Vol. 10
1.魔窟へ
入学初日
憧れの寛光大学に合格した俺こと森山光太は、着慣れないスーツ姿で入学式に参加。そのままの流れで、新入生オリエンテーションにも参加した。
「寛光大学にようこそ! 僕は
大講堂の教壇でマイクを持つのは、海色の髪をした美女。
「見ての通り、ここにいるのは僕と学長の二人だけ」
袖の方にいる老年男性がサムズアップする。
「退屈かもしれないが頑張るので、終わったら僕の代わりに、それぞれの教授どもに文句を言ってきてほしい!」
悲壮な決意の込められた瞳で、彼女は学部紹介を始めた。
全ての学部学科を端的に説明し、興味を惹くプレゼンをこなす。見やすいスライドからも、このプレゼンにかけられた労力が滲んでいた。
……ほかの教授と分担できれば、彼女への負担も少なかろうに。
隣の席の佳奈子がポツリとこぼす。
「……まさか、ほんとにバックレとはね」
「だな」
教員がオリエンテーションをバックレるのは毎年恒例。他ならぬ翰川先生が教えてくれたことだ。その彼女の後ろには、空席の椅子が学科長の分だけ並んでいる。
最後に魔術学部のプレゼンを終え、先生は壇上で一礼する。
新入生が全力で万雷の拍手を送った。
俺、
縁あって札幌から寛光大学へとやってきた四人である。
「あたしは数学科中心で回るわ」
「私は魔術学部です!」
「俺は社会学部かな」
「私は……数理学部周辺」
全員の目が合う。
「……。受験したんだから、そりゃそうだよなあ……」
「です……」
俺の言葉に、紫織ちゃんも同意する。
願書に希望の各学部学科を書き入れて、合格すればそこに配属されるように受験している。
俺は得意科目の傾斜配点が大きかった社会学部。
全教科オールラウンダーだが理系好きな京は数理学部。
数学が大得意な佳奈子は数理学部の数学科。
推薦受験の巫女さん見習い:紫織ちゃんは魔術学部……というように。
現在は興味のある学部学科の教員と話しに行ける自由時間。
「でも、みんなで集まったんだし、設定されてる時間も長いしで。一緒にあちこち見て回りたいのよね。正直、シェル先生の根城に単身乗り込む度胸はないわ」
「意外とはっきり言うなー」
「シェル先生、お優しいですよ?」
「先生は優し……話が通じるけど、あれよ? 数学科って、『誰も授業を受け待たないでほしい』『血も涙もない数学者の
「佳奈子はそんなことを思っていたんですか? 危機管理能力が高くて非常に素晴らしいですね」
「ぴぎゃああああ」
鬼畜さんが背後に立っていた。ちなみに『でも、みんなで集まったんだし』のところから背後に立っていた。
「数学科新入生として喜ばしい限り。迎えにきましたよ」
「なんでなんで来るのねえなんで!? バックレはしたくせにあたし迎えに来るのはなんで!?」
現在、大講堂に残っているのは翰川先生とその双子の妹さん、そして二人を囲む新入生たち。彼女たちは大人気だ。
「驚くかな、と」
「やめてそんな動機で背後に立たないで……!」
佳奈子は『助けてええぇ……』と断末魔を残し、俺たちが口を挟む間も無くシェルさんに転移で連れて行かれた。
「ふふ。シェル先生、ほんとに佳奈子ちゃんのこと可愛いんでしょうね。楽しそうです」
「……いまの見てその感想ってなかなかヤバいね……」
紫織ちゃんの天然具合がたまに恐ろしい。
「確かに、強引ではあるけど、佳奈子はすごく気に入られてるよね」
京は苦笑気味に同意する。
「紫織は魔術学部で何かあったりするかい?」
「あ、はい。実はそろそろなのです」
「じゃあ、魔術学部まで一緒に行っていいかな。見学だけ!」
俺も前々から興味があった。
「もちろんです。ご案内しますね!」
大講堂を去る間際、3人で翰川姉妹に手を振る。翰川先生とみぞれさんはにっこり笑って手を振り返した。
出れば大きなホールを通る。そこは工学部に用意されたスペースのようで、あれこれとロボットや電子機器が動いている。生徒たちは感嘆の声を上げたり、教授さんたちに質問したりと楽しそうだ。
「……賑やかでいいなあ、大学」
学年の垣根がなく、それぞれが自由だ。
なんか自由すぎてゴミ箱を爆発させている人がいるけど、すぐにそばの教授さんが鎮火するから、フォローもバッチリなのだろう。
「すごいね。爆破実験かな」
「見応えのあるショーですね」
女子二人が天然過ぎて。
「……もしかしてあの人、シェルさんのお姉さんかな」
遠目だからはっきりとは見えないが、爆発を神秘で鎮静させたブロンドの美女からは悪竜さん風味を感じる。
「かもですよ。シェル先生も、工学部にはお姉さんがいるって仰られてました」
「翰川先生も言ってたなあ、それ」
ってことはおそらくお姉さんなんだろう。
紫織ちゃんと言い合っていると、ふと、京の足が止まっているのに気づいた。
「京ちゃん? そんなに悩まなくても、光太くんは京ちゃんの彼氏さんですよ」
「はうっ……⁉」
「ちょ、し、紫織ちゃん!」
恥ずかしくて慌てていると、彼女はにんまりと笑って京を俺のそばへと押し出した。
「デートだよ、京ちゃん」
「う……その。紫織、私はそういうんじゃなくて……」
「いいからいいから。……けっこう時間ギリギリなのです」
紫織ちゃんは要約すると『午後12時30分に魔術学部集合』と書かれたプリントを見せてくれた。
現在時刻、12:10。本当にギリギリだ。
「ち、遅刻しちゃうよ!」
「ごめん、俺のわがままで!!」
「いえその実は、午後2時って勘違いしちゃってて私も悪いんです……! 心配かけてごめんなさーい!!」
紫織ちゃんは手を振りながら駆け出し、あっという間に姿を消した。
「ま、間に合うのかな……?」
「祈るしか……」
立て続けに友達が去って行くのを見ていると、なんだか自分まで不安になってきた。
「一回座ってさ、予定表見ない?」
「そうだね。私も不安だ……」
そばのベンチに座って、入学式前に配られた本日の予定表を二人でチェックする。
「……あ、数学科も集まりあったみたい」
「ほんとだ……って、12時集合?」
「シェル先生、佳奈子を迎えに来ただけの可能性が出てきたね……」
「かも。……昼食を兼ねた懇親会。参加費無料で弁当付き」
「魔術学部もおんなじ」
「俺たちそういうのないのかな……」
「食費が浮くのいいよね……」
残念ながら、紙の隅々まで見渡しても、社会学部・数理学部の名は予定表に入っていなかった。
「見たところで言うと、学部だけじゃなく学科まで絞った人は入るのが確定してるから招集。魔術学部は人数が少ないからまとめて招集……みたいな感じじゃないかな」
「え、わかるの?」
「寛光の募集人数と合格者人数見たんだ」
「すごいな……」
俺の彼女は頭の回転が速い。
「……まあ、昼食がついていないのなら自腹で食べるまでだよな」
「うん。学食行ってみない?」
「いいね」
大学で学食を食べるのも夢の一つだ。
予定表についていた見取り図を見て歩き出す。
「一人暮らし、どう?」
「楽しいよ。でも、ついつい二人分で作っちゃうんだ」
彼女は東京に来るまで、保護者のリーネアさんと二人暮らしをしていた。
「そっか。あるあるだよな、そういうの」
俺も札幌で同居人が居なくなったころは、ついつい2,3人前換算で料理を作ってしまったものだ。
「良ければ……光太と一緒に食べたいなー……って」
「……俺も、ご相伴に……その。ぜひよろしくお願いします」
お互い頭を下げあっていると、俺が曲がり角に激突する。
「いっ……!」
「大丈夫⁉」
「だ、大丈夫。前見てなかっただけ」
大学初日だというのに、俺たちはあれこれドタバタしている。
それも俺たちらしいと思いつつ、駆け寄ってくる京に心配いらないと伝えた。
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