構内探索

「いらっしゃいませ」

 一礼すると広がるスカートとエプロンが優雅な女性は、大輪の花をあしらったレースと絹の帽子を揺らして微笑む。

「ご注文はこちらの機械で。どうかごゆるりとお楽しみください」

「あ……ありがとうございます……」

 あまりに優雅過ぎて、俺と京は会釈するしかできなかった。

 彼女はスカートをつまんでお辞儀。銀のトレーを掴んで厨房の方へと去って行く。

「すごい、ね。なんだか、語彙が到底追いつかないくらいすごい」

「うん……」

 おそらくかつてはどこぞのお屋敷で働いていたのであろう、本物の気品。なぜ日本の一大学の学食で働いているのかはわからないが、彼女のファンと思しき生徒がちらほら見受けられることからも人気ぶりがうかがえる。

 衝撃を心の中で消化しつつ、指さしで教えてもらった食券機に向き直る。

「光太は何食べたい?」

「違うの選んで一口トレードはどう?」

「いいね」

 京はオムライス、俺はカツ丼にする。

 俺たちが食券をカウンターに出して戻る間にも、エプロンドレスの女性はトレーと共にテーブルと人の間を縫って動き、水や料理を運んでいる。学食はかなり繁盛しているが、彼女はその気品を一切貶めることのない仕草で手早く配膳し続けている。

「あの人異種族さんだよね」

「うん」

 二人頷きあってテーブルに着く――瞬間、女性がそばにいた。

「「…………」」

 絶句する俺たちに彼女が微笑む。

「新顔なカップルさん、こんにちは」

 とても恥ずかしい。第三者から指摘されるとこんなにも恥ずかしい。

「まあ、二人してぱたぱたと……初々しいのですね」

 女性が再びお辞儀する。

「どうかごひいきに」

 姿が消えた瞬間に、遠くのテーブルに出現する。

 俺たち以外の教員・学生の利用者には、それを驚く様子もない。

「……さすが寛光大学……」

 初っ端からインパクト大だ。

 少し経って、女性により届けられたオムライスとカツ丼を実食。

「……和風オムライス? 奇跡みたいな美味しさ……!」

「和風?」

「食べてみて」

 一口スプーンでもらう。

 ふんわりと焼き上げられた卵と、炊き込みご飯から出汁の風味が香る。

「美味い!」

 パンチが足りないのではないかと思ったが、コショウと七味で少しの辛味もあり、飽きない味だ。

「カツ丼はどう?」

「こっちは王道なカツ丼。……400円とは思えないジューシーさ」

 京に、卵液が沁みた白米と割ったカツを一口。

「! ……すごいね。この値段でこの味」

「弁当作れない日とか助かりそうだ」

 出来る限りは自炊で食費を浮かせるつもりではあるが、どうも気力が湧かないという日だってある。

「だね」

 二つとも腹八分目には適度なボリュームで、これまた食べきりやすかった。女性にお礼を言って学食の外へ。

 二人で歩き出す。

「……スーツって疲れるね」

「着慣れないよな」

 生地は硬くて突っ張る上、ズボンとシャツの感じもTシャツ・ジーパンの組み合わせと違って落ち着かない。

「……。私、今日は普段着を持ってきているんです……」

「マジで? ……俺もそうなんだ」

 セコいかもしれないが、集まるイベントがないのならスーツでいる必要もない。二人で示し合わせ、近くの男女トイレにそれぞれ入った。

 脱いだスーツを畳んで超圧縮の時間停止袋に入れ、Tシャツパーカー、ジーパンに着替えてトイレを出る。

 少し遅れて京が出てくる。

 スカート姿だ。

「……俺の恋人が可愛い……」

「っ、あ、あう……」

 細い脚線はストッキングに覆われているが、それもまたグッとくる。

「光太はね、光太は、ズルい……私が勇気出してスカートにするのに、すぐ褒めて……ドキドキするから……」

「ごめん。ほんとに可愛いなって」

「……」

 真っ赤な顔する京が可愛い。

「行こう?」

「……うん」



 最初に通りかかったのは数理学部の縄張り。

 大講堂から戻ってきていたみぞれさんがニヤニヤしながら俺たちをからかう。

「お熱いお二人だこと」

「みぞれさんだって、お姉さんと仲良しじゃないですか」

 今は翰川先生の姿は見えないが。

「でしょう?」

 彼女は胸を張って語り始める。

「お姉ちゃんは新入生のために説明資料とスライド作って来てる。それを使って、物理学科の活動を伝えているんだ。僕のお姉ちゃんが天使で聖女!」

「良かったデスネー」

「翰川先生、本当にいい先生ですよね」

「わかってるじゃないか、二人とも」

 ふふふんと自慢げなみぞれさん。見た目だけなら純粋に可愛い。

「そういや、みぞれさんってオリエンテーションの間はどこに居たんですか?」

「完全に裏方。バックルームで壊れそうな機材を騙し騙ししたり、照明と音量を調整したりとか、あとは遅刻した生徒向けに講堂の外へ放送もしてたよ」

「お姉さんの補助ですか。仲良し姉妹ですね!」

「うふふ、ありがとう……」

 あー、みぞれさんは可愛いなー。

「僕のこと労ってくれてるから、いま割と手すき。数理学部内ならちょっとの案内もできるけど……京ちゃんはどこの学科見たい?」

「えっ、あ……その……」

「おや。……デート中だもんね。お姉さんの申し出も無粋かな?」

 にんまりする彼女に京がわたわたする。

「そんな、そういうことではなくて……!」

「もちろんわかってるさ。ほら、二人で好きに見て回っておいで」

「わ……」

 みぞれさんは笑って京を俺に押し出し、ひらひら手を振り去って行った。

「……」

「京、なんか悩みある?」

「っ」

 本日の彼女はオリエンテーションの途中から、なんだか悩んでいる様子だった。自己解決するかを見守っていたが……そうではないらしい。

 なら、気持ちで寄り添いたい。

「……来年から、医療学科が登場するらしいんだ」

「うん」

「興味があるんだけど、怖い」

 彼女は両親から『医者になれ』と押し付けられて幼少期を過ごした。興味の元が何にせよ、親からの押し付けが呪縛になっているのは違いないだろう。

「じゃあさ、一緒に歩こうよ」

「……」

「俺のアーカイブ、人を幸せにできるらしいんだ。制御も操作も出来ないから、京にいつ作用するかわからないけど……幸せにするからさ」

「光太は、定期的に、プロポーズを……」

「?」

 プロポーズ?

 って、今のセリフ……

「……ごめんなさい。あの、その。人前でこういう、恥ずかしがらせる気は無かったんです……!」

 いつの間にやら戻ってきたみぞれさんが拍手している。彼女の研究生と思しき生徒数人も囃し立てながら拍手。

 なんだこれすごい恥ずかしい。

 幸いにも彼女らは口を挟んでからかってくることはなく、『見学待ってるよ』と言い残して数理学部のスペースに戻って行った。

「…………」

 京は真っ赤な顔でぶつぶつ言っていたが、顔を上げて俺の手を掴む。

「優柔不断で傷だらけの女ですが、幸せにしてください」

「……はい……」

 彼女相手に、何度一目惚れを更新したかわからない。

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