天使5

 スタジオに、憧れのアーティストさんとそのバックバンドの皆さんが集まっている。

「……」

 私はそわそわとして、特等席で待たせていただいているのだ。

「カトレアちゃん、途中で投げないでね」

 ギターを調整しながらみかんさんが言う。

「投げない。京は父さんにも良くしてくれたからお礼」

「え、オウキもお世話になったの? じゃあ俺も頑張るか」

 楽器を準備する皆さんを眺めつつ、ミアさんが教えてくれる。

「シスルのお父さんは、オウキのお父さんの弟さん。つまりシスルは従兄弟なんだ。魔工に挨拶に行ったのは親戚に会うためでもある」

「そうなんですね……」

「作曲担当の裏メンバーもシスルとオウキのいとこだよ。女性」

「妖精さんたち、仲良しですね」

「うん」

 次に、ドラムのくみづちさんについて教えてくれる。

「くみちゃんは蛇神の眷属の末裔。お腹が空きやすいのが難点だけど、普段はすごく良い子だよ。……みかんに次いで常識的かな」

「……。みかんさん、苦労してらっしゃいましたよ……」

「あとで謝ります……」

 また、カトレアさんについて。

「カトレアは私の可愛い妹でもあり、オウキの育ての娘でもある。魔獣族と宝石の魔法竜のミックス。種族の格がアンバランスだから、竜だと少し幼くて妖精の影響も強い性格、魔王に傾けば美しい女王だ」

「今は可愛いから竜なんですね」

「うん。私の妹が可愛い」

 最後に、みかんさん。

「みかんちゃんは人工生命だけど、天使が混ざっているから、アーカイブが不安定。だからサラちゃんも心配して、引き運のいい京ちゃんに頼んだんだよ」

 サラノア先生からは『明日待ってる』と返信がきた。

「ペースト、ですもんね……」

 コードとスペルを束ねたような神秘で、その性質は爆発的な威力または精密な分析。

 ひとところにまとめると反発するコードとスペルが同居しているから、外界に放出した瞬間、《事象の爆発》という現象が起きるらしい。

 それが巻き起こす破壊は、核にも匹敵するのだとか。

「そこまでとなると純粋な天使くらいのものだから安心してくれていいよ」

「はい」

 読んだ本にも書いてあった。

「ただ、制御できなければ本人の体に負担がかかる。かつてのみかんちゃんは、同じ天使のサラちゃんと訓練したんだよ」

「……今がお元気そうで良かったです」

「京はほんとう、いい子だね」

「わ……」

 憧れの人に撫でられてしまった。

 嬉しい。

「よくぞ成長した。……頑張ったね」

「…………」

「強い子。出会えた幸運に感謝しよう」

「……リーネア先生と、お知り合いですか?」

「うん。あの子は私の友達だよ。……キミが私たちの曲を聴いて感動してくれたというから、私たちも嬉しくなってしまった」

「……」

 涙が出そうになって目を拭う。

 ミアさんからエルさんへと切り替わり、そして、マイクを掴む。

「さて、ライブ開始だね」

 姿が揺らいで、移り変わっていく。水彩画のような優しい色の少女へと。

 ハナビさんのライブで、最もよく見る女の子の姿。

「リクエストに応えてあげたいけど、カトレアちゃんがいるから、じゆうきままにね」

「ハナビうるさい」

 カトレアさんがべーっと舌を出す。

 みかんさんがギターを構え、くみづちさんがスティックでカウントをとった。

「では、始めよう」

 今日この日は、私にとって夢のようだった。

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