第14話 定峰千丸
「お待たせ」
「現地って言ったじゃない」
「仕方ないだろ?この巡回バスが待ち合わせ時間にぴったりなんだ。同じバスに乗り合わせてもおかしくない」
「まあ、いいけど。あと、今日は名前で呼ぶのはやめて。一日中聞かされてたら流石に嫌になる」
「わかったよ定峰」
「最初から名前で呼ばれるかと思って叩く準備してたのに」
「信用ないなぁ」
僕と千丸、じゃなくて定峰は約束通り、千景と出掛けた翌々日にアウトレットモールを目指していた。このことを知っているのは千景のみだ。言いふらすやつじゃないから他のメンツに冷やかされることもないだろう。
「ちょっと聞いていいか」
「なに?」
「なんで名前で呼ばれるのが嫌いなんだ?僕は千丸、可愛いと思うけど」
「あんたどんな感覚してるのよ。戦国時代の幼名じゃないのよ?しかも私は男の子じゃないのよ?」
そういうと定峰は大きくため息を吐く。そんなに嫌だったのか。なんか悪いことをしていたな。
「まるちゃんとかは?」
「喧嘩売ってる?」
「いや、そんなつもりはないんだけど、なんかかわいい呼び名、ないかなぁって」
「求めてないから。私がそういうの求めていないから」
アウトレットモールに入ると、夏休みということもあって努め人にとっては平日なのに、結構な混雑だ。
「今日来たのはあれか。髪型変えたからそれに似合う服がほしい、そんな感じ?」
「そんな感じ。せっかく連れてきてあげたんだから役に立ちなさいよ」
あれ、おかしいな。誘ったのは僕の方だった気がするけども。まぁ、いいや。荷物持ちくらいならやるさ。なんて思っていたら別のことを結構手伝わされた。
「ねぇ吉原、コレどう?」
「うーん……ちょっとひらひらしている気がするなぁ。なんか勝手なイメージだとショートヘアってシュッとした感じが似合う気がする。あと、定番だけどボーイッシュな感じとか。定峰、そういうの格好良く着こなしそう」
「そう?それじゃ、適当に見繕ってみて?」
定峰がすきだというブランドショップで僕が服を選んでいる。コレは正直予想外だ。お前の選んだ服なんて着れるかボケェ!みたいなことを言われると思っていたのに。
「なるほど。こういう感じ、か。ふーん」
何かを言って僕の方をちらっと見てからその服をかごに入れた。どうやら気に入ってくれたようだ
僕は調子に乗ってサスペンダーショートパンツなんて選んでみた。あまり短いものを履かない定峰のイメチェン!
「こんなの着たら生足見えるじゃん」
「見せるんだよ。綺麗な足してるじゃん」
「なんで知ってるの」
「体育のとき?」
軽蔑の目線を感じる。
「まぁいいわ。食わず嫌いもアレだし、とりあえず試着して見るから。それ持ってて」
さっき選んだ服を入れたかごを持って更衣室の前で待つ。布の擦れる音がしてなんか生唾なんで飲み込んでしまった。
「どう?なんかスースーする」
更衣室から出てきた定峰は、このスタイルが非常に似合っていた。眼鏡の主張がもうちょっとあったほうがいい気がしたけども。
「いいじゃん。なんか新鮮。で、ほら、やっぱり綺麗じゃん」
睨まれた。でもその後に悪い気はしないわね、という表情に変わったので怒っては居ないのだろう。
結局、その後、もう一着選んでお会計。そこそこの値段だが躊躇せずに支払う。かっこいい……。ファッションにはお金をあまり使わないのでそういうのを見るとすごいと素直に思う。
「満足の買い物だったか」
「まぁ……」
もうちょっと嬉しい顔しろよ。そのほうが選んだかいがある。
「あ、そうだ。それじゃ今度は僕のシャツでも選んでよ」
「なんで……別にいいけど。好みのブランドとかあるの?」
「特にない。だからそこから」
露骨に面倒くさいという顔をされた。結構大きめのため息もついている
「それじゃ、実用的なものにしましょう。ファッションなんて疎いんでしょどうせ」
その通りです。連れて行かれたのはアウトドアメーカー。そしてあっという間に選ばれたTシャツと半袖シャツとカラーシャツ、7部丈のパンツだった。
「選ぶの早いな……」
「あなた、なにを着ても似合うでしょどうせ。だから色の組み合わせでコレがってのを勝手に選んだ。文句があるなら自分で選んで」
言い方はあれだけど、やっぱり定峰はツンデレ要素があるらしい。僕は素直にそれを受け入れてお礼を言ってレジに持ってゆく。
「Oh……。結構なお値段だ」
「なんか言った?」
「い、いや、別に」
「彼女さんですか?可愛いですね」
ふいに店員さんからの攻撃を食らった。
「あ、あの……」
定峰の様子を伺う。そうともそうとでもない、というような顔をしている。
「ああ、ごめんなさい。とても良く似合っていらっしゃったので。お買い上げありがとうございます」
正直びっくりした。定峰が彼女に見える人が居るんだな。まぁ。アウトレットモールに男女2人で来るのは恋人同士が多いだろうけども。ついでの機会だから聞いてみよう。どうせ後で聞こうと思っていたし。
「びっくりしたな」
「びっくりよ。なんでこんなやつと」
「定峰はこんなやつから告白とかされたらどうする?」
「それ、本気で言ってるの?」
「いや、例えばの話」
「そういうのは例えばとか仮にとか試しにとかそういうので聞かれても答えない」
「じゃ、本気で言ったら答えてくれるのか?」
「本気ならね。多分」
「なんだよ多分って」
「言われたことないから」
「へぇ。モテそうなのに」
「あんた、いつも平然とそういうこと言うわよね。勘違いさせてる女の子とか居るんじゃないの?」
「そうか?」
「でも、一つだけ答えてあげる。一緒に買物に行ってあげてるんだから、少なくとも嫌いじゃないわよ」
"わたしが買い物に行きたいだけなの!べ、べつにあんたのことが好きだからとかそういうのじゃないんだから!!"なんだろうか。ツンデレって本気なのか違うのかイマイチ分からん。
「私も一つ聞きたいんだけどいいかしら。答えられない部分はそう言ってくれればいいから」
「なんだ?」
「あなたと伊万里舘さん、どういう関係なの?幼馴染と言うこと以外に」
「まずは保護者、だな。千景は放って置くとなにをするのかわからないところがあるから。あと、そうしなければけない理由があるから。でも理由は言えない」
「そう。あと。あなたは伊万里舘さんのこと、好きなの?」
「正直、そういう対象で見たことがない。なんたって保護者だからな。親が子供に接するそれと同じような感情なんだと思う」
「なるほど……ね。じゃあ、もし、伊万里舘さんから好きって言われたら?」
「正直困るだろうな。なんて言ったらいいか分からない」
「付き合うの?」
僕はしばし考える。保護者の僕が千景と付き合う。未来永劫世話をする。それは今までと何ら変わらない付き合い方になるだろう。でもそこに愛はあるのだろうか。
「今と変わらない感じになるんだと思う。周りに向けては付き合ってるってことになったとしても」
「ときめかない、ってことかしらね。分かった。変なことを聞いてごめんなさい」
「いいさ。いつか聞かれると思ってた」
「ことのついてなんだけど、神名峰さんはどうするの?この前、一緒にデートしてきたんでしょ?」
「知ってたんだ」
「まあね」
「うーん、そうだなぁ。あいつ、見た目よりずっと女の子してたなぁ。イメージとかなり違った。常にわたわたしててちょっと楽しかったよ」
「そう。それじゃ、今日の私は?」
「あえていうと、千丸は千丸だったな。思ったとおりの千丸だった。あ、名前は僕が素直に思ってるって意味の現れだからな」
「私が普段からなにも隠していないって思った、っていうことかしら?」
「ちょっと違って。振る舞いとか。きっとこんな感じなんだろうな、とかとういうの。居心地はすごくいいよ。嫌いじゃない。というより好きな方かな。定峰は僕よりも気が回るのが早いから、僕が後について行くことが多くなりそうだけど、そういうのが嫌いじゃなければうまくやっていけるような気がする」
「なにそれ。告白?」
「だったらどうする?」
「仮に、には答えないって言ったっでしょ。でも。少しだけ。私も嫌いじゃないわ。け・い・ご・くん」
最後のは流石にやられた。したたかってああいうのを言うんだろうな。僕たちは同じ循環バスで駅まで戻って、別の時間の電車に乗って帰ることにした。自宅には僕のほうが遅く到着する算段だ。
ピロン♪
自宅に到着すると同時にメッセージ着信の音がした。
「SMS??千丸からだ」
『すきだよ』
それだけ書いてあった。
大混乱である。この電話番号は確かに千丸の電話番号だ。誰かが千丸を装って送ってきた!?千丸が僕を試してる!?何かの罠!?い、いや、千丸はそういう冗談は嫌いなはずだ。これは本気の……ゴクリ……本気の気持ち……なんだろうか。
「なんて返すのが正解だ?」
ストレートな問いかけには……いやこれは問いかけではない。申し入れだ。答えは"僕も""ごめんなさい""チョット時間をくれ"の3択か!?
流石に突然過ぎて頭が混乱している。確かに僕は千丸のことは嫌いじゃない。でも恋愛対象として……見たことが……なくもない。断るという選択肢は最下位のような気がする。
「問題は千景だ」
あいつは何ていうのだろう。この前は"僕が居なくならなければそれでいい"って言ってたけども。裏を返せば、一生ついてくる、ともとれる。そんな重みを千丸にも背負わせてもいいのだろうか。神名峰はなんだかんだ言って諦めてくれそうだ。猛烈に泣くだろうけども。
ピロン♪
『伊万里舘さんの事考えてたでしょ』
なんでもお見通しって感じか。
『そう。千丸にも背負わせるのは重たいかなって』
『恋に重さはつきものよ』
千丸も本気のようだ。
『分かった。このあと、せせらぎ公園に来れるか?千景も連れて行く』
『わかった』
こういうことは会って話すべきだ。少なくとも僕はそう思う。
「遅れた」
「大丈夫。で?」
「ああ。気にしないでくれ」
「気にするでしょ」
「普通はな。でもここからは絶対に逃げられないからな。背負うというのはこういうことだ。分かってくれ」
「分かった。で?」
「いいよ。付き合っても」
「だめ。そんな言い方じゃだめ。ちゃんと言って」
僕は千景をチラッと見た後にこういった
「千丸。僕も君が好きだ。付き合ってくれ」
千景は何ていうのだろう。この事態をどう捉えるんだろう。怒り狂うのか?それともあっけないほどに終わるのか?なにも感じないのか??先鞭を切ったのは千丸の方だった。
「伊万里舘さん、私達、これで恋人同士、お付き合いすることになったけど、構わないわね?」
千景は答えない。なにかに耐えるような顔もしていない。いつも千景の表情だ。
「いいよ。でも私の吉原くんは取らないで。恋人はあげる。でも取らないで」
「どういうこと?」
「好きとか嫌いとかそういうのではないの。私の目の前から吉原くんが消えるのが、多分、私我慢出来ないと思うの。吉原くんが他の誰かと結婚して子供が出来ても一緒に居たいの。邪魔はしないから。ただ見ていたいの」
とてつもない重さだ。この重圧に千丸は耐えられるのか。そんな重圧を千丸に背負わせてもいいのか。僕は千丸の答えを待った。
「いいわ。私はそのくらいじゃ負けない」
「いいのか?いいのか千景」
僕は千丸と千景それぞれに問いかける。
「今も言ったでしょ。私は負けない」
「いいよ。それで。私は吉原くんがそこに居てくれるだけでいいんだから」
今日、この場に千景を連れてくるか正直かなり迷った。でも神名峰の一件を考えると、連れてくるのが最善と判断した。どのみち避けれないことだし。
「じゃあ、圭吾は私がもらうね。伊万里舘さんはそっちから見てて」
千丸は僕の方にやってきて僕の左腕に抱きついてきた。それを見ても千景は表情一つ変えずに、見守っていた。
「それじゃ、私は帰るね」
そう言い残して千景は家に戻っていった。
「ねぇ、本当に良かったの?」
「ああ。いいさ。いつか独り立ちさせないといけない。それがいまなのか分からないけど、それに僕の人生が縛られるのは困る。だから僕は僕のやりたいようにしたい。保護者としての責任は残るかもだけど」
「あと、本心を言っていい?」
「実は嫌いでした、でなければ」
「言ってほしいの?」
「勘弁」
「あのね。私、正直なところ伊万里舘さんが怖い。今も刺されるんじゃないかって思ってビクビクしてた」
「流石にそこまではしないと思うけど。でもまぁ、なにをしでかすかわからないから僕も暫くは様子を見てる。なにか変なことがあったら僕に言って。あと、危険を感じるようなことがあったら、こんなことをいうのはなんだけど、全力で逃げて」
「障害がある方が愛は燃え上がるってやつかしら?」
「そうだといいけどな。今更なんだけど、いつからなんだ?」
「それ聞くの?」
「いや、正直、嫌われてるのかと思ってたから」
「鈍いのね」
「すまん」
僕は苦笑しながらも千丸の頭をなでた。
「そういえば呼び方はどうするんだ?今までどおり千丸でいいのか?」
「はぁ……もうそれに慣れちゃったんでしょ?いいわよそれで。そのかわり、私も圭吾って呼ぶからね。あと、このことは他のメンバーにも伝えるから。泥沼なんてごめんよ」
「分かった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます