精霊3

 空港はとても大きく、そして広い。

 杖をつきながら佳奈子に手を引かれて歩く。

〔こういうのをおのぼりさんと呼ぶのだったか〕

「王子様が何言ってるのかわかんない」

〔王だったのは父母で、僕は一般市民だ〕

「箱入り王子様って意味よ」

 れもんにベンチに導かれて腰掛ける。

「とりあえず、到着お疲れです」

「運転ありがとう」

〔ありがとう。お疲れ様〕

「どういたしまして。……フライトまで少し時間があるので、受付前にお昼食べましょう」

「うん」

「ノアさんもいいですか?」

 頷く。外では食べられないから、僕の希望は特にない。

「ではでは、キッチンが見えるレストランで」

「…………」

「先に伝えといたのよ。最初はあんたの前で弁当作って詰めるつもりだったけど、れもんさんが席を予約してくれたの。感謝しないとね」

〔ありがとう。……佳奈子も〕

「どういたしまして」

「お気になさらず。食事は楽しくなくてはね」

 れもんの案内で空港内を移動する。

「れもんさんって、完全記憶だったりする?」

「どうして?」

「いや……地図見てないから」

「うーん……そうですね。オレは視覚情報、しかも印象的な図に限ってのみ記憶力が高いです」

「……直観像記憶?」

「あはは! ……ちなみにひー姉とは関係なく、オレの持ち物です。厳密に言うと血が繋がったきょうだいではないのでね」

「そっか……」

 作り方が同じだったから、きょうだい。

 神秘を持ち込むと血縁や家族の概念が拡張されていく。5万人のきょうだいがいる僕にとっては、少し嬉しい。

 立ち止まったれもんが僕を振り向く。

「ノアさん、エスカレーターは乗れます?」

〔支えていただけるなら〕

「じゃあ行きましょう」



 レストランでピラフとワッフルを食べたのち、搭乗手続きを行った。

「……」

 佳奈子もれもんも、僕がいろんな経験ができるように配慮してくれている。

 特に、アーカイブの波長を個人証明とする機能は感動した。

 伝えてみると、れもんが嬉しそうに頷く。

「でしょでしょ。あれもまたひー姉が開発参加したんですよ!」

 ひぞれ殿は手広いな。

「開発者って言い切らないの?」

「うーん。言い切りにくいんですよね。根幹となる神秘やアイディアはひー姉じゃないこともありますが、発案者さんが他者と協力なんて夢のまた夢みたいな性格してると調整役にならざるを得ないというか。そうとなるとひー姉が改善策を打ち立てたり機能を改良したりとなって、最初は通訳のつもりで行ったはずが開発参加しちゃうわけです」

「へえ。大学内ってこと?」

「それに限らず、ひー姉のご友人、友人のご友人などなど。あ、ちなみに波長による個人証明はシェルさん原案ですよ」

 あの弟が、友人と協力できるようになったとは……感慨深い。

「エスカレータやエレベータの電力消費を抑える技術は妖精さんたちが考えたものだったりと。まあ、みなさん話通じないんでひー姉が間に入りますけど」

「予想を裏切らない……」

 親しい家族や友人には、変わったことと変わらないことがある。

 時間の流れを感じた。

 僕一人だけ何も変わらない。

 立てるようになって、杖をついて歩けるようになっても、昔から変わることがないように思う。

 年齢に見合わない小さな手をかざす。

「……ア、ノア」

 佳奈子に呼ばれて顔を上げる。

「あんたの……その。料理に関してってさ。信頼できる人が相手なら大丈夫だったりする?」

 かつては父母やきょうだいたちが試してくれていたように思うが、当時の僕は時間が止まっていて、上手くいかなかった、と思う。

 いまならできるだろうか。

 上手くいかなかったことを、都合よく、今になって。

「ごめん」

「…………」

 ほつれる思考が正されていく。

 そうか。僕は佳奈子のオーダーを通して現実を見ているのか。

「失敗したら苦しいもんね」

〔いや、心遣いを嬉しく思う。……無粋かもしれないが、僕の食事情を気に掛ける理由を知りたい〕

「一緒に食べたい」

〔?〕

「ふふふ。……お祭りの出店とか、スーパーのクレープ屋とか。そういうところのは雰囲気を楽しむべきだと思うのよね」

 何やら野望があるらしい佳奈子を、れもんが解説してくれた。

「日本に居るからには、文化や場の空気感を含めて味わってほしい。そういうことだと思います」

 そうなのか。

「ノアって甘いものはどうなの?」

〔ワッフルは美味しかった〕

 れもんに勧められて注文した。

 シェフが焼き上げる様子含めて、楽しかった……と思う。

「じゃあクレープもいけるわよね! 楽しみ」

「……」

「う……ごめん、わざとじゃなくて、つい反射的に……」

〔気に障ったというわけでもない。疑わずにいてくれることが不思議だと思った〕

「え、なんで? あたしノアのことほとんど何にも知らないんだし、可能性を低く見る方が失礼でしょ」

 そういうものか。

「佳奈子さんは清々しい心根の女子ですね」

「へっ……清々しいって、あたしより、京とか紫織とか……あ、知らないか……」

「オレ、札幌から来てくれた子たちの情報、姉から聞いてるんですよ」

「駄々洩れ⁉」

「記憶を同期しようとするのはお姉ちゃんのクセというか……すっごい可愛いんです。オレのこと撫でながら色んな話してくれるんですけど最高に可愛いんです。どうしよう、オレのひー姉が綺麗で優しくて――」

「わかったから! 翰川先生は可愛い!」

「わかっていただけましたか。嬉しいです!」

 どこのきょうだいも大変そうで、少しの親近感を覚える。

「他人事にしてんじゃないわよ、もう……」

 窓から、行きかう飛行機が見えている。鉄の鳥が飛ぶ様子は趣深い。

「……ノアは空飛ぶの初?」

〔母の背に乗ったことがある〕

 母は空色の美しい竜。

「え……羨ましいな」

〔音を置き去りにして飛ぶと景色はあまり見えない〕

 魔法竜最強の一族なので、アーカイブを爆発的に消費しながら空間を切り裂いて飛ぶ。

「…………」

〔父が防護の魔法と位置固定のオーダーをかけてくれたので、別に僕が超常の身体能力を発揮しているわけではない〕

「そ……そうよね」

〔景色は見えずとも、風を感じるのは心地よかった〕

「あ、それはけっこう羨ましい」

 僕たちが話しているそばで、れもんはPCを閉じて伸びをする。

「よっし、終わった」

「れもんさん、お疲れ様」

「ありがとう」

「お仕事大変そうよね。企業さん相手に話すんでしょう?」

「え、けっこう楽しいですよ? 顧客のクソ爺がぐだぐだ文句つけてきやがってきてうざいから、定年間際に問題発覚して崩れるように仕込んであるんです。その時にはオレの契約切れてますし証拠ないですし……楽しみだなあ」

「……。れもんさんも、敵に回しちゃいけない人なのね」

「どうでもいい人にしかそういうことしないよ。佳奈子ちゃんのお祖母ちゃんともなれば、お姉ちゃんを喜ばせ安らがせてくださった気遣いに感謝して誠心誠意お仕事しますとも」

 判断基準が一定していていっそ爽やかだ。

「よろしくお願いします」

「うん。さて、ノアさんが居るから、事前搭乗の方がいいかな」

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