第16話 水野史郎

「おいおいおいおい。吉原ぁ~。デートって良いものだなぁ。おい、聞いてるか?」


「聞いてる聞いてる。おめでとうさん」


「まだ何も言ってないだろ」


「なんだ?神名峰と付き合うことになったんじゃないのか?」


「まだですわ。私、そんなに尻の軽い女ではないのですから。吉原様にはいつ敷かれてもよろしくてよ」


「神名峰さん、まだ諦めてないの……」


「冗談ですわ千丸ちゃん」


「その呼び方だけは絶対にやめて」


「あら、失礼あそばせ」


「この……!」


なんか神名峰の様子が今までよりも自信があるように見える。元春にそんな力があったなんてなぁ。まぁ、何にしても良いことだ。なんて自分が言うのも何だけど。


「ところで。吉原くん、ちょっとお伺いしたのだけれど。最近の伊万里舘さん、なんかあったんですの?」


「ああ。ちょっとな。僕が千丸に……」


「ちょちょちょっと!!」


「ん?」


「やめてよ!」


「ああ、そうか。それじゃあ……僕と千丸が付き合うことになったって現場に伊万里舘も呼んだんだよ」


「マジで?」


「マジで」


「お前、鬼畜だな」


「どうせバレるんだ。隠して後からバレたほうが大惨事だろう?」


「まぁ、そうだけど……。それで伊万里舘はなんか吹っ切れたってことか?」


「いや、そういうのじゃないと思う。なんか違う感じがするんよな。」


「何だよなんかって」


「今の時点では詳しく話せない。スマンな。との時が来たら話す」


「なんだよ勿体ぶって。まぁ、わかったよ。後でどうなっても知らねぇからな」


「分かってる」


分かってる。これは僕と千景の問題だ。どんなに先送りにしてもいずれは決着をつけなければならない。


「ねぇ、何難しい顔してるの?」


「ん?」


「ああ、いきなりごめん。僕は水野史郎」


「知ってるって。同じクラスじゃないか」


「ああ、覚えていてくれたんだ。ありがとう。で、ちょっと用事があってきたんだけどいいかな。今日のお昼休みに時間をくれないか?」


「とういうわけなんだが、千丸、構わないか?」


「どうぞ」


今日は千丸が弁当を作ってきてくれたのだが、この話はなんか重要な気がして申し出を受けることにした。彼女のお弁当よりも重要に感じたんだ。


「で?話って?」


「伊万里舘さんの件だ」


「なんだ?取り持ち希望って……わけじゃなさそうだ」


「うん。僕、多分だけど、君たちの関係を知っていると思う。その上で聞きたいんだけど、僕は伊万里舘さんに交際を申し入れても構わないのかな」


「なんで僕に許可を取るのさ」


「保護者何だろ?そう聞いている。保護者が本当に君なのかは知らないけども」


正直、背中に冷たいものが走った。僕以外に?本当に?でも知っていたからって。何も問題はない。


「僕が保護者だよ。千景は僕がいないと駄目みたいで。だから交際を申し入れても結構難しいじゃないかな。申し込むのを止めようとは思わないけども」


「ありがとう。それだけでも聞ければ問題ないよ。それじゃ、僕が邪魔しちゃ悪いだろうからこれで」


水野はそう言って校舎の中に消えていった。


「何だったの?」


「僕は千景の保護者だろうから千景に告白する前に許可を取っておきたかった、っていうことらしい」


「なんだか本当のお父さんみたいね」


「まぁ、実際そんな感じだからな」


なんだかよくわからない展開になってきた。あの日から千景にチャレンジするものが数人いたらしいが。全員フラれた、というよりも千景が何の反応もしなかったので取り付く島なしという感じで玉砕しているそうだ。目撃者の話では。千景チャレンジなんて名前もついてしまったようだ。


「ですから!なんで私の家に集まるんですの!?ここはドラマの常設セットじゃありませんのよ!?しかも一人増えていらっしゃるし。どなたです!?」


なんだか知らない人まで増えて神名峰様はご立腹のようだ。


「始めまして。僕は水野史郎と申します。こちら、伊万里舘さんのお友達から始めさせていただきました者です」


「そうですか。伊万里舘さんの恋人候補ということですか。って恋人候補!?どういうことですの!?伊万里舘さん!」


「そのままの意味。告白されたから、お友達から始めましょうって答えたの」


「水野……お前すごいな。千景チャレンジクリアしたのか」


「圭吾、なにそれ」


「ああ、千景、僕と千丸が付き合い始めた後、何人かの人から告白されただろ?おまえ、それを全部無視しただろ。それでついたあだ名というかなんとうか」


「伊万里舘はなんで無視したんだ?」


「顔を見て話さない人は嫌い。みんな横からとか下を向いてとか。そんなのばかりだった。水野くんは真っ直ぐに私を見てくれたの。だから。でもどんな人かわからないから」


「千景……なんか普通が一般の普通になってくれてお父さんは嬉しいよ」


「吉原さん、やっぱり千景さんの保護者だったんですね」


「ああ。まぁ、こんな関係だけどな」


「あの~。家主を差し置いてはお話盛り上がっているところ悪いのですが。私、まだ制服のままですので一旦お外へ行っていただけると助かるのですが」


「ん?手伝うか?」


「嫌いになりますよ?久保様」


「あー!冗談だって。ほら、みんな出るぞ」


一同、ドラマの常設セットから外に出る。そんな僕は水野のことが気になって仕方がなった。


「なんか不満そうな顔をしてますね、吉原くん」


先に話しかけてきたのは水野の方だった。


「いやな。千景がそうも簡単に俺たち意外を寄せ付けるなんて思っていなかったんだよ。本当は喜ばしいことなんだけどさ」


「そう思われるのも仕方がありませんね。実は僕、ずっと彼女を見ていたんですよ。何回も何回も。多分1年以上。目があう度に笑顔を返していたんですが……」


「全部無視された、と」


「そうです。それで、最近の伊万里舘さん、なんか雰囲気が変わられたんで思い切って声を掛けてみたんです。先に吉原くんに声を掛けたのは吉原くんの彼女だったらマズイなって思って。振られるのは怖いですからね」


「うまく行ってよかったな。もしそのまま付き合うことになったら千景を頼む。あいつ、ちょっと不安定なところがあってさ。心の支えになってやってくれ」


元春が呼び鈴を鳴らして催促しているが、中からは「乙女の準備はじかんがかかるのです!」と声が帰ってくるだけで一向に扉が開く気配はなかった。


「もう10分だぞ。どんだけだよ」


「元春のためにおめかししてるんだろうぜ。なんか褒めてやれよ」


ガチャ


「お待たせしましてよ?ささ、皆さんどうぞ。狭いところですが」


なるほどそういうことか。人数が増えたので、観葉植物とかがベランダに出されている。準備してたんだな。相変わらず気が回るやつだな。


「お。その服、似合ってるじゃん」


「喧嘩を売ってらっしゃるのかしら?」


「いや。なんでジャージなんだよ」


「部屋を片付けていたからですわ!?お片付けはジャージが相場と決まってますでしょう!?」


「元春。褒めるのは服じゃなくてリボンの方だったな。不正解だ。千丸、見本を見せてやるんだ」


「ええ……。神名峰さん。そのリボン、どこで買ったの?」


「これですの?駅前のショッピングセンターですわ。そんなに高いものでもないものですわ」


「すごい。神名峰さんのセンスが光らせているのね」


「そんなこと……はありますわ!」


「こうやるんだ」


元春がメモを取る真似事をしている。後で神名峰はおだてると喜ぶけど、嘘だと分かったら激烈に怒るから注意しろと老婆心ながらの忠告をしておいた。


「あの……」


「ああ、悪い。紹介がまだだったな。こいつは同じクラスの水野。あの千景チャレンジの突破第一号だ」


皆から感嘆の声が上がる。当の本人も同じような反応なのはどうかと思うが。


「水野史郎と申します。同じクラスなのに影が薄くてすみません」


「謝ることはないだろう。俺は把握していなかったけど」


元春がひどいことを言う。神名峰にまた怒られるぞ?とか思っていたら神名峰も知らなかったらしく、はじめまして、なんて挨拶をしている。みんなひどいな。


「で。今日集まってもらったのは、この6人で出かけようと思ったのです。行き先を決めましょう」


僕が歯切れよく総宣言すると、皆の顔に「は?」という吹き出しが出ているようだった。


「おかしいな。親交を深めようと思ったんだが?よくあるだろ。グループ交際とかいうやつ。あれだよあれ」


「なんか昭和な感じがする……」


「昭和なんて誰一人生まれていないだろ。とにかくだ。僕と千丸は既に"恋人"だが、君たちはまだ違う!だから僕が発起人となって……」


「吉原さん。私が言うのもなんですが。私をフッたお方がそのようなことを仰るのはちょっとどうかと思いますわ」


「ええ、そうなんですか?吉原くん。こんなに美人なのに……」


「水野くんと言ったかしら?それは私に対しての挑戦かしら?」


「いや、そんなつもりは!素敵ですよ千丸さんも!」


僕は笑いをこらえることが出来なかった。僕が千丸、なんて呼んでいたから、そのまま呼んでしまったのだ。


「水野くん。今後のために教えておいてあげるわ。私は定峰。千丸なんて呼ばれ方は圭吾だけで十分なの!分かった!?」


お。公認を貰ったようだ。これで心置きなく千丸って呼べるな。


「で?元春はどうなんだ?」


「神名峰さん?」


「なんですの!!」


「吉原、俺には無理だ。助けてくれ」


「千景はどうなんだ?いきなり一対一じゃなくてみんなでってのは」


「それなら大丈夫」


「おお。良かったな水野」


「ですから!なんで家主の意見はスルーされるんですの!?」


そのあと、行き先を話し合ったのだが、結局決まらなかったので、一旦解散して、僕の独断と偏見で決めてメッセージを送る、ということになった。それにしてもあの千景がなぁ。水野っていやつ、本当にすごいな。


そして週末がやってきたわけで。


「なんで肉なんだ?」


「あるき回るのはつかれるだろ?で、みんな距離が近くて話が弾む。バーベキューは最高だぞ?」


結局、あの後、自分でも考えたのだけれど、なかなか明暗が浮かばなくて、報われていない家主の意見を尊重しようと連絡したのだ。そしたら今の私は暴飲暴食がしたい、とか言い始めたので、食べ放題かバーベキューって思った次第で。食べ放題は食べるのみ夢中になりすぎる気がしたので、バーベキューにした次第で。


「しかし、こんなところにバーベキュー出来るところがあるなんてな。思いっきり臨海地域じゃねぇか」


僕もこんなところにバーベキューが出来るところがあるなんて知らなかった。しかも持ち込みしなくても現地でコースメニューが頼める。ちょっとお高いけども。なんか宿泊も出来るらしい。グランピングとかいうやつらしいが。調べたら高級なキャンプみたいなものらしい。


「この中で肉大臣は居るのか?」


「なにそれ」


「肉の焼き加減にうるさいやつだ。いればそいつにすべてを任せる」


「その役、私がやりますわ!」


意外なやつが手を挙げた。もしや、焼き手はたくさん食べれるとか思っているんじゃなかろうな。そんなわけでバーベキューは始まったのだが、僕が気になるのは水野だ。どうも信用できない。あの千景だ。簡単にことが運ぶとは思えない。


「千景、ちょっといいか」


「ん?」


「なんか最近、千景は変わったよな。なんというか。普通が一般的な普通になったというか」


「そう?私は私のままだよ?もしかしたら圭吾が定峰さんとお付き合いすることになったから私の中で何かが変わったのかも知れないけど」


「いや、そういう言葉が出てくるのが変わった、って言ってるのさ。今まではそういう前向きな言葉、出てこなかった。ま、なんにしても良いことだと僕は思ってる」


「ありがと。あ、水野くん!そのお野菜頂戴!」


千景が変わったのか、水野が変えたのか。それとも僕と千丸の影響なのか。なにか不自然なものを感じるのは僕が千景を他の誰かに取られた、という潜在意識のせいなのだろうか。

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