神々恋愛

 魔術工芸学科とは逆方向の通路を進んで扉を開けると、畳敷の和室。

 そこには机の上に沢山の古文書が広がっていて、白髪金瞳の綺麗な女の子が綺麗な姿勢で正座していました。

「遅いぞ、玄武!」

「すまねえな、姫さん」

「むっ。……その娘御は?」

 私を睨みました。びくっとしてしまいましたが、よく考えると彼女は玄武様の方が好きなのだと思われます。

 私に向ける目が嫉妬の色です。

「こいつが前に言ってた紫織だよ。ルピネ姉さんの愛弟子さ」

「ふむ」

 しげしげと私を見る彼女に近寄り、耳元で質問。

「……玄武様の恋人さんです?」

「はふぐぁ!? なななな何を無礼な……!」

 顔が赤いです。

「なんで出会い頭にケンカしてる、お嬢さん方!?」

「け、ケンカなどではないわ! こんな小娘と諍うほど私は暇ではないのだ!」

 うふふ。佳奈子ちゃんを思い起こさせる可愛さ。

「何をニヤついておるか小娘!!」

「姫さん?」

「くっ……玄武よ。私は部屋に忘れ物をしてきた。取ってきてはくれまいか」

「いや、忘れ物って、」

「いいから取って参れ!」

「……。で、俺は何を取ってくればいい」

「筆を」

「承った」

 サイドに細い三つ編みを垂らした女の子の頭をぽんと撫でて、玄武様は和室を出て行きました。

 女の子はぽわわんとして可愛いです。

 すぐにきっとして私を睨みます。

「良いか。玄武は私のものだからな!」

「付き合ってるんですか?」

「……ま、まだだが。いつか、必ず」

「そうなのですか」

 お二人の間には小指と小指で赤い縁の糸が結ばれておりますから、近いうちに実現すると思います。

「…………。本当に、玄武のことは」

「私が玄武様にどうこうだなんて恐れ多いです……お世話になってばかりで。優しい神さまですよね」

「……う、うむ。ならば良いのだ」

「玄武様、ここに来る間も『可愛い女の子を紹介する』って楽しそうでした」

「っ」

 きゅんとします。

「自己紹介遅れましてすみません。七海紫織です。巫女見習いです」

「私は漁火いさりび愛良あいら。文学部日本語学科の教授だ」

「はわー……魔術学部ではないのですか」

「そうだ」

 愛良さんは細い線の這う和紙を指差して説明してくれます。

「これはいわゆる『曰く付き』の文書でな。紙に絡みついた呪いに近いものであるからして、呪いを断つのと、文書を読み解くのと両方が必要なのよ」

「だから愛良さんと玄武様……ぴったりカップルですね!」

「っ、お、お主は調子のいいことを……」

「ただいまー」

 手に筆を持って、玄武様が戻ってきました。

「戻るのが早過ぎるぞ玄武!!」

「姫さん待たすわけにもいかんだろ。それとも俺はお邪魔かい?」

「そういう、わけではない……ないのだが……!」

 からかうように優しく笑う玄武様は愛良さんの隣に座ります。舞台の一幕を飾れるくらいの所作。

 似合いのお二人だと思います。流れる魔力も玄武様が墨、愛良さんが白墨で調和していますから。

「玄武様、愛良さん。ここに招いていただきありがとうございます」

 畳の上でお二人に頭を下げます。ルピネさんタウラさんに習ったとはいえ半人前もいいところですが、今できる精一杯のお辞儀を。

 顔を上げると、お二人も会釈します。

「私は何をしたら良いのでしょう?」

「玄武よ。なぜ説明せず連れてくるのだ」

「説明するより実践させた方が理解が早いんだよ、紫織は」



 手袋して、玄武様は古びた紙をなぞります。

「ここに並べてんのは、読んでるだけで魔力が人に縋り付いてくるようなやつなんだ」

「はわ……私にも?」

「中身を理解できぬのなら心配いらぬぞ」

 表現は悪いのですが、ミミズが這っているようなこの文字は、私には判読不能です……

「大抵の呪いの物品は、ついた情念を祓えば呪いが意味をなさなくなる。しかし、この手のは書き手が無意識に魔力と情念を込めて墨を用いたものでな。読めば読むほど浸み出すのよ」

「祓っても数秒しか保たねえくらいにな」

「……読みたくても読めないですか。危険です」

 私は呪いの解き方も習いましたが、神秘を持たない普通の人に対応できるとは思えません。

「それだから、俺と姫さんみたいなのが手ぇかけてんのさ」

「読み解いて魔力の根をほどく作業が必要なのだ。これらは皆、学術的に価値あるものでもある。多数の目に触れて然るものよ。こうも古いと専門家でも解釈が分かれるでな」

 原文を読んで解釈しないとならないのに、現物を理解できる人に呪いがかかって大変。なので呪いを解きましょう……こんな流れなのですね。

「でも、呪い解いても大丈夫なんですか?」

「呪物として作られてたんなら、限られた奴しか読めなかろうが気にしねえんだがよ。これは偶然が重なって呪いになったもんでな」

「はるか昔、自らの神秘に気付かぬ姫君が書き続けた日記よ。内容に魔術の意味は含まれず、ただ赤裸々に日々が綴られておる。こういった日記からは当時の生活の様子が浮かび上がる。これの価値は魔術よりそちらの方が重たかろう」

 赤裸々な日記が後世に残るって、けっこう恥ずかしいような……お姫様も大変です。

「説明してくださってありがとうございます。……でも、なぜ私に?」

 呪いを断ち切れる玄武様と、古い文字でも読み解ける愛良さん。役割が完成しており、私が入り込む余地がありません。

 そう言ってみると、玄武様が苦笑いしました。

「あんな、俺もこの手の古文書は読めるんだわ」

「! そ、そうなのですか」

「おう。でも、呪いに警戒しながらってなると姫さんにつきっきりにならざるを得ないし、姫さんも落ち着かないみたいでな」

 愛良さん、涙目で玄武様を見ております。玄武様と合法的に密着できる機会が減りますもんね。

「お前が呪いをなんとかできるようになったら、実質姫さん一人でやってた解読が進むし、お前さんもスペルの扱いへのスキルアップになる。バイト代も出すから、放課後のアルバイトにどうだ?」

「申し出、ありがたくお受けします!」

「ありがとよ。……そうだ。学内バイトの手続き……取ってくるから待っててな」

 玄武様が和室を飛び出していきます。

 泣きそうな愛良さんにフォローを。

「愛良さん。玄武様が解読作業に加わるようになったら、玄武様とお話しする機会が増えますよ」

「!」

「専門家でも解釈が分かれるなら、お二人が話し合って深めることもできますし」

「そ、そうだな。うむ」

「日記書いてる人が女性なら、恋バナなんてあるかもですよ。それを題材にしてお話ししてみてはどうでしょう!?」

「はう……」

「私は応援しております。呪いのあれこれも、頑張って会得しますね!」

「……ありがとう……」

 扉が開いて、帰ってきました。

「手際が悪くてすまねえな」

「いえいえ。ええと、これはどうしたら?」

 紙には当然ですがあれこれと欄があります。

「んーとな。ここに給与振り込みのできる銀行口座の番号書いて印鑑押して、あとは太枠の中埋めたら事務に提出。再来週までに出してくれればいい」

「わかりました」

 大学内でアルバイトできるって素敵です。

「よし。……明日空いてるか?」

「はい。あ、妹もいるんですが……」

 美織は『お姉ちゃんの大学見たい』と言って、明日約束しているのです。

「いいよいいよ。そんじゃあ、あとでメールする。今日はありがとな」

「こちらこそ!」

「また明日」

 愛良さんの方を向いて、優しい笑顔。

「姫さんもまた明日な。楽しみにしてる」

「ん……わ、私もだ」

 手をひらひら振って和室を出て行かれます。去り際まで風雅でカッコいいのが玄武様ですね。

 ぽーっと見惚れる愛良さんが可愛くてなりません。

「……玄武様とは長い知り合いさんなのですか?」

「む……貝殻に紹介されたのが20年前だ」

 貝殻。あ、シェル先生ですね!

 そういうあだ名があるとは。

 さておき、この見た目で『20年前』だとかの年数を口に出すとはつまり、愛良さんも異種族さんなのでしょう。

「その時からずっと好き……」

 乙女で可愛いです。

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