再会見舞

 ノアとあたしはルピナスさんとタクシー。他の皆さんはリーネアさんの車で、啓明病院に到着する。

「ぁー♪」

「随分と好かれているな、兄様」

 髪に炎を宿した美女が笑う。

 彼女こそは、オーダー持ちの天才女医:アリスさん。

 ノアやアスさん、シェル先生と同じく、ユニさん&ガーベラさん夫妻に育てられた彼女は、もちろんノアにとっても妹さん。

「何か特別なことでもしてやったのか?」

「……」

「ああ……それは言えないな……」

 やっぱりノアには好かれている理由があったみたい。

 聞いてみると、アリスさんはため息つき気味に教えてくれた。

「セプト、いるだろう」

「うん」

 シェル先生のところの末っ子くん。彼女らにとっては甥っ子にあたる。

「ユーフォはそいつが好きで、セプトに似た波長のノア兄に懐いているらしい」

「……へ、へえ?」

「好きと言っても色恋ではない。アーカイブの波長を気に入り雰囲気を気に入り……まあ要は『そばにいるとなんとなく温かくて安心する』というような、他よりちょっと懐いている程度のことだよ」

『セプトはいないのかと問うてくるので心苦しくなった』

 ユーフォちゃんはベビーマットの上でごろんごろんと回転運動。かわゆい。

 リーネアさんたちは先にオウキさんの病室で話していて、落ち着いたらあたしたちを呼んでくれるとのこと。今は異種族対応科のお部屋で待たせてもらっている。

 ちなみに、ユーフォちゃんがここにいるのはノアと引き離そうとすると大泣きしたから。

「ぁー」

「なんて言ってるの?」

『要約すれば「セプトと会いたい」』

「…………。可愛いわね」

 そしてカルミアさんがリーネアさんに言えなかった理由も察せられた。双子の兄にさえ嫉妬でシームレスな殺意を向ける彼に教えたら、どうなることか。

「ゅぉぁゅ」

「どうやって発音してるの、ユーフォちゃん」

「ぁー」

『彼女は「私はしゃべっている」と主張している』

「そしてあんたはなんで聞き取れるのよ」

『理由はない』

 ノアはそれきりスケッチブックを閉じて、椅子の上でじっとする。

「……」

 アリスさんにノアのこと聞こうかと思ってたんだけど、本人がいる前では難しい。

「よしよし、ユーフォ。お父さんお母さんが迎えに来るぞ」

「ぁう」

 アリスさんがそう言った直後、扉が開いてリーネアさんとステラさんがやってくる。

「!」

 ユーフォちゃんが可愛い。体をぐねーっと動かしてちっちゃな手足がぱたぱたとして、ぁあー……

 リーネアさんが娘を抱き上げる。

「佳奈子どうした」

「なんでもないの……」

「ぁう」

 ユーフォちゃんはステラさんに引き渡され、優しく抱きしめられている。

 愛しい小さな子が守られているのは、見ていてすごく幸せになる。

「……」

 気づくと、あたしの膝上にノアが座っていた。

「どうしたの?」

 スケッチブックを持ち上げようとして、でも閉じて、虚空に消した。

 ……彼は本当に表情がないから、言いたいことがあるなら何か言ってくれないとわからない。

「…………!」

 ノアがぴくりと顔を上げた。瞬間、目の前に現れたルピナスさんに抱き上げられる。

「や、ノアくん」

「……」

「父さんが、二人で話したいってさ」

「…………」

「頷いてくれるよねえ?」

 あたしからはノアの表情は見えないけど、ルピナスさんの表情はよく見える。

 ……彼女はどうしてか、すごく怒っている。

 殺気さえ伴う凄絶な笑み。

「そうだよね。はい、けってーい!」

 あたしたちを振り向いて、主にアリスさんに向けて宣言。

「体調はまずまず。カルとアスがそばで待機してる。いいでしょ?」

「ああ」

「リナリアはステラとユーフォとデートしといで」

「うん。ステラ、行こう」

「えっあっ、で、デート……!」

 やだ、ステラさん超可愛い。

 新婚ご家族が抜け、ルピナスさんとノアが抜ける。

 残るのはあたしとアリスさん。

「さて、本番だな」

「気を使ってもらった気がするわ」

「気を使っていたのは貴様の方だろう? いつものお前ならズケズケと踏み込んでいけたはずだ。相手がノア兄でさえなければ」

 確かに。あたしはノアに遠慮して、こんな遠回りをしている。

「しかしまあ。私としても兄の意思を踏みにじるつもりはない。……だが、困るな」

「何に?」

「お前がどれくらい察しがいいのか全くわからん」

 バカにされてるのかと思ったけど、アリスさんと会うと知ったシェル先生がメールで教えてくれて曰く、賢すぎる彼女からしてみれば全知性体がバカか物知らずか幼稚園児以下に思えるそう。

 彼女が常に苛立っているのはそれのせいだということも教わった。

「兄の行動には全て意味がある。もとより無駄な動作のできない兄なのでな。無意味なことをするほど愚かでもない」

「……あたしに大人しく連れまわされたのもそうなの?」

「そう言ったつもりだ」

 考え込むアリスさんは、やがてうだうだとし始めた。

「しかし、しかしだぞ、佳奈子……このままでは私は苛立ちのあまりお前に八つ当たりをしながら全て答えをぶちまけるしかなくなる」

「すごい宣言された……」

「私は兄様に頭が上がらないんだ。大好きで尊敬する兄様。……その兄様が狙いを持ってそうするのなら、私は兄様の行く道を阻むわけにはいかない……かといって、弟の生徒にしてエルミアの友人である貴様に何もしないでは……」

 ブラコンとシスコンが入り乱れているアリスさん。……やっぱり、どれだけ話が通じても、根本的なとこは悪竜さんなのね。

「よし、うん。頑張って、兄様の狙いに抵触しないヒントを出す。そして兄様に褒めてもらう」

「……面倒くさい悪竜選手権、何位だった?」

「4位だ」

 納得の順位。

「お前の思う通り、兄様はオウキと同じだ。……同じだから、きっと頑張ればわかると思うよ」

「……ありがとう」



  ――*――

「やあ、ノア」

「……」

 出会った時から全く変わらない姿のノアは、俺のベッドの真横に転移して椅子に座った。

「どうして動く気になったのかわからないけど、会いに来てくれて嬉しいよ」

〔アリスから、あなたがもう動けなくなると聞いたから〕

 あの子の物言いも、なんとかならないものかなあ……

「動けないのは体じゃない。世界を渡るのが難しくなるって話」

〔安心した〕

「ありがとう。……子どもたちと孫がお世話になったね」

 王城あるいは王家の別荘にあたる屋敷から出てこない彼とは……下手をすれば二度と会えないかと思っていた。

〔こちらこそ。あなたのお子さんや孫娘にも会えた〕

「ノア」

 彼が姿勢を正す。

 幸いにも、ノアは俺のことを一目置いてくれており、王様王妃様と同等とまではいかないけど、忠告は聞いてくれる。

「佳奈子はいい子だろう」

〔いい子なのは認める。しかし、迷惑をかけていいという理屈にはならない〕

「あはは。まあまあ、そう言わないで。……座敷童って意味わかんなくて素敵だよ。運命に負けない守り神だ」

「……」

 実際、俺もどうしてあの子に近づいてしまったのかわからない。……冬に佳奈子の家にいこうと思わなければ、両親に会うこともなかったしね。

〔あの座敷童というのは、いっそ哀れに思える〕

「かもしれないね」

 理解したくてもできないのだろう。

 賭け事に狂った富豪が座敷童を作り出そうとした結果が佳奈子で、不安に狂った神々が運命の舵取り目指して研究素材にしたのがノア。

 作り出そうとした奴らの気持ちなんか想像したくもないってところかな。

「でも、佳奈子が座敷童になれたのは、運命に負けなかった彼女への、世界からの賞賛と畏敬だと思うよ」

「…………」

 ノアは俺にゆっくりと一礼して、それから一つ箱を出現させた。

「……?」

〔カスタードケーキ、四つ入り。ちょうど良い時に〕

「おや、ありがとう」

 好物だ。

「一緒に食べない?」

〔申し訳ない。食べられない〕

「わかったよ」

 箱は冷蔵庫に入れておく。

「……改めて、お見舞いありがとう」

〔どういたしまして〕

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