Sweet Sweet Sweets

PeDaLu

第1話 雨の登校

「はぁ……雨鬱陶しいわ。雨の日は学校休みにならねぇかな」


玄関で傘を取りながら桐生道彦きりゅうみちひこはそんなことを呟いた。こんなこと、学生だけじゃなくてサラリーマンになっても言いそうだ。雨の日に出かけるなんて何も良いことがない。雨に加えて風が強い日なんて最悪だ。冬だと更に最悪だ。雨なんて夜しか降らないように出来ないものかな。

そんな誰でも考えそうなことを頭に浮かべながら渋々雨の世界に歩き出す。


「クッソ。やっぱり裾がびしょ濡れになった。上履きに履き替えると靴下が濡れて最悪なんだよな……」


「おはよー」

「うぃーっす」

「雨って嫌だよねー」

「そうそう、雨の日は休みになればいいのにな」


どうやら、リア充の連中もボッチの俺と同じようなことを考えているようだ。同じことを考えているのに、俺はボッチであいつは女の子と楽しそうに話している。何が違うというのだろうか。まぁ、別に女の子と仲良くなりたいとかそういうのはないから良いんだけど。いや、チョットは仲良くなりたいと言うのが本音かもしれない。だって結婚できないし。でも、話を合わせるとか、空気を読むとか付き合いってそんなの多くて面倒くさいんだよな。


「おう、お前ら。席につけ。ホームルーム始めるぞ。今日は連絡事項が一つある。めんどくさいとか言うのはなしだ。この学校、全生徒が必ず部活に入ることが決定した。言っとくが帰宅部は部活じゃないからな。入りたい部活がない場合は4人以上集まって部活を新設することは許可できる。そういうやつは俺の所まで来い。連絡事項は以上だ」


なんてことだ。高校ボッチ計画崩壊の危機。空気も読まないし返事もしなくても良い楽園生活。何の権利があってそれを奪うというのか。

なんだかんだでうちの高校は帰宅部が結構少ない。だからこんなことを言い始めたのだとは思うのだが。特に俺は高校2年だ。まだ4月だし、実質1年半も活動することになる。


「はぁ……めんどくせ」


一応、配られたプリントに記載の部活一覧を眺めるが、当然入りたい部活なんてない。そんなのがあれば、入学してすぐに入っていただろうよ。


「これって、どこにも入らないって選択をしたら強制的にどこかの部活に入れられるのかな。まぁ、それに身を任せるのも良いかもな」


「えーっと……」


僕の前のやつが後ろの僕に向かって話しかけてきた。後ろのやつくらい名前を覚えてろ。俺もコイツの名前、知らないけど。


「桐生」


「ああ、桐生。野球部入らないか?お前、帰宅部だったよな」


野球部。俺から最も縁遠い言葉だ。高校生活を行けもしない甲子園なんて目標掲げて美しい汗を流して敗退して美談にして偉そうなOBが出来上がる最悪の集団だ。


「遠慮しておくよ。悪いな」


さすがの俺もここは空気を読んで謝罪の言葉っぽいことを言ってみる。


「そか。おーい、橘ぁ!」


おいおい、そっちの帰宅部は名前覚えてんのかよ。ひどい扱いだ。

放課後になっても降り止まない雨。大きなため息を付きながら上履きを下駄箱に放り込んで、教科書も入っていない学生カバンを方にかけて革靴を履く。この時間に同じようなことをしているやつは大概帰宅部だ。



「……。」


私は伊藤七海いとうななみ。この高校に入学したばかりだ。


「革靴……」


革靴が片方ない。またか、と思って脱いだ上履きを履き直してゴミ集積場に向かう。私の後ろから視線を感じたけど、あの人も「アイツ、いじめられてるのか?」みたいな顔をしてたし、自分でもなんでこんな風になってるのか理解が出来ない。


「あった。もうちょっと芸のあるやり方出来ないものなのかな」


所定の位置にあった革靴を回収して下駄箱に戻ると、さっきの男子(ってか先輩だったのか)がまだ下駄箱にいた。なんか傘を探しているみたいだ。ガサガサして頭を掻いている。傘でも隠されたのかな。あの人も私と同じなのかな。妙な親近感を覚えたけど、私には関係のないことだ。


「傘、使います?」


関係もないのに。


「置き傘、余ってるんで」


何を言っているのだろうか。


「え?」


そのまま帰ればいいのに。それにこれ、誰の傘か知らないし。


「どうぞ」


「ああ、サンキュ。明日、その傘立てに戻しておくわ」


律儀な人なのかも知れない。私は返事もしないで雨の降るコンクリートの上に歩き出した。



傘、どこにいったのかは大抵想像がつく、コンビニ傘は誘拐されやすいのだ。一応目印の黄色いテープは巻いていたんだが、誘拐犯には関係のないことらしい。運良く傘を手に入れたので、濡れずに済みそうだ。


「あー。くっそ。なんだあいつら。今日は朝から雨だろ。なんで相合い傘してるんだよ。しかもあれ、俺の傘だし」


校門辺りでイチャつきながら帰るカップルの手には黄色いテープが巻かれたビニール傘。○ねばいいのに。4月の雨はまだ冷たい。来週になればゴールデンウィークだし、もう暫くの辛抱だ。このクッソくだらない学園生活を忘れてゴロゴロ出来る。


「ただいまー。なんか食い物あるー?って、誰もいねぇ。またどっかでお茶会もでしてんのかな」


ボッチな息子の母親は社交的で、しょっちゅうお茶会に行っている。よくもまぁそんな面倒くさいことをするものだ。一度行ったら都合が悪くても「付き合いが悪い」なんて言われちゃうものだから、毎回参加せざるを得ないことになるのに。


「お。煎餅あるじゃん」


テーブルの上にあった煎餅を袋から取り出してバリバリ食べながら自分の部屋に向かう。


「あ!おにーちゃん、廊下で煎餅なんてやめてよ。屑が落ちるじゃない。踏んだら最悪だからやめてよね!遊びに行ってくるからお母さんに言っておいて!」


「へいへい」


妹の楓かえで。僕の2つ下の中学3年生。うるさい。いつも俺のやることに文句ばかり言ってくる。少しは兄を敬え。


「この雨の中、再び外に出ていくなんて理解が出来ねぇ。兄妹なのになんなんだこの違いは」


そんな独り言が出てしまうくらいに性格の違う妹。しかも、そこそこモテるらしい。この前も聞いてもいないのに「また告白されちゃった~」とか言ってきたし。あんなのどこが良いのか分からない。


「はぁ……」


カバンを机の横に投げて着替えもせずにベッドに仰向けになって倒れ込む。


「クソうぜー」


俺は何のために生きているのか、なんて哲学的なことは考えても意味無はないのに少しはそんなことを考える。こともある。


「おにーちゃん、ご・は・ん!何なのよもう。着替えてもいないの?ご飯できたから」


いつの間にか寝ていたらしい。楓が飯の知らせにやってきた。


「ったく。ノックしろってあれほど……」


けだるい身体を起こしてくしゃくしゃになった後頭部を撫でながらダイニングに向かう。


「お。エビフライ」


「ちょっと道彦。なんで制服なの。着替えてきなさい」


母さんからそんなことを言われて自分を見ると制服。今どき学ランなんて流行らないと思うけど。首のカラーが痛たいし。


「へーい」


部屋に戻っていつものジャージに着替える。自宅がホームの俺は洗い替え用のジャージを3着持っている。今日は黄色。楓からブルース・リーみたいなんて言われたけど、そんなの知らねぇし。ヌンチャク使えねぇし。


「いただきまーす。あ、そういえば楓、さっきノックしたか?」


「したわよ。したのに返事がないから開けたの。この前はパンツ一枚で寝てるし。やめてよね、そういうの」


年頃の女の子でも兄貴のパンツ姿には何も感じないらしい。まぁ、俺が楓の下着姿を見ても……。


「なによ。ジロジロ見て」


「ん?ああ。いつまで経っても育ってねぇなと思ってさ」


楓は「なんのこと?」みたいな顔をしていたが、俺の目線の先を見て怒るでもなく「はぁ……」とため息をついてエビフライをかじっていた。俺の存在はそんなものらしい。



「ええ!?ヤダ。おにーちゃん先に入らないでよ。汚い。あと、覗いたら○すからね」


なんで妹の風呂を覗くんだ。それに汚いってなんだ、汚いって。何もしてないんだから汗もかいてないし、毎日着替えてるんだから、そこらの運動部よりは綺麗だぞ。


「おにーちゃん、シャンプーなくなった!おにーちゃんってば!!」


「なんだ覗いたら○すんじゃなかったのか?」


浴室のドアを少し開けて差し出された容器に入れ替え用シャンプーを詰めて渡し返す。


「早く向こうに行ってよ!変態」


まったくひどい扱いだ。自分が呼んだんだろうに。

半透明の浴室のドアに人型の肌色が浮かび上がっていたが、一向に欲情しない。妹なんてそんなもんだよ。羨ましい、なんて言われた頃があったけど。

俺がボッチデビューしたのは高校になってからだ。それまでは人並みに付き合いもしていたんだが、私立に進学して知り合いも居なくなったのでボッチ街道のスペシャリストを目指すことにした。


「は~~~」


湯船に浸かって天井を見上げる。落ちそうで落ちない水滴を見ていたら不意に顔に落ちてきて声を上げてしまった。


「なに?怖い夢でも見たのぉ?」


浴室の外から楓の声がする。人には覗くなとか言っておいて、俺が風呂に入ってるというのに歯を磨きに来たらしい。


「うるせぇ。覗き魔。さっさと失せろ。上がるぞ」


「うっわ。やめてよね!絶対にやめてよね!!出てきたら○すからね!!」


○す○す物騒な妹だ。脱衣所から楓の気配が消えたので風呂から出ると、案の定、歯磨き粉が出しっぱなしになっていた。ちゃんと仕舞えよ。なんで俺がいつも片付けないといけないんだ。ブツブツ言いながらも片付ける俺は兄貴の鏡だ。なんて思いながら洗面台の鏡を見て自分で馬鹿じゃねぇのとか考えたり。

今日も一日が終わった。快適な一日だった。雨さえ降らなければ。


「そういえば、あいつ、誰だったんだろう」


放課後、傘を貸してくれた女の子を思い出す。あの下駄箱にいたから多分後輩。学年が違うと流石に顔も名前も分からない。お礼しようにも出来ない。


「ま、いいか。明日傘置きに戻しておけば」


4月だとまだ寒い。お風呂で温まった身体が冷える前に布団に潜り込む。あくびをして目を閉じたらあっという間に次の朝。


「もう朝かよ。あと8時間寝たい」


要するに授業を受けたくない、ということだ。今日の時間割なんてなんなのか知らないけど、とにかく受けたくない。


「めんどくせぇ」


いつもの口癖を吐き出しながら登校時間ギリギリに家を出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る