精霊2

 ゴールデンウィーク当日、僕と佳奈子を迎えにきたのは黄緑の髪の青年だった。

「やあ、佳奈子ちゃんにノアさん。オレは翰川れもんです!」

 差し出された名刺には『翰川翎玟』と書かれていた。

 人見知りしている佳奈子の代わりに僕が対応する。

〔ひぞれ殿の弟君か?〕

「そうなります。今回、ミドリさんから頼まれまして」

「……」

 名刺を見る限り、企業や自営業などの運営とそれにかかる各種税金などを計算し、アドバイスする職種らしい。

「佳奈子ちゃんに譲ることを見越して、今の権利や資金周りを確かめてほしいと、姉経由でオレに話が回ってきたんです。……ついでに、飛行機内であなたの補助役をしようかと思いましてね」

〔ありがとう〕

「……あたしもできるのに」

〔僕が5歳児のままなら持ち上げて移動もできただろうがな〕

 幸か不幸か僕の体は10歳ほどになった。小柄な佳奈子では難しいだろう。

「うー……そうよね。よろしくお願いします」

〔杖を突けば移動もできる。ただ、階段は難しいのでよろしく頼む〕

「わかりました」

 彼は佳奈子の荷物をひょいと担いで、シルバーの車のトランクに乗せる。

「……空港なのに車で行くの?」

「レンタカーですよ、レンタカー。これ、オレのお姉ちゃんが開発参加した『どこからでもレンタカー』なんですよ!」

「転移使って車配分するやつか。……でも、普通のレンタカーと比べて高くなかった?」

「どこの誰とも知れないやつに金入れるよりお姉ちゃんの懐めがけて投げ入れた方が幸せに決まってます!」

「……キャラが濃いのは十分に伝わったわ……」

 ああ、これがシスコンか。

「もちろん、出費するシェルさんやユニさんに許可はとりましたよ。特にユニさんなんて、『息子とその恩人の快適な旅のためなら端金だ』と」

 佳奈子の視線が痛い。

〔父は残念ながら金銭感覚が死んでいる〕

「知ってるわ。前に砂金降り注がせてきたもの」

 何をしている父よ。

「あはは、ユニさんらしいですね! ……あ、乗りやすいように乗ってくださいね」

「はーい」

 佳奈子が僕を持ち上げて後部座席に座らせてくれる。彼女は僕の隣に回って座った。

 れもんは運転席でハンドルを握る。

「そんじゃ、空港までドライブ開始です!」

 少し走ると高速道路の入り口。

 車が速く走っていて興味深い。

「……」

「ノア、高速は初?」

〔こちらの世界に来たのも初めてだから〕

「そうよね」

 時折、荷物を積んでいるような大きな車が走っている。物流が滞ることなく続くのは良いことだ。

「……ノア、眠い」

「寝てもいいですよ。空港まで1時間くらいかかっちゃうので」

「うん……寝ます……」

「椅子もどうぞ倒してくつろいでください」

「ノア」

「…………」

 椅子をベッドのように倒した佳奈子は、僕を抱き上げて眠り始めた。れもんが笑っている。

「寝られましたね」

〔昨日、はしゃいでいたから、疲れたのだろう〕

 荷物の準備をしながら『おばあちゃんに会える』と嬉しそうだった。僕に抱きついたまま眠ってしまったので、転移で布団に押し込んだほどだ。

「ですか。……仲良しですね」

〔彼女の祖母より歳上なのだが……〕

「外見は親しみやすさのファクターとして最も大きいものなのでは、と思いますよ」

「……」

 そういうものか。

「なので、人望深いユニさんとそっくりなことは、そのご友人たちに可愛がられる要因にもなっているのですし」

〔……そう思えば父母に感謝すべきかもしれない〕

 昔から、とても良くしていただいた。

「ですです。オレもお姉ちゃんの弟ということで可愛がってくださる人沢山でしたし。幸せですよ」

〔佳奈子は僕が弟と似ているから良くしてくれるのだろう〕

 そこは弟の人徳だな。

「佳奈子ちゃん、元人間なのによくシェルと付き合ってられますよね。しかも頭おかしくないんですよね?」

 どうなっているんだ弟の評価。

「シェルの研究生、全員頭のネジぶっ飛んでるか倫理のストッパーないじゃないですか。それくらいじゃないと人間はやっぱり付き合えないのかと思って。いやあ、驚きですねえ」

〔僕にとっては、たとえ化け物でも可愛い弟なのだが〕

「……その『化け物』がどの観点か気になりますね」

〔色々と〕

「ノア……」

〔ところでこれは脱出してもいいものだろうか〕

 先程から髪の匂いを嗅がれて落ち着かない。

「佳奈子ちゃん可愛いじゃないですか。オレがひー姉に頬ずりされたら発狂して喜びます」

〔できれば一緒にしないでほしい。……れもんは奥方は?〕

「オレが好きな女性はひー姉だけです」

 ひぞれ殿の苦労が偲ばれる。

 ふと、佳奈子の腕の力が強くなった。

「ノア……お出かけー……んふふ」

「随分と好かれていますね」

〔どうなんだろうな〕

 佳奈子はその出自のせいか、無意識に幼い者や傷ついた者を守ろうとする。

 僕がそこに含まれているというだけで、他に似たような子どもがいればこうして抱きしめるだろう。

「可愛い女の子に抱きしめられて男として思うことはないんですか?」

〔?〕

「……そういやノアさん、ガーベラさんとかに抱きしめられまくってますよね」

〔母や姉がよくこうしてくれるから気にしていなかった〕

「贅沢な」

 そうなのだろうか。

〔れもんならどう思うんだ? というか、ひぞれ殿以外興味ないのでは〕

「失礼な。尊敬する姉として、また、愛する女性という意味で好きなのがひー姉なだけで、可愛い女性や綺麗な女性は人並みに好きですよ」

 前半は反応しがたいので流すとして、後半が気になる。

〔女性は女性であって、好きとかそういうことが関わるようには思えないのだが〕

「わからないかなー。ほら、女性が笑って楽しそうに過ごしてたら、それだけで和むじゃないですか。オレに話しかけてきて優しくしてくれたら嬉しいですし」

「……」

「……思うんですがノアさん、あなたの周り絶世の美女しかいないからそういうとこ疎いのでは?」

 養母も実母も、義姉も実姉妹も、みな美しい。そこは情緒や美的感覚が死んでいる(と弟妹に文句を言われる)僕でも異論はない。

 佳奈子は美しいというより可愛いと表現する方が近いと思う。

「まあいいんですけど……女の子には優しくしてあげてくださいね。その方が笑ってくれて可愛いですもん」

〔善処する〕

 僕に上手くできるとは思えないが頷いておこう。

「っふ」

 笑われた。

「……知ってますか。それ、信用できないセリフランキングでトップ3に入ってます」

〔どこの誰のランキングなんだ。……いや、父か〕

「一位が『これで終わりだから』。二位が『きちんと寝た』。三位がそれですね」

 どれもワーカホリックな父の口癖。一位は書類を意地でも書き続ける時、二位は確実に3日以上寝ていない時。三位はよくわかっていないながら頷く時だ。

 どれも母が宥めてフォローしている。

「ただまあ、ユニさんの『善処』とは違うようなので安心です」

〔佳奈子が幸せでいてくれるなら、わからないなりにも、そういったことを理解する努力はしたい〕

「……それは良かった」

 僕には足りないものばかりだ。それでも、佳奈子には自分なりに恩返ししていかなければと思う。

「オレもひー姉に姉孝行しなくちゃ」

〔北海道土産を買って行ってはどうか?〕

「お、いいですね。そういやひー姉、北海道のチョコブランドにハマってたなあ。ノアさんもお土産買います?」

〔きょうだいたちと父母に買おうと思う〕

「おお。お小遣いですか?」

〔いや、自腹だ。人様の金で土産だと厚かましくできるほど恥知らずではない〕

 穀潰しでいるのも申し訳ないので、父に頼んでお金を借り、株を運用してみている。お陰で父に借りた分を返して、自己資金でやっていけるようになった。

「……やっぱり悪竜なんですよね、ノアさん」

〔父にコツを聞いて、ひぞれ殿に教わったプログラムやアプリを活用している〕

「一国の経済を手中にしていた王様はともかく、ひー姉もとんでもない武器平気で渡すんですよね……あの癖どうにかならんでしょうか。ちなみにコツって?」

〔落ち着いてやればなんとかなるのと、大抵のことは見ればわかるから情勢とグラフを見ていなさい、と。株取引は社会勉強に勧めてくれたのだろう〕

 無理はしないことにしている。現に、いつもPCに張り付いていられるわけでないので、こまめに換金しては、値段が変動するときだけ売り買いしている。大きな金額はなるべく使わない。

「変動するときっていつわかるんです?」

〔? 見ればわかる〕

「当てにならないです。……ていうか、社会勉強に株勧めるあたり、まさに王様の発想」

〔弟は父母に宝石や金属の取引を勧めていたのでお互い様だ〕

 金銭感覚が全くない父に貴金属の値段を分からせるためやらせていた。実感できないのなら、仕事のようにデータとして見せればいいと判断したのだろう。

「どうでしたか」

〔とりあえず、コンビニで金の延べ棒を『釣りはいらない』と差し出すことはやめたようだ〕

「そこから!?」

 れもんが大いに笑う。

〔今はマンション近くのスーパーで買い物し、値札の意味を教えているところだと母が〕

「噂には聞いてましたがハンパないですね。……オレもあれこれお話ししたいです。お金の仕事をする身として」

〔連絡しておこうか?〕

「……お願いします」

 こうして付き添ってくれている恩義へのお礼だ。佳奈子からの拘束が解けたらメールしておこう。

「空いてたので、もうそろそろですよ」

〔わかった〕

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