第17話 真実

「なぁ、千丸。どう思う?」


「千景ちゃんのこと?」


「そう」


「私は良いんじゃないかなって思うけども。なんか独り立ちしたっていうか」


「それはそうなんだけど、なんかさ、こう……」


「なに?未練でもあるの?」


「そう言うんじゃないんだけどさ」


「じゃあ、いいじゃない。前向きになるのは良いことだと思うよ」


何かが引っかかる、喉元に魚の小骨が刺さったような感覚が消えない。そのうち気がつくかな。


「あの!葵ちゃん!」


「神名峰ですわ。まだ名前で呼ばれる中ではないと思いますの」


「あ、ごめん。神名峰さん。あの……さ。ちょっとききたいんだけど、怒らないで聞いて欲しんだ」


「内容によりますわ」


「まだ、吉原のこと、気にしてるのか?」


「えぐってきますわね。そんなに気になります?」


「や、まぁ。あいつ、俺の友達だし。中途半端な気持ちでってのは俺も嫌っていうか。真剣に考えてくれないかなぁって」


「俺だけを見てほしい、ってことですわね?」


「まぁ、そんな感じ。偉そうなことを言ってるのは分かってるんだけどさ」


「私の目にはまだ吉原くんの姿が映ってるように見えるのですね」


神名峰はそんな自分に少し悲しくなっていた。終わった恋に未練を残して、自分を好いてくれる相手を見れていないことに。


「それならば。久保様が私を振り向かせていただけないかしら。かつての想い人を忘れられるくらいに。そのくらいの気概がないと、私はまっぴらごめんですわ」


「わかった。まずはその焦げかけた肉をもらえるかな」


横から見ていると神名峰と元春はなんとかうまくゆきそうな気がする。問題はあの2人だ。


「伊万里舘さん。これ」


「ありがとう。取ってきてくれたのね。いただきます」


端から見れば、順調に進んでるように見える2人。でも僕にはそうは見えなかった。千景が僕の知っている千景に見えなかった。

バーベキューは目論見通り、神名峰と元春の距離を縮めることに成功したように見える。後から神名峰に聞いてみたけど、案の定、「吉原くんがそれを私に聞きますの!?」と怒られてしまったが、元春のことを悪く思っていないというのは分かった。


「千景、いるか?」


いつものようにおもちゃの鉄砲でBB弾を窓に撃つ。


「なに?」


いつものように顔を出す千景。ここはストレートに聞こう。


「千景は水野が好きか?」


「悪くは思っていない」


「それじゃ、付き合う未来は見えるか?」


「まだわからない」


「最後の質問だ」


「何を言われた?」


千景が目を伏せた。これはビンゴなのか?


「千景、何を言われた?本当のことは僕しか知らない。他の誰になにを言われようがそれは嘘だ」


「なんで……なんで圭吾がそんなことを言うの!?ずっと私に隠してきたんでしょ!?なんでそんな圭吾がそんなことを……!」


思いっきり窓を閉められた。しかし。僕以外にこれを知っている人間なんて。水野、お前は一体誰なんだ。

翌日の日曜日は部屋にこもってアルバムをひっくり返す。あの頃、自分以外に誰かいたのか?これは両親にも聞けないことだ。自分で探さないといけいないことだ。


「見当たらない。あの日の写真には別の人間は写っていない。じゃあ、誰が、あのことを?」


翌日の月曜日。水野を見つけて話をするために昼休みに中庭に呼び出した。まどろっこしいのは嫌いだ。


「水野。お前、千景に何を話した」


「僕はなにも話していないよ。告白しただけだ」


「今、"なにも話していない"って言ったな。何のことだ?"なにも"って何のことを言った?」


「あー。失敗したな。僕はね。知ってるんだ。あれを」


あの日のことを知ってるやつが居たってのか?そんな馬鹿な。周りには誰も居なかった。居ればあんなことにはならなかった!


「そのことを千景に言ったのか!?」


「"まだ"言ってない。ただ告白しただけだよ。でも、いずれは……」


「やめろ……やめろぉっ!!」


「一体どうしたの?本当のことを千景にバレたらなにかマズイの?」


「千景って呼ぶな。お前みたいなやつが千景って呼ぶな!」


「君に……その資格はあるのかい?」


言葉にならない。否定したいのに言葉が出てこない。くっそ……!


「それじゃ、僕は行くね。"けーちゃん"」


「!!」


今回ばかりは僕一人じゃ……どうにもならない!


「なんですの?急に。」


ピンポーン


「あら。どなたですの?」


そこには久保と千丸がいた。


「僕が呼んだんだ。悪いな。場所を借りて」


「まぁ。初めてお礼を言われましたわ」


神名峰が両手を口に当てて驚くフリをしたあとに真面目な顔で切り出した。


「千景ちゃん、のことですわね」


「ああ。今回ばかりは僕だけでどうにかなるものじゃない。神名峰と千丸には本当のことを話すから聞いてくれ。その上でどうしたら良いか意見をくれ」

「それは……。にわかには信じがたいお話ですわね」


「だが、これは真実だ」


「その話が本当だとしたら……千景ちゃん……」


「ああ。まずい。僕が最も恐れていたことが起きかねない。まずは水野がなんでそのことを知っているのかを調べたいんだけど、僕たちが直接動くわけには行かないと思う。そこで、神名峰のご両親にお願いしたいんだ」


「分かりましたわ。早速連絡を」


「私はなにかやることある?」


「できるだけ千景をそばに置いてくれ。教室にいるときは僕が。放課後は図書室で千丸が。帰ってきてからは僕が。神名峰には悪いんだけど、この部屋からは千景の家がよく見えるだろ。何かあったら僕に連絡をくれ」


多分、予想が合っていれば……。水野は……。




「伊万里舘さん。僕は君を許さないよ。絶対に君を許さない」




翌週には神名峰さんのご両親から調べた結果を聞くことが出来た。


「やはりそうか。葵、病院名、分かるか?」


「多分ここ。新聞記事はこれ」


「なにが書いてあるの?」


「水野には妹がいたんだよ。10年前に亡くなっている。これはその子の死亡記事だ」


「それと千景ちゃんが何の関係が?」


「この前、話しただろ?あれ、本当に僕だったら、水野の妹は助かっていたんだ」


僕がこの前の話の核心部分を話しているとき、水野は千景をせせらぎ公園に呼び出していた。


「やあ。来てくれると思ったよ。ありあとう。で……」


「聞かせて。さっきの話の続き」


「落ち着いて。まずは深呼吸だ。まずは僕の妹の話をしようか。僕にはね。1つ離れた妹がいたんだよ。それはそれは可愛い妹だったよ。ほら、これが妹」


水野はカバンから写真を取り出して千景に見せた。


「ねぇ、"いた"ってどういうこと?」


「そのままの意味さ。死んだんだよ。本来は助かるはずだったのに。僕と両親は涙が枯れるほど泣いた。あの幼いときの記憶が脳裏に焼き付いて高校生になっても消えることはない。探すのに必死だったよ。でも見つけた。僕の希望を見つけたんだ。ああ、嬉しかったなぁ」


「その希望って?」


「千景ちゃん、君だよ。僕にとっての希望は千景ちゃんなんだよ……。何にも代えがたい存在。それが千景ちゃんなんだ。こうやって話が出来て本当に嬉しいんだ」


その時、圭吾と神名峰、千丸は千景を探していた。家に居ると思っていたのに、居なくなっていたのだ。玄関の鍵が開いていたので入ってみたが居ない。靴も無くなっていたから出掛けたようだ。


「千景~!どこだ~!千景~!」


「いたか?」


「ううん、どこにも居ない!」


神名峰には学校を探してもらったが、やはり居ないと連絡があった。


「まさか……!」


「ちょっと!圭吾!!」


「千丸!これ、僕の家の鍵!僕の部屋にサッカーボールがあるから、それを持ってせせらぎ公園に!」


間に合え!間に合え!絶対に駄目だ!千景は知っちゃいけないんだ!

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