鈍感常人

「そんなわけで、昨日は鬼神の学部長さんと出会い、この腕時計をもらいました」

 手首を向けて見せると、ルピナスさんが目を輝かせた。

「ひいおじいちゃんとビオラさんの作ってたやつか! カッコいいねえ」

「そうなんですよ。高性能な上にカッコいいってすごいですよね」

 仕上げのオーブンをセットするオウキさんもしげしげと見て納得している。

「性能と見た目の両立は職人の腕の見せ所だからねえ。おじいちゃんと大伯母さん、毎日大ゲンカしながらラフ作ってたよ」

 メタリックな黒をベースに銀のラインが走るデザインは、シンプルながら、シンプルだからこそ、俺の好みにベストマッチしている。ありがたや。

「そうだよ、大変だったんだからね? 二人して『光太にあげる!』って大はしゃぎで、自分たちのポケットマネーから札束トランクに詰め始めてさ。私らが止めに入ったら『そっか。日本円の方がいいよね』ってドル札だったのを円に替えて段ボールに入れ出して。鬼神さんが割り込んでようやく話が通じたんだよ」

「鬼神さんがいなかったら、光太の家にある日いきなり段ボール二箱分の札束が送りつけられるところだったんだよお。感謝しようね、光太」

 恐怖でしかない。

「……マジの話だったんですか……?」

「おじいちゃん、ひぞれが関わると秒で暴走するから」

「ビオラさんはひいおじいちゃんと連動してるから」

 双子って大変だなあ。

 キッチンを片付け終えて、妖精さん二人とリビングに戻る。

「ぁー」

 ぷるぷるしながらハイハイするユーフォちゃんが可愛い。

 翰川家のリビングには柔らかいマットが敷かれて、ユーフォちゃんが動き回れるようになっている。

「元気してたかい、ユーフォ?」

「ぁう」

 オウキさんが孫娘を撫でると、ステラさんがわたわたする。

「ご、ごめんなさいお父さん、お姉さん……お手伝いできなくて」

 ステラさんは両腕が義肢で、動かす訓練の最中。重労働な料理をする許可は出ていないらしい。

「いいんだよ。お嫁さんを働かせるほど落ちぶれちゃいない」

「そうそう。娘を見守る役目があるんだから、ステラはまったりでいいのさ」

 良いことを仰られているのだが、顔はユーフォちゃんにデレデレのメロメロである。

「あ、ありがとうございます……」

 もじもじとするステラさんは可愛らしく、リーネアさんにぴったりなお嫁さんだと思う。

「夕方めがけて京とリーネアさんも来るそうですよ」

 京からメールをもらった。彼女はリーネアさんと自身の精神外傷や将来について話し合い、病院にも行っているところだ。終わったらこちらに来るそうな。

「嬉しい。京ちゃんと、仲良くする」

 小さくガッツポーズするステラさんの足元に、ユーフォちゃんが来てこてんっと転がる。

 ……和む。

「お待たせしてすまない!」

「みんなありがとう」

 翰川先生は空色髪の美女とともにリビングにやってくる。

 先生はそのまま妖精さんたちと話し、美女はにっこりと俺に手を振った。

「はじめまして」

「は……はじめまして。ものすごい綺麗な人ですね」

「あらあ……噂通りに罪な男、光太くん」

「?」

「気にしないで」

 この人はどなたなのだろうか。

 俺がこの家に到着した時はすでにオウキさんとルピナスさんがいて、『ひぞれは休んで後から来るよ』と言われ、みんなで準備をしていた。

「うふふー。……私の種族を明かすより、夫と明かした方が楽しいかな。ごめんね」

「あ、いえ。そこは別に気にしませんけども……」

「良かった」

 恐ろしく美人な女性はぽんと手を合わせた。……無邪気なようでいてしっかりとした気品と芯のある人に見受けられる。

「ステラちゃん。会いたかった!」

「わ、わ……」

「リナリアのお嫁さんになってくれる子がこんなに可愛いだなんて。赤ちゃんまで連れてきてくれるなんて……素敵。素敵だわ。なんて可愛いお嬢さん」

 抱きしめて優しく囁く。

 ステラさんは真っ赤になって翰川先生に助けを求めた。

「ひ、ひぞれさん……」

「すまない。彼女を止めるには旦那さんか息子さんでなければ」

「はう……」

 ユーフォちゃんはルピナスさんがおもちゃで構っているし、オウキさんは楽しそうに眺めている。

「……オウキさん、ソファで横になった方がいいのでは?」

 体調が悪そうだ。

「んー? あれ? ……光太は、なんなのかな?」

「なんなのかなって。……心配なんですよ。そんな青白い顔してるのに」

「……キッチン働きは許してくれたのに?」

「いえあの。あー……なんか、波があるんでしょう? それ自体は人間の病気でもよくありますし……」

 札幌の大家のばあちゃんもそうだった。

「その点、さっきは気付かなくて申し訳ないですが。体調が平気なときに動いてばかりだと揺り戻しがひどくなると思いますよ?」

「…………」

 ぼうっとするオウキさんをガーベラさんが抱き上げ、ソファに押し込んだ。

「ちょっ、王妃様? 人の家でこんな寝転がったままって!」

 王妃!?

「あら。……そういえばオウキって私たちのこと名前で呼んでくれないんだっけ……まあどうでもいいかな。ひぞれ、許してくれるよね?」

「うむ。というか、オウキは意地でも不調を隠そうとするのをやめろ!」

「うっ」

 翰川先生にぷんすかされると弱いオウキさんは、むぐうとおし黙る。

 毛布をオウキさんにかけた先生は、満足げにして俺のそばまで歩いてきた。

「彼女は悪竜のオリジナル:《王様》の奥方だよ。だから王妃」

「…………。納得しました」

 彼女が『夫と明かした方が面白い』と言った動機や、無邪気さの中に気品があるのにも得心する。

 オウキさんは諦めたように苦笑して、俺に問うた。

「……俺の幻術、そんなに精度悪いかな? 顔色隠しなんて初歩の初歩、素人に見抜かれるつもりはなかったんだけど」

「俺、幻術が効かないらしいです。正の宇宙がなんとかかんとかって、鬼神さんが」

 鬼神さんの説明はいまだに理解していないが、俺に幻を見せようとしても意味がないことはかろうじてわかった。

「あっははは!」

 オウキさんは楽しそうに爆笑する。

「……そういうふうに、元気にしててください」

「あは、はははは……ありがとう」

 そんな会話の隣で、王妃様はステラさんを翰川先生に預け、ユーフォちゃんを構っていたルピナスさんを強襲する。

「ルピナス、好きよ」

「っ」

「可愛くて優しくて、器用で賢いレプラコーン。愛しい」

「お、おおお王妃様……やめて……私はルピネちゃん一筋なんです……!」

 カッコいいお姉さんなルピナスさんが手玉に取られているのは新鮮だなあ……

「ユーフォ、お母さんのところにおいで」

「ぁう?」

 先生はユーフォちゃんを誘導し、顔の赤みが引かないステラさんに抱っこさせた。

「……ユーフォ……シェルさんのお母様、強い……」

「ぁー」

 早速だが状況はカオスだ。

 毎回、なぜこうなってしまうのやら。



「お、お邪魔します……」

 インターホンが鳴り、手すきの俺が出迎えたのは、美織ちゃんだった。

「家主でもないのになんだけど、いらっしゃい」

「……は、はい……」

「…………」

 お姉ちゃんが居ないから緊張しているっぽいな。

 こういう時は、人当たりの良い大人な女性に頼ろう。

「翰川先せ――」

「待って待って待って! 呼ばないでうわーん!!」

「おぶっ!?」

 曲がり角に激突しかけて急停止。

 美織ちゃんが俺に抱きついて、バランスを崩したのだとわかった。

「み、美織ちゃん?」

「うち、うち……大人の女の人苦手なんです……」

「ええー……る、ルピネさんは?」

「ルピネさんはお姉ちゃんと美容室……」

 うーむ。

 予想では、恋人であるルピナスさんに髪型を見せたくて……ってところかな。紫織ちゃんが引っ張っていったのだろう。

「光太何してるの?」

「!!」

 美織ちゃんが俺の後ろに隠れる。

 しかし、王妃様は容赦などしない。

「それで隠れたつもり? 笑わせないでね」

「わひゃふぅ!?」

 仕草だけはワルツに誘い出すかのように優雅。していることは捕獲。

「つっかまーえたっ!」

「ひゃあああ、光太さああああん……!!」

「あわわわ」

 シェルさんのお母さんとか、精神的にも実力的にも手出しできる気が全くしない!

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