース。



 ともかく、主力を休ませたバルサは非常に有利な状況でアンフィールドリヴァプールのホームのピッチに立った。

 バルベルデは昨シーズンのローマ戦の轍を踏まぬよう、強く戒めた。対策も施した。

 踏んだ。


 リヴァプールの選手はローマよりクオリティーが高い。加えてストーミング世界一の敵陣守備のチーム。バルサは嵐を耐えようとした。前半に訪れたチャンスを逃すと、だんだん自陣に追いやられる。コウチーニョとラキティッチは暴風に弄ばれる葉でしかなかった。ただ一人輝いていたのはエネルギッシュなファイター、ビダルだけ」


 手裏剣が手を挙げる。

「以前、コーチは弱いチームにメッシがいても足を引っ張るだけだみたいなことを言ってたよね」


「うん。

 この試合で必要だったのは闘える選手。

 もしくは、ローマ戦同様、無遠慮に上げたDFラインの裏へスプリントして脅威になれる選手。

 ストーミングを捌ききるパスワークがないのだからどちらかが欲しい。ディフェンシブに戦って2失点以内に抑える。だがこのメンバーはそんな戦い方をした経験が少な過ぎる。


 そもそもカンプノウバルサホームでの1st legも3点差付いたのが幸運だった。内容的には互角でメッシの力で無理矢理ゴールをこじ開けただけだ。3点目、メッシのFKが決まったとき、クロップは笑っていた。心がぶっ壊されたのだろう。

 思い返せば2年前のCLでPSG対バルサは4-0の敗戦。同年ユーベ対バルサは3-0の敗戦。アウェーになるとパスワークが極端に落ちる。


 リヴァプールはバルサの天敵だった。そして、イングリッシュプレミアリーグはリーガエスパニョーラを超えようとしている。その原資はプレミアが吸い上げるアジアマネーだ。


 以前のバルサこそ、息つかせぬハイプレスを構築し3冠を成し遂げている。ペップ政権下のことだ。特にCFエトオが凄かった。とてつもない運動量、スピード、戦術理解度、判断力。ボールを奪えば即座にアタッカーに変貌しショートカウンター。

 

 しかしラポルタ会長はエトオの価値を替えの効かないものだとは考えなかった。エトオがギャラの増額を要求するとインテルに放出しイブラヒモビッチを獲得。イブラのほうが価値が高いと、60億円にフレブのローンもおまけに付けて。

 しかしイブラは走らなかった。ハイプレスは機能しなくなり、シーズン終盤にはペップに冷遇されるようになり、来シーズンにはミランにローンに出された。イブラの初めての蹉跌と言っていいだろう。



 人間の欲は際限がない。満足しきらない。そういう風にできている。

 ネイマールとダニエウ・アウヴェス。他のクラブならもっと活躍できるだろうと夢見てバルサを出、PSGに行き着き、現実を見て、後悔し、バルサ復帰を願った。アウヴェスは36歳になった。サッカー界の一般的な常識で言えば老いさらばえつつある選手……なかなかその気配を見せないが。結局、サンパウロに移籍。神戸が賢く、日本人と大差ないような微妙な外国人を獲っていなければ、高年棒で押し切ってアタッカーとしても機能するこの一流のSBを日本に連れて来れたかもしれない。


 ネイマールはPSGの玉座に就けず、しかしこだわり、故に愛されず、やさぐれ、役者ダイバーの名を欲しいままにする。その類いまれな突破力とやや過剰な演技で掴み取ったPKを、かつてはメッシに不承不承献上し続け、メッシは得点を積み上げ喝采に浴し、ネイマールは黒衣を身に纏った。

 ネイマールはバルサを出た。


 しかしフランスリーグは頭脳戦のレベルがスペインより低い。というかスペインが最高峰。バルサはその最たるチーム。PSGでは退屈だった。更に競争力のないフランスで活躍しても、バロンドールを争うような賞賛を受けることはないと気づかされた。

 エムバペも、気付いている。が、現在最も価値を持ち22年まで契約を残す自分は300億円を超える移籍金を積まれないとPSGを出ることは叶わないことも知っている。だから、今はPSGで」


 そして剣はiPadの画像をみんなに見せる。https://sport-japanese.com/barcelona/news/id/24888


「自分も近い将来暴れることになる。願わくば来シーズン。契約延長を拒むエムバペはネイマールと笑顔を交わし、PSGの広報はこの画像でネイマールが孤立していないとアピールする。


 悲しきPSG。最高峰の選手の目的地にはなり得ない。


 以下抜粋。



 フランスメディア『Oh My Goal』のインタビューで『サッカー選手として最高の瞬間はいつ?』と訊かれ、ネイマールは次のように回答した。


『バルサにいた時にパリSGに勝った時は完璧だった。あの後はみんながクレイジーになったよ。全員が最高の気分だったと思う。あの大逆転の時に僕らが6点目を決めた瞬間の感じ……あんな風に何かを感じたことは一回もない。とにかく信じられないことだった!』



 満たされないネイマールは夜の街に繰り出す。偉大なる先駆にして稀代のファンタジスタ、ロナウジーニョと同じ疾患に罹った。


 メッシはネイマールにメールを送った。『チャンピオンズリーグを奪還するために君が必要だ』そしてバルサ幹部にネイマール獲得を要求。

 ネイマール不在の痛手を誰よりも感じていたのはメッシだった。

 

 ネイマールはPSGに遅れて合流。レオナルドSDに移籍を直訴。自分が悪者になってでも、PSGに移籍金を下げさせ厄介払いでバルサに戻りたい。バルサは欲しくないそぶりをする。PSGは可能な限り高値で出したい。


 ただ、PSGでシーズンの30%以上を怪我で離脱するネイマールにどこまでの価値があるのか。

 レアルマドリーはネイマールを見送り、来年に勃発するエムバペ獲得レースのため、軍資金を貯めることにした。バルサがここでネイマールに金を出せば、より高く札束を積み上げ、フランス人ジダンの電話でレアルが勝利するだろう。


 PSGのオーナー、傲慢なナーセル・アル=ヘライフィーはくまで2年前に投じた移籍金290億円の回収を命じた。価値は下がっていないと言い張った。

 交渉は決裂した。


 PSGには油まみれのカタール産の金が湧き出るオーナーがいる。 

 年俸43億円を無気力なネイマールに支払う。バルサに復帰した際には26億円まで下げる約束をしている。更に自分の移籍金の足しに23億円を自腹で払おうとしていた。レアルマドリーにも声を掛けた。どうにかしてPSGから出ようとした。ネイマール騒動はPSGの士気をぐぐっと下げる。CLにネイマールを出してしまえば、冬にバルサは手を出さない。そもそもバルサの前線は足りている。若手も伸びてきた。 


 おそらく今夏の敗者はPSGだ」

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