3.翰川家へ
慈愛王妃
あれは入学式の2週間前。
「ひーちゃん」
「……む。鬼神?」
シェルとシアの祖母が話しかけてきて、僕を撫でた。彼女がこうするのは珍しい。
「何か御用だろうか?」
「…………。あなたの生徒。森山光太くん。世界史を満点で通った」
「!?」
彼女が問題を作る世界史は、確率的に満点が有り得ない仕組みになっている。
姫路城の柱と窓の数を聞いたり、ドイツのマンホールを多数の画像の中から選べと言ったり……一回で通るにはあまりに低すぎる確率を突破しなければならないのだ。
「確認したところ、幸運をブーストするものを持ってたみたい。……悪竜ね」
「……不正で手に入れたなんてことは絶対にないぞ」
また、彼がそうだと知って持ち込むタイプとも思えない。
誰かに受験のお守りとして渡されて、きちんと持ってきたというだけの話だろう。
「責めてるわけじゃないの。……ただ、世界史を通ったとなると管轄がわたしになってしまう」
「相性が良いのではと思うが」
「変な冗談言わないで」
「むう」
光太は案外と器用で、かつ心も広く、人が奇行に走ってもおおらかに受け止めてくれる。鬼神に向いた生徒だと思わないでもない。
「なぜ僕に知らせるんだ?」
「……あなたの生徒なのだから、報告しておこうと思ったの」
「ありがとう」
律儀さが娘さんとお孫さんたちとよく似ていて微笑ましい。
そんなことを思い出しつつ、僕は自宅に客人を迎えていた。
「ひぞれ、今日も可愛い……」
「ん」
シェルの養母にして、《王妃》であるガーベラ。
彼女の撫で方はどことなくシェルの手つきに似ていて、すごく安心する。
いまは僕を抱きしめて撫でてくれているのだ。
「ガーベラ。そろそろ引っ越してくるのか?」
ガーベラとその夫は、僕とリーネアがいるこのマンションに越してくるつもりだそうで、僕としても嬉しい。絶賛子育て中のリーネアとそのお嫁さんのサポートにも、心強い味方になってくれることだろう。
「そうしたいと思ってるけど、息子が『慣れるまでまだです』って粘るの。それがまた可愛くて……」
「…………」
孤立無援で頑張るシェルだが、その粘りの原動力は常識に馴染まない父母への心配と、それが原因で父母が誤解されないかという懸念だ。
彼なりに養父母を想っての反対なのに、他ならぬガーベラは今ひとつ理解していない。
そう思うと少し可哀想になる。
「……心配してくれるのは嬉しいのだけれど、あの人を過保護にしすぎたら潰れちゃうわ」
あの人とは彼女の夫。
事情があって自己評価と自尊心が潰れたままの《王様》は、今日は孫と戯れてまったりしているらしい。
ガーベラはその様子を見て今日は大丈夫だと判断し、僕のところに遊びにきたとのこと。
……調子の悪い僕を抱きしめてくれている。
「ん……迷惑をかけてごめんなさい」
「いいの。迷惑なんかじゃないよ」
「ありがとう……」
「可愛いひーちゃん。あなたは私の翼の中。怖いこと何にもないよ。守るね」
翼の文言は、竜による守護の宣言。
竜は縄張りを守るから、その内側に居れば安心して良いのだという強い優しさ。
「……ガーベラ、好き……」
「私も大好きだよ」
僕が落ち着いたのを確認して、ガーベラはそっと僕を起き上がらせる。
「さ、お着替えね。今日はみんなで集まるのでしょう?」
「うん」
いま、キッチンではオウキとルピナス、そして光太が働いてくれている。
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