第80話

 


「……はぁっ」


 噴水を囲む縁に腰を下ろし一息つくと、他の寮生が散歩や外出から戻って来たのか「ごきげんよう」と朗らかに笑いながら挨拶をしてくれる。

 それに気さくに「おかえりなさい」と微笑み返すと、顔を赤らめて会釈して立ち去っていく。女子ってどうしてこんなに可愛いんだろうと、まるでおばあちゃんが孫を見るかのように和んだ。


「そう言えば、この前も私に隠し事している人いたな……」


 ふと、トランプをするために呼びに行った時、クルエラ達も私の話をしているようだった。

 皆揃って、私を仲間外れにするなんて何か特別な事でも企んでいそうだ。

 私と仲良くしてくれている皆が、私に悪い事を考えているとは考えたくないから私を驚かせるために企んでいるのだろうと解釈した方が精神的にも楽でそう言い聞かせる。

 合計すると、私は四十代を超える年齢だ。

 シャルティエの周回分も合わせると五十代をとうに超えている。

 おばあちゃんなのは間違いないだろう――認めたくはないが。


 ――この前クリス様に、自虐を止めろと言われたから口には出さないけどね。


「でも実年齢は、十七歳……なんだか複雑だなあ」


 ぽつりと呟くと、カァッとカラスの鳴き声が聞こえてくる。

 どこからだろうと見渡すと、頭上から飛んできてそのまま肩に止まった。

 まるで魔女にでもなったような気持ちだ。


「クロウディア?」

「カァッ」

「貴女、この前呼んでも来れなかったのは学園祭ではしゃいでいたの?」

「カァー! カァー!」

「貴女、人の姿にならないの? これじゃ言葉がわからないよ」


 いつもなら、人の言葉を話すためにわざわざ人間の姿になるのに全くそんな素振りも見せない。

 次第に鳴き声が弱くなっていき、しまいには項垂れた。


「まさか、魔力が無くなったの?」

「――あぁ、ここに居た」


 こちらに近付いてくる人物を見て驚いた。

 まさか寮の方にまで足を運んでくるのか学園長という人間はと思いつつ、立ち上がってぺこりと頭を下げると、肩に乗っていたクロウディアは飛び上がって地面に着地した。


「すまないね。クロウディアは最近人の姿に扮している時間が長かったから一時的に変身が出来なくなっていてね」

「もしかして……、学園祭の間のせいですか?」


 クロウディアは、学園祭の準備期間も含めてずっと私の周りを監視していてくれたらしい。人に紛れて情報収集もしてくれたらしく、長期間そんな事をしてしまえばカラスの魔力も使い果たしてしまうらしい。

 学園長の説明で、ちらりと足元に佇むカラスを見やると、首を傾げた。カラスでも情が入るとこんなに可愛いのかとしゃがみこんで翼を指で撫でた。


「君に謝りたいとずっと言っていたんだ」

「え?」

「突然転移魔法が発生した原因は、個室に閉じ込められた君を誤解して助けようとクロウディアが残り少ない魔力を使おうとして暴走したからなんだ」

「なるほど……」


 私達の会話をちゃんと理解しているからなのか、私の手に縋り寄ってきて「ごめんなさい」と言っているように見えた。

 それがまた可愛くて「いいよ」と笑って見せた。


「それはそうと、シュトアール伯爵家に嫁ぐ準備は進んでいるかな?」

「……え? 何の話ですか?」


 突拍子も無い話題に、よく分からずに首を傾げる。

 私の反応に「しまった」と言うような表情を浮かべ、片手で口元を覆って目を逸らした後に気を取り直してにこやか大人の笑顔で首を横に振った。


 ――この人も私に隠し事してるのか……。


「大人な君ならわかるだろう。今のは聞かなかった事にしてくれると嬉しい……そうじゃないと私の身が危ない」


 クックッと喉を鳴らして笑いを堪えながら冗談を言う学園長に、私は曖昧な笑みだけを返す。

 それを了承と取ったのか、僅かに頷いてクロウディアを肩に乗せると軽く手を振りながら立ち去った。本当に不思議な人だ。


「大人な……か」


 先程まであれだけ自分の事をおばあちゃんだと自虐はしたが、二十六歳以上先の人生経験はまだだから年寄りと言うには若いと思う。自分の心は矛盾ばかりだ。

 学園長は今の話で私が察したんじゃないかと言うような口振りだったが、残念ながら察すること叶わないどころか、逆に迷宮入りした。

 少し噴水を眺めた後に部屋へ戻ると、中は綺麗さっぱりスティの私物だけ無くなっていた。

 酷くこざっぱりしている。


「物悲しくなるね。物がなくなると……」

「そうね、私もこれで落ち着けるかしら」

「三度も一年を繰り返したらそうもなるよね」


 二人でクスクスと笑いながら手を握ると、スティの手は少しだけ震えていた。


「なんだか思い出すね、あの断罪の時の事」

「シャルが突っ走っちゃって、私も驚いて大事になってしまったから私も驚いて手が震えて……」

「それで、私が勘違いしたまま手を握ったんだよね」


 それを思い出すように昨日のようにキュッキュッと握ると、真似をするように握り返された。


「スティ、王妃になっても仲良くしてね?」

「もちろんよ! 子供が生まれたら遊びに来てくれるかしら?」

「そんなの当たり前でしょ! 結婚式も行くからね!」


 スティの手を握ったまま、額に押し当てるとしばらく会えなくなる親友の温もりを存分に堪能した。






 ポリポリポリ……


「はぁ……」


 ポリポリポリポリポリポリ……


「……はぁーっ」

「ちょっと! シャル、いつまでクッキー食べてるの!? っていうか食べ過ぎ!」

「あれ? クルエラ……居たの?」

「それは流石に酷い! ずっと話しかけてたでしょ!」


 クルエラはいつの間にか入って来ていたようで、いつからそこに居たのかは分からないが、腰に手を当ててそれはもう可愛い顔でぷりぷりと怒っていた。

 そんな私は、一人の部屋の中でひたすら一人で寂しくジャスティンお手製のクッキーを貪っていた。皿に盛られたクッキーは、いつの間にか指折り数えるほどしかない。


「スティが出て行って一ヶ月! わかる!? いつまでしょぼくれてるの!?」

「違うよ〜……本当に違う」


 ソファにしだれかかりながら、クルエラしかいないからと淑女あるまじき体制で仰け反る。

 その姿に何か言うつもりはないらしく、彼女も私の休日のこのだらしない状態に愛想を尽かしたりはしないようだ。


「じゃあどうして、こんなにスライムが溶けたような状態になってるの?」


 ――スライムしってるの? え? もしかしてこの世界魔物が存在するの?


 クルエラの台詞に、一瞬困惑をしたが質問に答えるべく上半身を起こした。


「実は……」


 私は、クリス様が最近忙しいからなのか素っ気ない事や、自分から〝好き〟とちゃんと正面から素直に伝えた事がない気がするからどうすればいいかを話した。

 それを聞くなり、クリス様が素っ気無いと言う話題に関してはクルエラは引き攣った笑みを浮かべ、私が好きと伝えていないという話題に関してはにやにやと面白いものを見るような顔になった。

 なんて分かりやすいんだろうと顔には出さないが、最後の一つのクッキーを口に入れてもぐもぐと咀嚼していると、向かい合って座るクルエラに紅茶を淹れて差し出す。

 それを受け取って、一口含んで飲み込んだ。


「……クリストファー様の件に関しては私も分からないけど、好きなら思い切って言ってみたら良いんじゃないかな」

「思い切って……?」


 そんな勢いで言えるほどストレートな人間ではない。こんな私にだって照れの一つくらいある。

 しかも嫌われたくない人間相手ならば尚更、余計なこと言って嫌な顔されたくない。おそらく避けられているのだ。

 ここでいきなり「好きです」なんて、今更変なこと言い出したぞと思われたらどうするんだ。


 ――過去の自分がやった事なのに、クリス様にとったらお笑い種だろうけど……。


 自嘲気味に笑うと、全て察したようにクルエラは苦笑いをしながら「大丈夫だと思うけどね……」と呟くが、私の耳には届いてなかった。


「そう言えば、クルエラと学園長は最近どうなの? 学園祭終わってから会う機会減ったんじゃない?」


 話題を変えようと、クルエラの最近の恋愛事情でも聞いてやろうと尋ねれば『待ってました』と言わんばかりににやけ顔が一層深くなる。


「実は、先日デートしました!」

「……えっ!? うそ!」


 流石の私も予想外過ぎて、テーブルをバンッと叩いて身を乗り出す。


「だ、だって、学園長だよ ……外に出かけられたの?」

「そうなの! 王都のお店を一緒に回って、街の行ったことないお店とかも案内して貰ったの」


 学園長と生徒一人のために、王都を案内なんてしたら贔屓をしてると思われないのだろうか。

 私の考えている事が分かったのか、クルエラは「大丈夫だと思うよ」とまた言った。

 どこからそんな自信が来るんだろうと怪訝そうに見つめれば、つまりは何か知っていると言っているような様子だ。


「ケヴィン様……あっ、二人の時はケヴィン様って呼ぶようになったんだけどね!」

「うん、知ってるよ」

「それでね、魔法で姿を少し若くしてちょっとだけ変装してお出かけしたの!」


 鼻息荒くしながら惚気話が勃発し、それを紅茶を啜りながらうんうんと聞く。

 姿まで変えられるなんて、魔法とは本当にご都合展開に便利な代物だなと思う。ヒロインであるクルエラの将来は安泰だろう。

 何だかんだ、年の差を感じさせない程にはいい関係を築けているようで安心した。

 私もどのタイミングできちんと自分の気持ちを話せばいいのか、キスやスキンシップだって私からやった事だってあまりない。

 一応淑女だし、貴族令嬢だからあまりこちらから手を出すと男性的にどう思うのか分からないからアクションを起こすのは難しかったりする。

 前世の世界なら、こちらから手を出しても喜んでくれたんだけど勝手が違うのは困るなぁと頭を悩ませた。


「……あれ?」

「えへへ、貰っちゃった」


 手を伸ばすと、空になった皿に気づききょとんとする。

 すると。悪びれた感じも出さずに、最後のクッキーを持ってウインクするクルエラを全力で許した。



2019/08/28 校正+加筆

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