巫女先輩

 明日のために、愛良さんと予習させてもらうことになりました。

「私自身も、軽い呪いなら対処は可能。解読しかけのところから見せてやろう」

「お願いします」

「今回はガイドラインとして、指を添えた場所に目を通す。よく見ていろ」

「はい」

 筆文字に手袋の指を添え、愛良さんはじっと紙面を見つめ始めました。

「…………」

 ゆっくりと、ゆっくりと。文字からスペルが滲み始めました。愛良さんの指にまとわりついていきます。

「ちなみにここは、側仕えの侍女の恋模様を面白おかしく書いてはしゃいでいるところ。ネガティブな感情を含まぬゆえ長く読んでも大した呪いはかからぬが、放置するわけにもいかぬでな」

 彼女の正座する足元のそばから海の気配がします。

 ――真っ白なサメが飛び出してきました。

「!?」

 サメが愛良さんにヒレを触れさせるだけで、指に絡みついていた呪いが雲散霧消します。

「驚いたか?」

「は、はい……」

「私も巫女でな。昔々に漁火の巫女と呼ばれた役目を務めておった。……生まれつきのこの見目であるから、生贄のような扱いであったがの」

 愛良さんはサメさんの頭を指で撫でて微笑みます。

「小舟で海に放り出された私を、御神体たるこの母上が拾って助けてくださったのだ」

「お母様……綺麗ですね」

 大きくて表情のないサメさんですが、空中を泳ぎ、愛良さんに体をくっつけたりする仕草に愛情が満ちています。

「血の繋がりもなく種も違うが……紛れもなく我が母。そして仕える神でもある。お主はどんな神と繋がりがあるのだ?」

「私はですね。スペードさんという女神様と、サチさんという故郷の土地神様に良くしていただいております」

「スペードとはとんでも無いことだが、そうか。ぬし、ルピネの弟子であったな……」

 スペードさんもたまに私の家に遊びにきて、美織とトランプで遊んだりしています。ハーツさんが台所でおやつ用意してくれたりも。

「はじめまして、愛良さんのお母様」

 サメさんは私を真っ黒な瞳で見据え、尾びれを振りました。きっとお返事ですね。

「母上は『娘共々よろしく』と言っておられる」

「こちらこそ、です!」

「挨拶も済んだところで、話を戻すぞ」

「はい」

 脱ぎ捨てた手袋をサメさんが背中でキャッチしました。母娘の阿吽の呼吸でしょうか。

「ラーナはぬしにスペルの扱いを学ばせようとしておるらしい。巫女は繊細であるからな。こういった細かい作業をしていけば、少しは身につこうよ」

「そうなのですか」

 ポータブル神棚のために、サチさんのために、私は頑張ります!

「注意点を述べよう。読んでいる最中に呪いが絡みついてきた場合、それが皮膚に染み込んだり腕を這い上ってきたりすると危険だ。魔力の流れを断つ必要がある」

「断つ方法はなんでもいいんですか?」

「断てるのならばな。……玄武であれば器用に断つが、私は母上に頼るしかなく乱雑になってしまう。ぬしに頼れるのならばありがたい。頼むぞ」

「頑張りますね」

「うむ」

 明日が楽しみです。



「というわけで、人生初のアルバイトが決まりましたー!」

「めでたいことだ」

「おめでと」

 家で報告すると、ルピネさんと美織が祝ってくれました。

「玄武と愛良からの紹介であれば間違いはないだろう。良い経験になるといいな」

「はい」

「うちもバイトしたいなー」

 美織はまだ中学二年生なので、バイトは難しいです。

「働くことは人生経験になる。高校に上がって慣れてきたら、自分に合うものを探してみなさい」

「うん」

 ルピネさんに撫でられた美織がほわあと幸せそうで、私の妹なんだなあって思います。

「美織は新しい学校どう?」

「楽しいよ」

 工学・工芸など、物を作ったり仕組みを研究したりすることに興味が深い妹は、そういう授業のある中高一貫の学校を受験し、合格しました。

「寛光大学とも繋がりがあるみたい。……でもやっぱり魔法も気になるんだよねー。お姉ちゃん魔術学部って、夢がありすぎだよ」

「美織も来てほしいって言ってたから、明日一緒に行こう?」

「やった! ……ルピネさんは来る?」

「あ、いや……私は、」

「美織、ルピネさんはデートですよ。応援しよう?」

 ルピナスさんと美術館とレストランを巡るそうなので、最近のルピネさんはうきうきなご様子でした。

「デート!? ごめんね。楽しんできてください!」

「あぅ……」

 涙目なルピネさん可愛いです。

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