53 三島久美子
三島久美子
おはよう。起きて。もう朝だよ?
久美子と信くんはその『長いトンネル』の入り口前まで移動をした。
相変わらず、そのトンネルの中は真っ暗闇で(もう、世界のすべてが、ろうそくの火の明かりが届くところ以外、真っ暗になってしまっていたけれど)その闇はこの世界ではない、別の世界へと通じているような、そんな不気味な雰囲気を漂わせていた。
「信くん。早く行こう」
久美子は言う。
でも、信くんはその長いトンネルの入り口のところで、一人で立ち止まってしまった。
「……信くん?」
久美子は言う。
すると信くんは久美子の持っているろうそくの火の小さな明かりの中で、にっこりと、(……でも、とても)悲しそうな顔をして笑った。
「俺は、この先にはいけないよ」
信くんは言った。
「どうして?」
久美子は言う。
「理由は関谷と同じだよ。……俺は、偽物だからさ」信くんはいう。
久美子はぎゅっと、信くんのバットを持っていないほうの手を握った。
「……信くんは偽物じゃないよ。もちろん、さゆりちゃんも偽物なんかじゃないよ。……絶対に、絶対に違うよ」
久美子は言う。
「ありがとうな、三島」へへっと、笑って、信くんがいう。
「でも、やっぱり俺はそっちの世界にはいけないよ」
「どうして?」
久美子は言う。
「まだ、俺たちを追ってきている闇闇がいるみたいだしさ、それに、……関谷をこの真っ暗な世界の中に一人ぼっちで、置いていくわけにはいかないからな」
「信くん」
「泣くなよ、三島。笑ってさよならしようぜ」
信くんはいう。
それから信くんはそっと久美子の体を押して、久美子を『長いトンネル』の内側に押しやった。
その瞬間、風も、雨も、なんの刺激も与えていないはずなのに、久美子の手に持っていたろうそくの火が自然と消えた。
そして、世界は完全な闇の中に閉ざされた。
「信くん。そこにいる?」
久美子は言う。
「いるよ。俺はいつだって、お前のそばにいるよ」
暗闇の中から信くんの声が聞こえた。
信くんの気配は確かにその闇の向こう側にあった。
「三島。ろうそく。こっちによこせよ」
「ろうそくを?」
「ああ。それはこっちの世界のものだからな。それにもう、お前にはこのろうそくは必要ないよ。そうだろ?」
「……うん」
久美子は言う。
久美子はぎゅっと、その胸元に下げている古い神様のお守りを握った。
「いけよ。三島。そろそろこっちはやばい」
信くんがいう。
信くんのいる、もっと先のもっと暗い闇の中に、なにかが動いているような気配を感じる。
それは、……闇闇だろうか?
(それはあの道を塞いでた大人の闇闇だろうか? ……それとも、もしかしてその闇闇は、関谷さゆりちゃんだったもの、だろうか?)
「ここは俺が守る。だから早く行けよ」
「でも」
「いいから、俺たちの思いを無駄にするなよな」にっこりと笑って、信くんはいう。
信くんからは緊張した雰囲気がうかがえる。
どうやら信くんはバットを構えて、こちらに近づいてくる闇闇のようなものの襲撃に備えているようだった。
「信くん」
「じゃあな、三島」
久美子は数歩後ろに下がる。
それから、久美子はくるりと向きを変えて、暗い、(もうどこがトンネルの壁なのかもわからなかった)真っ暗な闇の中を走り始めた。
「三島!!」
その久美子の走り出した気配を感じて、信くんが言った。
「なに!! 信くん!!」
足を止めて、後ろを振り返って久美子は言った。
まだ、少ししか走っていないはずなのに、信くんの気配はどこかとても遠いところに行ってしまったように感じた。(実際に信くんの声もすごく遠い場所から聞こえてきたような気がした)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます