第45話 決めたこと
秋。それは紅葉の季節。この前の箱根はちょっと早くてちょびっとしか見られなかったけども。今年は一味違う。紅葉の日本庭園独り占め。いや、正確には7人占めか。例の一件があってからは詩乃ちゃんはすっかり音信不通。まぁ、そうなるよね。
「秋っていいなぁ。この程よい気温。景色」
「えー、春のほうがよくありません?桜とか綺麗ですし」
「桜の時期はまだ寒いだろ。新緑の季節が丁度よい気温だけど、同じ気温なら紅葉が見られる方がいいや」
「いや、今日は日陰、肌寒いですよ?」
今日は七海ちゃんのお家の縁側で紅葉を見ながらお茶会。秋の和菓子が美味しい。日本庭園の紅葉も綺麗。
「そう言えば、このメンツが揃うのって久しぶりだよな?」
安西に稲嶺に七海ちゃん、千石さんに副会長の笹森さんに会計の未来ちゃん。そして俺。一番ご無沙汰だったのは未来ちゃんだろうか。学園祭のときには散々メッセージでいじめられたけども、こうして直接ゆっくりと会うのは久しぶりだ。それと。俺には他に確認すべきことがある。
「稲嶺。ちょっといいか?例の件、結局どうなったんだ?」
「例の件?」
「笹森さんとの」
「ああ。気になるの?」
「気になるな」
「笹森さんには聞いた?まだなら言わない。そんなことより、桐生の方はどうなのよ」
言わないってことはそういうことか。なるほど。そういう生き方もあるとは言ったけども。胸熱展開だ。未来ちゃんとかは知ってそうだな。ということは、何らかの状態でフリーなのは未来ちゃんだけなのか。あと。自分のこと。実際問題どうなんだろうな。
「こっちは、俺が決めきれないでいたら、みんなが俺と同時に付き合っている状態って言い始めちゃった」
「なにそれ……最悪じゃない。中途半端すぎるでしょ。そんなのでいいの?仲の良いお友達と一緒でしょ、それ」
実際そんな感じだ。旅行に行ったりしたのは一歩進んだ感じだったけども。個人的には一人ずつ付き合ってみる……なんて思ったけども、よく考えなくても最悪だ。
「先輩、なんでいつも片付けとか手伝ってくれるんですか?」
「お盆、重たいでしょ。男なら手伝うでしょ」
「そうですか、有難うございます」
「それでさ」
「それで?なんですか?店を継いで今後も手伝ってくれるんですか?」
「いいよ」
「お店を継ぐのがですか?手伝ってくれるのですか?」
「継ぐ方。まぁ、将来そうなれば、その話だけどな」
「なんか雰囲気のない告白ですねぇ。でもなんか先輩らしいです」
「そうか?」
「そうです。でも本当に良いんですか?」
正直、まだわからない感じがしないではないけど、なんとなく、よくわからないけど、なんとなく、七海ちゃん。そんな気がした。
「本当に良いのか?って。もうちょっと喜んでくれると思ったのに」
「いや、だからこんな雰囲気で。でもまぁ、うれしいですよ?」
さげたお皿を洗いながらそんな会話。確かに雰囲気もなにもない状況ではある。でもこのタイミングを逃したら、また堂々巡りになる気がしたのよね。
「それでさ。みんなにはなんて言ったら良いと思う?」
「そうですね」
「あ!」
「もう送っちゃいました」
そうだった。七海ちゃんは前科ありだった。俺が手を拭いている間に送信されてしまった。なんか縁側に戻るのが怖いなぁ……。
「もう。なに怖気づいてるんですか。自分で決めたんですから、堂々として下さいよ。私の彼氏さんなんでしょ?」
覚悟を決めるか。って、自分で決めたことなのになぜか後ろめたい。堂々としろ、なんて言われたけども結局、七海ちゃんの後ろを歩いていくことにしたわけで。なんか情けない。
「はぁ……負けたぁ!」
安西が天を仰いで一言。千石さんはスマホを見て固まっている。
「じゃ!そういうわけなんで!」
七海ちゃんに腕を組まれた。なんか恥ずかしいのと後ろめたいのと。この後ろめたいってのは七海ちゃんに失礼な感情だよな。
「で、なにが決め手だったの?」
稲嶺からの質問。まぁ、聞かれるよね。
「なんとなく。あ、って言っても前向きななんとなく、な?なんていうか、こう……しっくりくるというか、スーッと入ってくるというか。自然な感じだったみたいな?」
「えー。そういう感じならあかねの方だと思っていたのに。で、あかねはどうするの?」
「私?前に道彦には言ったんだけど、私が冷めるまでは待ってることにする。七海ちゃん、これは個人的に勝手にすることだから気にしないでね」
なにげにこれ、結構なプレッシャーだよな。もちろん俺に対しても。ダメなら安西が居るじゃないか、なんて考えが顔を出したら彼氏失格。
「涼子はどうするの?」
笹森さんからの質問。まぁ、聞くよね。
「私はなぁ……これで諦めがついたかなぁ。本当のことを言うとね。ちょっと辛かったんだ。みんな仲良くっていうのは分かるんだけど、私は独り占めしたいというか。実のところ、今日はそのことを言おうと思ってたの。みんなで、なら私は諦めようかなって思ってて」
そうか。笹森さんはどうなのかって思っていたけど、否定派だったのか。まぁ、普通の感情だよね。
「でもそうなると、私達と会うのも減っちゃうのかなぁ」
未来ちゃんが残念そうに言ったので、思わず口を滑らせてしまった。
「いや、大丈夫でしょ。稲嶺と笹森さんがいるし」
「あ!そうですよね!お二人、一足早くお付き合いし始めたんでしたよね!」
「ちょっ!ちょっと未来!」
笹森さんが大慌てしているが、この中で知らないのは、安西と七海ちゃんと千石さんかな?もっと驚きの声が上がるのかと思ったけど、そんなこともなく。聞けば、千石さんは未来ちゃんから聞いていたらしく。安西はそういうのもアリだと思うし、と冷静だし。七海ちゃんはそんなことどうでもいい、という感じで俺にひっついてるし。
「というわけで、そんなに慌てなくてもいいみたいだぞ」
女の子同士でお付き合いって何がどうなるのか分からないけども、カップルの先輩として色々と聞いてみよう。
「あぁーあー。道彦、なんで私じゃなくて七海ちゃんなのよ。あの時、ときめいたんでしょ?ひどくない?」
「あの時、ひどくしたのは誰だ」
「はぁ……ほんっと失敗したなぁ。未練たらたらになるわ」
「知るかそんなもん。でも、念のため聞いておくぞ。待ってるっていつまで待ってる気だ?」
「さっきも言ったけど、私が冷めるまで」
「冷めるまでの速度は?」
「視界から消えるまで?」
同じマンションで同じ高校、同じクラスである以上、それはなかなか難しいような。地方の大学にでも通えば別かもしれないけど。でもそうなると、七海ちゃんと離れることになるな。
「そうか。ま、仮に七海ちゃんと破局したら、その時は慰めてくれ」
「それ、七海ちゃんに言っていい?」
「冗談だから勘弁してくれ。それじゃ、また明日な」
なんて言いながら玄関に入ったけども、半分弱は本当に思っていたりして微妙な気持ち。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます