天使終
メンバーさんたちのサインの入ったCDケースを眺めるとにやにやして、CDの中身を聴くと涙が流れる。
昨日1日は奇行の繰り返しで潰れてしまった気がする……
「……」
メンバーさんたちからは、『今度カラオケ行こうぜ』だとか『ライブ来てね』だとか嬉しいメールが来ていて、私のテンションが変になってしまった。
そのテンションのままレポートを書いては悲惨な出来になるのは見えているので、落ち着くまでストレッチをして乗り切る。
「……よし」
まずは、大学掲示板からダウンロードした構内見取り図をレポートに図として挿入しておく。
「ぁーう」
「可愛いよユーフォちゃん」
ハイハイして寄ってきた、恩師の愛娘ちゃんを撫でる。
「ハア、ハア……!」
「ぁー♪」
「……かわゆいよぉ……」
ユーフォちゃんはもちもちして暖かくて、天からこの世に降ってきた天使。
「お前はレポートを書け」
「あう、回収されてしまった……」
あちこち掃除していたリーネア先生が、近くに来たついでにユーフォちゃんを抱き上げる。
そうここは、リーネア先生と奥さん娘さんのおうち。昨日のライブの後、スタジオ内で興奮のあまり泣いたり興奮したり寝たり起きたりを繰り返していたら、いつの間にかここに送られていた。
「……ステラさんは?」
「姉ちゃんと風呂」
「ぁうーおぁー」
「……かわゆい……」
「はいはい。可愛がってくれるのは嬉しいから、遠慮なくかまえるようにレポート終わらせろ」
「はーい」
レポートを書くのは好きだ。
文章を吟味して、時に削ぎ落とすこの作業が楽しい。自分に学問の目を持たせるのだ。
「ぁー」
「そっちまだ掃除機かけてねえからダメだ」
「ぁう……」
「不満げにするなよ」
「ぁゅぅぉぁ」
「指先一本ならいいって意味じゃない。お前、やっぱり俺の言ってることわかってるんだな」
「ぁー♪」
「可愛いけどさ」
親子の楽しい会話をBGMに、レポートを大方書き終えた。
「終わったのか?」
「おおよそは。仕上げは家でやります」
「それがいいな」
うごうごするユーフォちゃんはキュート。お父さんの髪に指を伸ばしてにぎにぎしている。
そういえば彼は、『結婚するまで髪の毛切るな』って育てのお姉さんに言われて長いんだっけ。
「……先生、ステラさんと結婚しました?」
「明日やるよ」
「あ、はい……」
人生のビッグイベントのはずなのに、まるで宿題を済ませるかのような……でも、そこが先生の先生らしさかもしれない。
「ぁー!」
「可愛い……」
ユーフォちゃんを撫でつつ、先生になんとなくインタビュー。
「ステラさんのどんなところが好きですか?」
「全部好きだけど……一生懸命で可愛いところ?」
「おおー。どんな時にそう思いますか?」
「俺がチーズケーキ好きだっていうの姉ちゃんから聞いて、練習してくれてた時。サプライズにしたかったみたいだけど、オーブンに持ち上げるのに苦労しててさ。一緒に焼きあがるの待った。美味しかったな」
「他には?」
「リハビリも頑張ってる。あと、父さんと姉ちゃんと俺の親戚に触発されて、大学に遊びに行ってはいろんなもの作ってるよ。ステラはレプラコーンで職人だから、尊敬する」
「ステラさん真っ赤ですよ、先生」
「事実を言ってるだけだから別に恥ずかしくない」
お風呂上がりのステラさんは、にまにまするルピナスさんに支えられて先生の後ろに立っている。
「り、リナリア、リナリア、ずるいの。ずるいです。なんで私、こんな。京ちゃん相手に羞恥プレイを……」
「あー、そうだ」
フリーダムで御構い無しな性格の先生は、リビングの棚の引き出しから白い箱を出して、ステラさんの手に置く。
「はい、これ」
こんなムードも何もないタイミングで……!?
我が先生ながら驚愕していると、ルピナスさんは私のそばにやってきて人差し指をしーっと立てる。
「驚くのは仕方ないけど、リアクションするのは野暮というものだぜ」
「は、はい」
彼女の言う通りだ。二人が話し合う間は、部外者は口をつぐもう。
「開けて、いいの?」
「うん。ステラにあげる」
リーネア先生の純粋さにステラさんがキュンとしている気配を感じる。その気持ちわかります……破壊力凄いですもんね。
「……指輪……綺麗。いいの?」
てっきり宝石がはまった指輪かと思っていたら、桜に色づいたシルバーの、シンプルながら洗練されたデザインの指輪だった。とても綺麗だ。
センスを感じるとはこういうことなのだとわかるような。
「ステラの色だからピンクにしてもらった。……気にいるかわかんないから、結婚指輪は二人で選ぼうと思う」
「き、気に入らないわけ、ない。嬉しいです」
「父さんに、結婚は好きな人と人生を一緒に歩くことだって教えてもらった」
「はぅ……」
畳み掛けられて乙女なステラさん可愛い。
「ステラとそうしたいと思った」
「……」
「結婚してほしい」
「ふ、不束者ですが……よろしく、お願いっ……ます……」
「なんで泣くんだよ」
先生は笑って、ステラさんを優しく撫でている。
「…………」
私もこっそりティッシュで涙を拭う。
「……なんで今日に心変わりしたんだろう?」
お陰で素敵な場面を見られたことは間違いないけれど。そんなところも先生らしいのかな。
「聞いても多分、『ステラが可愛かったから』って言うだろうよ」
お姉さんたるルピナスさんはくくくと笑い、腕の中でうとうとするユーフォちゃんの額を指でなぞる。
「ぁう……」
「良かったね、ユーフォ。お父さんお母さん結婚だ」
「ぁー」
「眠いか。……おやすみ」
この家で流れる時間は、穏やかで優しい。住民である妖精さんたちのお陰だと思う。
「うー……リナリア、しゅきぃ……」
「俺も好き。お揃い」
「はぅ」
結婚となると、髪も切ってしまうのか。短髪の先生も見てみたい。
事態が落ち着いた頃、私は泊めていただいたことにお礼を言ってから、先生の家を後にした。
先生宅から程近いので、徒歩で大学。
「……ニヤニヤしている」
社会学部の鬼神さんが私をじっと見ている。
「えへへ……最近、立て続けにいいことばかり起きて……」
「それはめでたい。……リーネアが結婚か」
「っ」
「予知持ちの前では隠し事も無駄と知れ、人間」
くすりと笑って、私の出したレポートに目を通す。
「……うん。形式に間違いはないようだから、これで受け付けます」
「ありがとうございます……」
安心した。
「では、恋人といちゃついてきなさい」
「えっ」
転移で学部長のオフィスから弾き出されたと思ったら、横には光太が。
「「……」」
今日の私、鬼神さんにレポート出すだけのつもりで大学来たから、Tシャツにジャージですごく気の抜けた格好してる……
「こ、光太。……おはよう」
「お……おはよ」
もじもじとしてしまう。
「……鬼神さんに用事?」
「あ、いや。単に図書館から通りかかっただけで……社会学部って個人ロッカーの代わりに個人本棚あるんだよ。けっこうでかいやつ。それで置きに来た帰り」
「そ、そうなんだ。便利だね」
「うん」
羽織るものがなくて隠せず、適当に選んだTシャツに恥ずかしくなっていると、光太が私を見て笑う。
「……京、なんかいいことあった?」
「う、うん」
憧れの人たちに良くして頂いて、運命みたいに素敵な場面に出くわした。
「えと……私、そんなにわかりやすいかな……?」
なんだか照れてしまう。
彼はいつもの明るい笑顔で言い放つ。
「京が幸せでいてくれるの嬉しいから、すぐわかるよ」
「…………」
私は、いまほど彼にプロポーズしたくなったことはない。
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