第71話
私達は制服に着替え、化粧も落として腕自慢大会のために講堂へと戻った。
それぞれの特技を披露して、賑わった腕自慢大会も佳境に入り、どういうわけかクリス様との対戦に当たると全員が辞退するという異例の事態が起きている。
……決してダジャレではない。
トーナメント制で進んでいくのだが、残念な事にクリス様の腕自慢がオーディション以外で一度も披露されていない。
ちなみにオーディションでは、美しい声で歌を披露してくれた。
クリス様って歌が得意だったのかと感動して、贔屓目なしでも上等な物だったため、審査員としてあたっていた私は問答無用で合格にした。
そして今は、景品席として設けられた、少し豪奢な長椅子に私と隣にはホースが座っている。
最初は、私と会話がしたいのか退屈なのか話しかけて来たが、にこりと笑って言葉を返さないだけでびくりと肩を震わせて黙った。
「さーて! クリストファー様に挑戦する人間が逃げてしまうと言う、甲斐性なしが後を絶たない!」
「甲斐性なして……」
「このまま不戦勝で、彼が景品を手に入れてしまうのか!」
司会の生徒が、ノリノリで場を煽っていくのを私は苦笑して見守る。
それに乗せられて観客達は湧き上がるが、一方クリス様はステージ上でにこやかに愛想よく笑みを浮かべているが少々つまらなさそうだった。
――そりゃ、誰も挑んでこなかったら暇だよね……。
「残り一人! さあ、今回も逃げてしまうのかぁ!?」
地団駄を踏みながらテンションを上げる司会と、会場のギャラリーとは裏腹に、私とホースが一番つまらなさそうな顔をしていた。
「……ホース様」
「なにかな、可愛い実行副委員長さん」
「私的に、このままクリス様が不戦勝になると思うんですけど」
「うん」
「――もう、終わりでいいんじゃないかと思うんです」
「うん……――うん?」
長椅子の肘置きにもたれ掛かりながら、足を組んで頬杖をついていたが、ホースは二度見してぎょっとした。
それを気にする事もなく、無視してはぁっと溜息を吐いて立ち上がる。
「ん?」
「あの、このままだと埒が明かないので――」
もうやめませんか、と言おうと立ち上がり、ステージの中心にいるクリス様と司会の居る所へと行くと、こちらを見て首を傾げる顔はスティそっくりだ。
兄妹はふとした時の行動が似ている事がある。
私は更に、『もうクリス様の一人勝ちでいいのでは』と言いかけた時、司会の声にかき消された。
「おやー!? これはどうした事か! 景品であるシャルティエ様が、クリストファー様へまさかの挑戦かぁ!」
「……えぇ!?」
「へぇ……」
司会が誤解したせいでとんでもない展開になり、唖然とする私と、面白い事になったと目を細めて受けてたとうと笑うクリス様の光景にまたギャラリーが沸いた。
ヤブヘビとはこの事だろうか。
「シャルティエ様は何を披露されますか?」
「ま、待ってください! 私はなにも……」
「シャル?」
今すぐ訂正しなければと止めようとすると、背後から肩を掴まれて阻止される。
振り返り、見上げると「逃げるのか?」と言わんばかりの挑発的に圧をかけてきてこの様子だと断れないと悟った。
――これ、逃げられない……!
少しだけ考えた後に、渋々了承する形となり、景品席に座っているホースは心底面白げにそれを眺めていた。
クリス様に並ぶように立つと、観客席を見回す。
最前の席にはグラムとクルエラ、そしてスティもワクワクした様子でこちらを見ていた。
目が合うと、軽く手を振ってくれる。
あぁ、あの女神可愛い……。
それに応えるように手を振り返すと、その周りも誤解したのか揃って手を振ってくる。
ミスコンとは違う目立ち方で、全く気にならない。
「シャルティエ様を応援する方も、沢山いらっしゃいますね!」
「え? あ、あはは……」
「それでは、クリストファー様とくじで先甲後甲を決めましょう!」
「僕は後で構わないよ」
クリス様が手を挙げて申し出ると、私が先にする事になった。
まだ何するかも決まっていないが、少し考えてからシャルティエの特技があまり無い事に気づく。
シャルティエとしてステージに立っているが、別に彼女の中のレパートリーから何かをする必要はないかと諦める。
自分が何か出来ただろうかと考えた末に、今すぐ出来そうな物を思い出してステージの真ん中に立つ。
――仕方ない、この体で上手く出来るか分からないけど……。
自分の前世の事を曖昧にしか覚えていないが、頑張って掘り起こせばなんだかんだ出てくるもんだ。
ふと、スティを見ると目が合い不思議そうに首を傾げた。
「人の手を借りないといけないんだけど――スティ……ピアノを弾いてくれる?」
「私が……?」
「うん、クラシックであれば何でもいいよ」
そう言うと、頷いてステージの脇に置かれた他の参加者が使ったグランドピアノの椅子に腰をかけこちらの準備を待つ。
私は頷いて、目をゆっくり閉じて足を交差に整えた状態で背筋を伸ばす。
スティは、緩やかに曲を演奏を開始すると、それに合わせて体をくるりと回った。
そして、そのまま自分の考えるままに曲に合わせて踊る。
優雅に、繊細に、指先まで神経を使う。
ただ、シャルティエの体は鍛えているわけではない普通の体の為、負担がない程度の簡易なものだがバレエのダンスを披露した。
少し回るだけで体幹が無いからふらつきそうになる、それを足でどうにかカバーしていくが、最近実行委員会で走り回っていたおかげか、我ながら体力がついた気がする。
――もっと、体鍛えようかな……。
前世で幼稚園から高校生の大学受験が始まる前まで続けていたバレエ。
唯一自分に合っていて続けていたが、受験に集中するために辞めさせられたことを思い出した。
曲が盛り上がりを見せてそれに合わせて、片足で踏み込んで飛び、もう片方の足で着地するジュッテという技を披露すると、おぉ……と声が広がる。
気分良く踊り曲が収束すると、私は額に汗を浮かべながら綺麗に礼をした。
頭を上げると、ワァッと歓声が広がる。自分の知っている中でこんなに喜ばれたのは初めてで、昂ぶった気持ちを落ち着けながらふわりと微笑んだ。
「ありがとうございましたー! シャルティエ様、まさかご令嬢である貴女がバレエを嗜んでいるとは思いませんでしたぁ!」
「い、いえ……少しかじっただけです」
適当に流すように言うと、同じように興奮状態にある司会は私の手を握ってぶんぶん振ると背中を押して脇に寄るように指示する。
されるがままに舞台袖に行くと、スティが抱きついてきた。
「シャル、素敵だったわ! ピアノを弾きながらチラチラ見ていたのだけど、こんな特技があるとは知らなかったわ!」
「私の……特技なのかなぁ」
「そうよ! いつ覚えたのかわからないけれど、あれはとても難しい物でしょう?」
「練習すれば誰でも出来るよ」
謙遜を言っているのに何故か、自分のやってきた事を自ら否定しているような気持ちになってきてそれ以上は言わなかった。……言えなかった。
こんなに熱を込めて褒められるのは初めてのような気がして、目頭が熱くなるのをぐっとこらえる。
私の様子に気付いたのか、一度不思議そうな表情を見せたがすぐににこりと笑った。
「私は、シャルがやったから素敵だと思ったのよ? 素直に受け止めてちょうだい」
「……うん、ありがとう。ごめんね」
そう言ってお互い抱き合った後、手をつないでクリス様の番を見守った。
クリス様は、オーディションで歌っていたが、今回はヴァイオリンを披露していた。
講堂に響く繊細な指使いと音の響きに、普段はにこやかにしている彼からは想像も付かない程情熱的な演奏だった。
それに圧倒された、女子生徒の一部が失神する程だ。
演奏が終わると、スタンディングオベーションが起こり、私の負けが決定した。
「そもそも飛び入りの私が勝っちゃ駄目でしょう」
「ふふ、お兄様に見せ場を作ったと思えば良いのよ」
――まあ、そういう事にしようかな。
お互い笑い合って、スティの手から離れて優勝したクリス様のもとへ歩いて行った。
2019/08/26 校正+加筆
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