第82話

 


 今日は土曜日、学園を久しぶりに出てクリス様が用意してくれた馬車に乗り込んで王都にある伯爵邸へ向かった。

 夏期休暇の際に、父や母が普段着を全て一新すると張り切って沢山仕立ててくれ私服が増えたため、今日はその中でも気に入った一着を着た。

 イエローのストライプ柄で足首より上の丈のミモレ丈ワンピースだ。胸元には細いリボンが付いていて子供過ぎないデザインなのが良い。そして動きやすいから場車に乗り込むのも楽だ。

 王都内に建てられた伯爵邸は、学園から馬車でさほど時間もかからずに到着したおかげで乗り物酔いもうまく回避した。


「シャル」

「はい?」

「それ新しい服? 可愛い、良く似合ってる」

「そうなんです、お母様が沢山服を用意してくれて。あ、ありがとうございます」


 ストレートに褒められると照れくさくて、お礼の言葉が淀んでしまった。きっと顔が赤いかも知れない。まだクリス様からの言葉にいちいち照れてしまって慣れない。

 馬車を降りて立派な門をくぐると、迎え入れてくれた使用人達が先だって歩き、邸の中へと案内してくれる。

 中にはいると、私を待ち構えたかのように一斉に「シャルティエ様、ようこそおいで下さいました」と愛想よく挨拶をしてくれたため、にこりと笑って「ありがとう」と答えると、驚いた表情をするためデジャヴを感じてしまった。


「最後に来たのが、僕を避けてた頃だから君が来ると聞いてみんな心配していたんだ」

「なるほど……」


 それを聞いて途端に歓迎されていないのではないかと不安になる。

 ちらりとクリス様の様子を伺えば、満面の笑みで頷いてきた。


 ――どう考えても大丈夫じゃないでしょ。


 汚名を挽回しなければならないのかという気の重さと共に、再び使用人達を一瞥すると、相変わらず愛想よく笑みを浮かべている。

 本当にこんな自分にと申し訳なくなる。


「あ、あの……今日はよろしくお願いします」


 世話になるのだから挨拶はしようと頭を下げると、男性の使用人は気を良くしたようで頷いていた。女性は半数が貼り付けた笑顔を崩さなかったが、残りは柔和な微笑みに変わったのをみて少しほっとする。

 すると、一人の無表情なメイドが一歩前に出てくる。髪はくるくると巻き毛で金色の髪が腰まで伸びていて気品を感じさせる風貌だ。

 クルエラより煌びやかさがあって、お仕着せの服を着ている事に違和感を感じる。

 伯爵家の奉公に来るという事は貴族だろうかと考えながら首を傾げると、私の反応が面白かったのか隣のクリス様が口を抑えて笑う。


「彼女は、今日シャルの世話をしてくれるニーアだ」

「シャルティエ様、ニーアと申します。本日はよろしくお願いします。何かあれば遠慮なくお申し付け下さい」

「はい、よろしくお願いします」


 淡々と挨拶をする表情の読めないニーアに、私はドキリと緊張気味に頷く。


 すると、私を全身を確認するように足元から顔まで舐めるように見た後、くるりと踵を返した。


「まずお部屋までご案内いたします」


 案内されるままついて行くと、クリス様もその後をついてくる。

 手には私の一泊分の荷物を詰め込んだトランクで、私にしては重いつもりだったが軽々と持ち上げている。流石は男だと感心してしまった。


「荷物、持たせてしまってすみません……」

「いや、これくらい平気だ。シャルの荷物は僕に持たせて欲しい……世話を焼きたいんだ」


 ニーアは一つの扉の前で立ち止まると、それを開いて中へと導く。

 招かれるまま中へ入ると、客室にしては少し豪勢に思える内装で、調度品も揃えられていてまるで普段遣いでもするかのような、まるで……――


 ――妻を迎えるような部屋だ……。


「この部屋は、シャルの私室になる予定なんだ。気に入らない所があれば言ってくれ」

「…………えぇっ!?」


 少し沈黙のあと、言葉の意味を正常に理解するのに時間がかかり、脳内で処理が終えた頃驚きのあまりにぎょっとして後ろのクリス様の方へ振り向くと、にこにこと変わらない笑顔がそこにあった。

 間抜けな私に、一つニーアは咳払いをした。


「こほんっ、シャルティエ様。あと二時間ほどすると仕立て屋が参りますのでそれまでごゆっくりお過ごし下さい。何かありましたらお気軽にお申し付けください」

「はい! ありがとうございます」

「シャルティエ様、私は使用人ですので敬語は不要です」


 ――何という初歩的な指摘……。面目ない。


 恥ずかしい指摘を受けて、一度目を閉じて深呼吸すると気持ちを切り替えて気を引き締め微笑む。


「ありがとう、ニーア。これからよろしくね」

「はい、よろしくお願い致します。いい時間ですのでティータイムの準備をして参ります」


 それだけ言うと、恭しく頭を下げ一旦部屋を出ていった。

 二人きりとなった私とクリス様は顔を見合わせて困ったように笑った。


「少し気が強いけど、まあ色々あって自らかって出て担当するって言い出したんだ。彼女は」

「そうなんですか。どうしてまた……」

「……とりあえず、座ろう」


 クリス様に促されるまま、ティーテーブルの椅子に座って向かい合うようになる。そこでニーアの話をする事になった。


「彼女はグレイスディア姉妹の叔母だよ」

「そうなんですか?」


 意外だと彼女が出て行った扉を一度見る。

 感情の読めない彼女が、あんなに喜怒哀楽激しい姉妹の叔母だなんて驚きを隠せなかった。

 グレイスディア姉妹は二人とも水色がかった灰色の髪をしていて、ピンと来なくてあまり想像もつかない。


「あれ、ここにはお母様がお勤めだと聞きましたが……」

「あぁ、学園長から聞いたのか。彼女は先週から産休を取っているんだ。その代役で同時期に働いていた妹のニーアがシャルの世話係を務めることになったんだ。さっきも言ったけど、自主的に」

「私嫌われていませんか? 本当に大丈夫ですか……?」


 言ってからかなり不躾な発言していると自覚はあったが、どうしても聞いておきたくて椅子に座り直しつつ聞いてみると、控えめに声を出して笑われてしまった。

 そんなにおかしい事を言ってしまったのだろうかと、訝しげにしていると「ごめんごめん」とまた楽しそうに笑い出してしまった。


「ちょっと笑い過ぎです」

「はぁ……いや、本当に悪いと思っているよ……ぷっ……あはは……」

「クリス様~!」


 彼のツボにはまる程の面白い話をした覚えはないのだが、不服そうに頬を膨らませてみると、つんつんと指でつつかれてしまった。

 ぷにぷにと動く頬を、楽しそうにつつくクリス様の手を掴んで半目で睨むと「本当に大丈夫だから」と宥められた。


「いや、ニーアは緊張しているんだ」

「緊張……?」

「お待たせ致しました」


 ぽかんとしているとそのタイミングでワゴンに、ティーセットやお菓子が置かれたアフタヌーンティースタンドが乗せられていて、初めて見るアフタヌーンティーセットに目が行ってしまう。

 相変わらず無表情のニーアはテキパキとした手つきでそれらをティーテーブルに並べられていく光景を、どきどきしながら眺めていると居心地悪そうにこちらを見た。


「あ、ごめんなさい。アフタヌーンティーって初めてだから」

「さようで御座いましたか。お菓子は私が作りましたので、お口に合うかどうかわかりませんがお召し上り下さい」


 素っ気なくそれだけ言うと一通り並べ終え、ティーポットの蓋を開けて中身を確認してから私とクリス様に紅茶を入れたカップを配膳していく。

 ニーアの反応が気になりつつ、淹れて貰った紅茶を一口含むと、柔らかい風味に表情が和らぐ。


「これはレモンと蜂蜜かな……」

「残暑がまだ残っており、さっぱりしたレモンと、ここは慣れない所だと思うので甘い蜂蜜でお気持ちを和らげて頂こうかと……お口に合わなければ他の――」


 ニーアの気遣いが分かって急に嬉しくなった私は、手を挙げてそれを制する。

 私が気に障って止めたと思ったのか、少し眉間に皺を寄せ緊張気味にこちらを見る。それを見上げて柔らかく微笑んで「ありがとう」と先に告げた。


「ここまで気を遣ってくれて嬉しい。ありがとう……とても美味しいからまた淹れてくれると嬉しいな」

「……お気に召して頂けて幸いです」


 ふわりと微笑んだ彼女に、ようやく緊張がほぐれたのだと分かるとカップはもう一つ無いか尋ねてみた。

 予備に一つある事を見て、分かっていて尋ねたのだがわざとらしく聞いてこのお茶会に参加して貰おうという魂胆だ。


「しかし……」


 少し困り気味にクリス様の方を見て判断を仰いでいる。


「構わない。シャルの事を知って、たん他の使用人達に彼女の事を教えてやって欲しい」

「で、では……」


 主人に言われてしまえば断る事も出来ないだろう。クリス様を横目で見てにこりと笑って見せるとそれに応えるように笑ってくれた。

 阿吽の呼吸みたいで少しだけ嬉しい。

 四つある椅子に私とクリス様、そしてニーアが加わって他愛もない話をした後に、遠慮がちにこちらを見た。

 なんだろうと首を傾げて言葉を待っていると、意を決したように口を開く。


「姪達は、学園ではどのように過ごしていらっしゃるのでしょうか」

「グレイスディア姉妹は、学園祭の手伝いではとても活躍してくれて、双子って連携も取りやすいみたいで他の生徒達が遅れを取るほどで……」


 叔母としては姪の学園生活が気になるみたいで、私の知る限り話をすると楽しそうに聞いてくれた。

 クリス様の言う通り緊張していたようで、先程ニーアが手作りしたと言っていたお菓子を一つ手に取って食べると、口に広がる素朴に甘い覚えのある懐かしい味にきょとんとする。


 ――この味懐かしい……、なんだろう。


 この世界で食べた事のない懐かしい味に、そのお菓子をジッと見つめる。


「あの、お口に合わなければ……」

「ニーア!」

「は、はい!」

「これもしかしてサツマイモですか!?」


 手に持っている食べかけのパウンドケーキを指して尋ねると、彼女は驚きと意外そうな表情になっていていく。


「えぇと……、偶然農家の知り合いが沢山のイモを送って下さりまして。甘い仕上がりになったからと……。それでお菓子に入れたら美味しいのではないかと思いまして。これは、サツマイモという名前なのでしょうか?」

「イモ……?」


 私は、明らかにサツマイモ味のするパウンドケーキを一瞥してから立ち上がった。

 突然立ち上がるなんて淑女のする事ではないが、どうしてもそれを目で見たくてニーアに厨房まで案内して欲しいと頼むと快諾してくれた。

 しかし、ひとまず今日の予定が終わったらと言う条件付きでなんとか中に入れて貰えることになった。



2019/08/28 校正+加筆

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