情意投合
「「…………」」
みっちり。
ノアは左右からセプトくんとパヴィちゃんに抱きつかれている。
家に帰って初っ端の光景がこれだったから、あたしは思わず吹き出してしまった。
「えふっ、ふふ……」
何か言いたげなノアだけど、リビングに敷いた布団に寝転がって両脇から捕獲されているから、スケッチブックとペンが持てない。
「あら、お帰りなさい、佳奈子」
「ただいま、アネモネさん」
アネモネさんがキッチンから出てきてあたしを抱きしめた。
「……なんであんな感じに?」
「久しぶりに会う伯父上に大興奮して、疲れて寝ちゃったの」
「そっか」
〔お帰り、佳奈子〕
声のようでいて音ではない、意思が頭に直に流れてきたような不思議な感覚。
「…………」
ノアの瞳には虹の火花。
〔調整が想像以上に難しく、手こずった。すまない〕
「……ノア。あたしと会話してくれるの……?」
〔号泣されると思わなかった〕
アネモネさんは末っ子ちゃんたちを抱き上げつつ笑う。
「乙女は繊細なんですよ、お
「……んむー」
「んぅ」
双子は相変わらず可愛い。お母さんの腕の中でもぞもぞしている。
「ごめんなさいだけど、客間借りるわね。この子たちベッドで寝かしつけるわ」
「……どうぞ」
気を遣ってもらったことに感謝して、あたしはノアと向き合う。
まずは布団から起こし、近所の家具屋で買ってきた座椅子に座ってもらう。
〔ありがとう。安定する〕
「…………」
ノアのほっぺをぷにんとつつく。
〔なんだ〕
「こんなに、可愛いのに……」
神さまたちは、どうして平気に酷いことしたんだろう。
〔神の考えることなんて推測も無駄だ。あと可愛いはやめろ〕
「小さな子を見て可愛いと思うことは理屈じゃない」
〔お前より年上だが〕
「見た目はちっちゃいもん……」
耐えきれなくなってノアを抱きしめる。
〔泣かないでほしい〕
「……むり……」
竜は種族特性をたくさん持っているんだって、本に書いてた。その一つは《咆哮》。声の轟きだけで莫大な魔力を放ち、縄張りを主張する雄叫び。
人型を取れる竜は、人の姿をしていても魔力や感情を込めた叫びをあげると同じことができる。
ノアはシャツの襟を指で引き、傷跡を少しだけ露出させる。
〔喉が潰されているのは、お前の思うように《咆哮》を封じるためだ。足に関しては種族特性も関係ないが、動き回られると面倒だったんだろう〕
「……」
〔泣くな、佳奈子〕
いやいやするみたいに首を振る。我ながらみっともない。
でも幸せでいてほしい。
「やだー……!」
〔嫌も何も、5歳の時にはもうすでに〕
「やだー!!」
〔子どもかお前は〕
ノアは諦めきってるのかもだけど、ユニさんたちは全然諦めてない。
少しでも変化がないものかと考えて、刺激になりうるあたしのそばに送り込んでる。そして変化を喜んでる。帰り道に電話で話してたら手のひらに宝石が降ってきた衝撃は忘れない。
あの人たちは、今でも、ノアの傷が癒えて笑ってくれることを願ってる。
「なんでよ。何があってそうしたんだか考えたくもないけど、なんで踏みにじるの……」
時間が止まるほどの心の傷。5歳だというにはやせ細って小さな体。
もし直に触れて薬を塗ってやれたらどれだけいいか。
なんであたしのアーカイブには癒せる能力がないんだろう。
〔……お前も似たような境遇だったと聞くが〕
「記憶ないもん、ノーカウントよ。……全世界の人が幸せになればいいと思うわ」
〔どこぞの宗教のようだ〕
「うっさい。そりゃあ、現実で行き会って話せば嫌なやつはいるし不幸になれとか思うことあるけど、幸せな方がいいとも思う」
座敷童の《子ども》の記号のお陰で忙しいこの心。
でも、いまでは少し向き合えている。
「あんたがどうして何を思うのかなんて全然知らない。話してないし」
〔うん〕
「それでも幸せでいてほしいと思うのは嘘じゃない」
〔知っている〕
「……」
抱きしめるだけで癒せる力がこの腕にあったらいいのに。
ノアはあたしを撫でている。
まだ、オウキさんと違って、間に合う。
手遅れじゃない。
余命宣告がないんだから。
〔いろいろと思うところはあるが、ひとまずこれだけ。……今まで心を尽くしてくれてありがとう〕
「どういたしまして」
腕の中の小さな男の子に、そっとささやきかける。
「ノア。あと二日、よろしくね」
〔こちらこそよろしく〕
せめて少しでも、こっちの世界を楽しんでほしい。
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