少年は天才と神秘の夢を見られるか?U
金田ミヤキ
Vol. Q
1.3月中旬、東京にて
少年は不思議なテンションで東京を走る
3月中旬の東京は少し肌寒いが、体が震えるほどではない。
秋冬用のスポーツウェアを着て手袋をすればそこそこ距離を走っても大丈夫。
「同じ日本とは思えない……」
物心ついてから18になるまで北海道から出たこともなかった田舎民:森山光太は、ついについに、先々日、東京に降り立ったのだ!
札幌が3℃で東京が15℃だったから体がだるかったが、今日はもう大丈夫!
わーい、東京、雪なーい!
凍ってなーい! いえーい!
……自分のテンションがおかしいことが自分でわかる。
「……。よし」
冷静になって自分の装備を確認し、玄関で靴を履いて外に出る。
今にも飛び出したくなる気持ちを抑えて、翰川夫妻から頼まれた買い出しメモをスマホカバーに挟んで留める。
エレベータが1階に着いたところで、清掃のおばちゃんに挨拶。
「おはようございます」
「おはよう。光太くん、元気ねえ」
翰川先生の茶飲み友達だという彼女は、俺が札幌にいる間にも先生から俺の話を聞いていたらしい。……ちょっと恥ずかしい。
「あざます」
「気を付けていってね」
「はい! 行ってきます!」
会釈してエントランスから出る。
二つ隣の駅あたりまで走ったらスーパーがあるから、ペースをゆっくりあげながら走って、到着までにクールダウン。買い物をしたら逆順で戻る。
コースは地図で予習した。
呼吸を整えながら無心で走る。
「…………」
わーい、雪なーい! 走りやすーい!!
――*――
「よう、紫織」
「こんにちはです、リーネアさん!」
用事を済ませた戻り道、俺は七海姉妹のマンションに寄った。
「……美織は?」
七海妹の姿が見えない。
「美織は本日、こちらの学校への転入手続き諸々に、ルピネさんと出ておりますです」
「そっか」
「何かご用事です?」
「ん。届け物」
「?」
きょとんとする紫織に紙袋を差し出す。
「わー……こんな豪華な……!」
開けた途端に目を丸くしてはしゃぐ。
こうも喜ばれると面映ゆいな。
「いいんですか、これ。どうしたんですか、これ!?」
「友達から送られてきたんだ」
前に小樽でイルカの写真を撮って送ったことへのお礼。
大家族用の量が送られてきたから、さっきは寛光大学にまでいって自分の親戚に分けてきた。
「俺とケイで食べるには多い量だったから。七海家にもお裾分けだ」
「嬉しいです! ありがとうございます!」
なんかこいつ可愛いな。ルピネが可愛がるのもわかる。
「缶詰は冷蔵。あとのは、1週間以内で食べるなら冷蔵で、長期保存がしたかったら冷凍室に入れるといい」
「ほわー……わかりました。時間停止じゃないのですね」
「うん。俺のふるさとの世界のものだから時間停止は使われてない」
「そうでしたか。異世界からの食べ物だなんてレアな気分です! ……何かお渡ししたいのですけれど、家に大したものが……今度、お返ししますね」
「気ぃ使わなくていいよ。みんなで食べてくれれば」
七海姉妹だけじゃなく、ルピネとタウラもここに来ることは多いだろう。
「そんなわけには。リーネアさんには札幌からずっとお世話……に……?」
紫織の目が、俺の右手で止まる。
「……どうした?」
何か付いているのかと見下ろしたが、俺には見えない。紫織……巫女にしか見えない類の呪いとかだったら困る。俺は魔術に明るくない。
「リーネアさん、ちょっと右手をお借りして良いですか?」
「ん」
手を出す。
指の付け根から先までむにむに揉まれるとくすぐったい。
「……うーん……あれえ?」
「何が見えたんだ?」
「いえあの……ううん……。ごめんなさいです、私の見間違いかもしれません」
「……なんかよくわからんけど心配してくれたんだろ?」
紫織が照れて頭を下げる。
「杞憂かもですが……」
「いいよ。ありがとうな」
「……いえ」
「またケイと遊ぶだろうし、その時はよろしく頼むよ」
「はい!」
紫織は眩しいくらい純粋ないい子。ほのぼのする。
「長く引き止めてごめんなさい。お土産ありがとうございます」
「どういたしまして」
――*――
「……。なんだか凄いことになっている」
魔術工芸科のフリースペース、別名『レプラコーン集会所』はあたりそこら中に木片や金属片が散らばっていた。
工作スペースのある奥の方では集結したレプラコーンたちが
「や、ひぞれ」
スモークサーモンを炙るオウキは困ったような笑顔を見せた。
「リナリアがお友達からもらった海産を差し入れしてくれたんだよ。ほら、前にひぞれたち、小樽の水族館でイルカさんの写真撮ってたでしょう? そのお礼に送られてきたんだって」
「ほう」
「でも、大家族向けの量だったみたいでね」
リーネアは東京に拠点を移した現在も、京と一時的な二人暮らしをしている。消費しきれる量ではなかったのだろう。
「大学レプラコーン組にまとめて渡して『これみんなで食べて』って言ったんだけど……まあ、見ての通り」
「……むう」
金属片と木片の形から推測するに、彼らは歯車を作っていたらしい。
漏れ聞こえる論争から推測するに、歯車の規格で大揉めらしい。
「学科長さんが割り込んでくれて、結局『誰が一番小さい歯車できるかな』競争になったんだけど……いろんな要素が絡み合ってとっても大変な今現在」
「…………」
歯車はたかが部品、されど部品。生半可ではわからない奥深さを持つものだ。
以前僕は、魔法のからくり時計を作る企画に軽い気持ちで口を挟んで、レプラコーンたちから総攻撃を受けたことがある。機械工学を軽くかじった程度で口を出していいものではないと学んだ。
「特に、形状は機械系の叔父さんと大伯母さんが大激論。あとは『金属こそ至高』組と『生きた木の良さがなぜわからん』組と……こんなの収拾つかないよねえ」
「で、キミは混乱の中で悠々とスモークサーモンにありついたわけか」
オウキらしくて笑ってしまう。
「だって俺の専門じゃないもの。大伯母さんと叔父さんになんて勝てるわけない」
「無駄な勝負はしない主義だものな」
「そうそう。それに、サーモン人気なかったしねー。俺は余り物でいいのさ」
妖精は『子ども舌』が多いから、風味に癖のあるスモークサーモンは不人気。軽口を言っているが、たぶんそういうところまで予測していたのだろう。
「ところで、ひぞれも食べるかい?」
炙りの香ばしい匂いとレモンの爽やかさが食欲をそそる。……食品用でない火力でも使いこなせるのが凄いと思う。
「……では一枚」
「どうぞ」
紙皿と箸を受け取る。
「何か魔工に用でもあるのかい? 見ての通りの惨憺たる有様だから、学科長さんがもう一回来るまではゼミさえ放棄しそうな勢いなんだけども」
「そこは生徒のためにもしないでやってほしい」
「あはは。頭でわかっててもどうにもならないのが俺たちだからなあ。お、炊き上がった」
「キミも放棄しそうな勢いだな!?」
側の炊飯器を開けると、貝類と野菜たくさんな炊き込みご飯。否、簡易パエリア。
「騒動のお陰で朝ごはん食べてなくってねえ。まとめてお昼だよ。ひぞれもつままないかい?」
「……」
朝は食欲がなくてあまり食べられなかった。
「……んむ。お言葉に甘えて」
「良かったあ。盛り付け手伝ってね」
魔工は腕の良い職人ばかりなので、僕にはどこが失敗なんだかわからない『失敗作』の皿やコップが沢山ある。
オウキはそこから適当な食器を見繕い、スプーンは転がっていた木片を掘って磨いて速乾ニスを吹きかけて僕に渡してくれる。
「……」
目にも留まらぬ早業で出来上がったスプーンを見ていると、オウキが問う。
「あ、ごめん。気に食わなかった?」
「オウキが僕の友達で幸せだ」
彼はいつも僕を驚かせ、そして楽しませてくれる。
「そ、そっか。……うん。それなら嬉しい」
「大皿に盛り付けて、それぞれに分けよう。……落ち着いたら向こうの彼らも食べに来るだろう」
「だね」
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