31

「……もう、闇闇はいなくなった?」

 まるで久美子が見た光景をさゆりちゃんも見ていたかのように、さゆりちゃんがそう言った。

「……うん。もういないと思う」

 久美子は周囲の闇をきょろきょろと見渡しながら、さゆりちゃんに言った。(その真っ暗な闇の中には、闇闇はいないように思えた)

「じゃあ、話を続けるね。さっきまでよりも、小さな声になっちゃうけど……」

「……うん。わかった」

 久美子はなるべく小さな声でさゆりちゃんにそう言った。

「本来のシナリオであれば、さっき話した通りに私たちの暮らしている御影町は大雨によって大洪水に見舞われて、水没し、この世界からなくなってしまう」

「あるいは、私の空想した世界のように、真っ暗で起きな巨大な闇闇が、洪水のように御影町を飲み込んで、『世界中の人たちから、御影町とその町に住んでいた私たちの記憶が失われてしまう』」久美子が言う。


「……そう。そういうこともあったかもしれない」

 少し考えてからさゆりちゃんは言う。

「でも、ここで少しシナリオに変更がなされた」

「どうして?」

 久美子は言う。

「私たちが『この世界の仕組み』について気がついたから」自信に満ちた顔でさゆりちゃんは言う。

 そのさゆりちゃんの言葉を聞いて、なるほど。それはありそうなことだ。と久美子は思った。

「闇闇はこのままだと、きっと『久美子ちゃんに逃げられる』と思って焦っている。そしてシナリオを早めて、本来のシナリオよりもずっと早い時間に、『この御影町を崩壊させよう』と考えているのかもしれない」

 久美子は沈黙している。

 ……黙ったまま、じっと真剣な顔でさゆりちゃんの話を聞いていた。

「さっきの、私には見えないけど、きっと久美子ちゃんが見た闇闇も、そんな闇闇の焦りの現れなんじゃないかと思うの。もしかしたら、さっきの割れた鏡だって、そうなのかもしれない。私にはわからないことばかりだけど、とにかく闇闇は三日もまたずに二日後、あるいは明日かもしれないけれど、この世界を終わらせようと、今もこの真っ暗な夜の中で、そんな企みの会議を眠らずに永遠としているのかもしれない」さゆりちゃんは言った。

「私たちはどうすればいいのかな?」久美子は言う。

「とりあえず、逃げる準備はしたほうがいいと思う。それは非常用のリュックがあるから、そんなに大変なことじゃない。それと、これは私の予想だけど、もしかしたら、明日の朝になれば、今までよりも『劇的な変化』が、私たちの周りに起こるかもしれないと思っている」

「劇的な変化」

 久美子は言う。

「うん。劇的っていうか、直接的っていうのかな? そういう変化。もう『こんな子供じみた劇は終わりにしようってこと』。闇闇の企みが私たちにばれてしまったのだから、もう隠れてこそこそと私たちを怖がらせたり、ここが本物の御影町だって、久美子ちゃんや私や信くんに思い込ませる理由もないってこと。だから、もう子供騙しの劇はやめて、この世界が、もっと本質的な姿を、つまり正体を現してくるんじゃないかな? って、そんな気がしているんだ」

 さゆりちゃんは白くて長い指を一本だけ、自分の下顎に当てながらそう言った。

「なるほど」

 久美子は言う。

「そこが私たちと闇闇との本当の戦いの場所になるってことだね」久美子は言う。

「そういうこと」

 にっこりと笑ってさゆりちゃんは言った。

「……まあ、戦うっていっても、私たちは『ただ全力で闇闇から逃げるだけ』だけどね」

 ふふっと笑って、まるで遠足の日でも待っている子供のような顔で、さゆりちゃんはそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る