第70話
ここは講堂――
私は、貴族制服ではなく、服飾部が用意したドレスを身につけて死んだ魚の目をしていた。
「制服ではダメなんですか?」
「ダメですよ! こうなったら優勝ですよ! 投票で選ばれたミスカーディナルの女子達は偏差値高いですからね!」
――おいこら、それでは私の偏差値が低いみたいじゃない。辞退していいい? これ、辞退していい?
クルエラと、いつの間にか王宮から戻ってきていたスティに付き添われながら、服飾部が張り切って私のために用意したと言われる衣装をサイズの調整や手直しをしている。
他の参加者は自前の衣装を用意しているらしく、私は面倒で用意をしなかった事を事前に誰かがリークしたらしい。
そのおかげで服飾部が、私のを作ったらしいのだが……。
「ねぇ、純白のドレスって優勝者のミス・カーディナルが着るものじゃないの?」
「……え? えー……、ち、違いますよぉ?」
絶対嘘だと悟った。
一体何を企んでいるんだろうと半目で睨みつけるが、スティに「お化粧が落ちるわ!」と目の前でぷんすか怒るから可愛すぎてにやけてしまった。
「もう、可愛いスティに免じて許す……」
「可愛いとかやめてちょうだい!」
「照れたスティは可愛いなぁ……」
「シャル……? 大丈夫?」
未だにプンプン怒る可愛い幼馴染の親友をいじっていると、私を見てクルエラが心配げに顔を覗き込んでくる。
それが、どういう意味で言っているのか分からず首を傾げた。
「何が?」
「緊張してるの?」
「へ!?」
どさくさに紛れてクルエラは、私の胸に手を置いて心拍を確認する。
とんでもないセクハラを受けながら、大人しく様子を見ているとニヤニヤと笑いながら耳打ちをする。
「ミスコンの企画、優勝したら……どうせミスター・カーディナルはクリス様とグランツ様の二人同時勝ちになるからふたりのエスコートで退場になるよ」
――グラムもクリス様も一応出場するんだ……。
ちらりとスティを見ると、聞こえていたのかにこりと笑って白々しく首を傾げた。
「私は何も答えないわよ」
「あ、はい」
「シャルティエ様、鏡で確認くださいませ」
「……こ、これは」
服飾部の生徒に用意してもらった姿見で自分を確認すると、純白のドレスに包まれた私の姿があったが、どう考えても優勝者の格好だった。
髪も結い上げられて上品に仕上げられ、前髪もいつもはセンターで分けて外に流しているが今は編みこまれて可愛らしくなっている。
そこで気づく。
そういえば、ほかの参加者が見当たらない。
きょろきょろと見回すと、とうとう気づかれたかと視線を逸らすスティとクルエラにしてやられたと頭を抱えた。
「もしかして……!」
講堂まで、半ば強制的に連行された私は半分魂が抜けたように脱力していた。
舞台袖に立たされて、呼んだら来てくださいと言われる。
周りを見回すがやはり自分しかいない。
――やられた……。
このミスコンは出来レースか、全員が辞退したのだろう。
もはやコンテストは破綻しているのに、クルエラが強行したのだろう。
ぎろりとクルエラを睨むと、彼女はてへぺろと舌を出して誤魔化す。
くっそう、可愛い……。
なぜ彼女達じゃなくて私なんだと、あーだこーだと文句ばかりが出てくる。
「はぁ、もう実家に帰りたい」
「実家!?」
私の口から出た言葉を聞いてぎょっとするクルエラとスティに「冗談だよ」
と適当に返していると、ステージ側から名前を呼ばれた。
ここまできて逃げ出したら後で何を言われるか分からない。
腹を括って、顔を上げあごを引き、胸を張って姿勢を正す。
笑顔を作ってドレスの装飾を揺らしながら歩き、ステージの真ん中までたどり着くと、そこにはミスターコンテストを終えたグラムとクリス様が迎え入れてくれた。
「一人勝ちだな」
「ありがとうございます」
「…………」
笑顔を貼り付けたまま礼を述べただけなのに、何やら二人はひそひそ話をしていたが聞き取れなかった。
「シャル、キレてないか?」
「稀に見ないくらい機嫌が悪いな」
二人で何か話している間に、司会が私のところへ歩み寄ってにこやかに笑っている。
「シャルティエ様! いやはや、ミス・カーディナルに選ばれた感想を一言!」
「えーと……、正直信じられません。今まで目立つような事をしてきたせいで悪目立ちしていないか不安でしたが、こうやって私を選んでくださった事を光栄に思います」
「いやぁー! 本当にすごいですね。実は、選ばれた他の方は全員シャルティエ様を投票していて辞退されたのですよ!」
――あれー? 思ってたのと違う展開だ……。
にこやかに笑ったまま、冷や汗が流れる。
もうどうにでもなれと「ありがとうございます」と告げると、ミスター・カーディナルの二人に手を取られて退場した。
舞台袖に入るなり、私はするりと手を逃れてずかずかと荒々しく歩いてその場を立ち去ろうとする。
「もうやだ! こういう目立ち方嫌いなのに! もう!」
「シャル! でも、ほら……ドレスすごく似合っているわよ? ね?」
私の腕に抱きつく形で止めるスティは、どうにか一生懸命私を褒めて引きとめようとする。
しかし、恥ずかしさのようなものが勝って今すぐこのドレスを脱ぎたかった。
口をへの字にしてごねていると、クリーム色のタキシードを着たクリス様がこちらへ来てスティに離れるように促すと、私の手を取って「こっちにおいで」と言われてそのまま攫われた。
「く、クリス様……? ここって……?」
クリス様に連れられてきた場所は、誰もいない生徒会室だった。
中に入るなり、ドアの鍵を閉めて奥へと行き、窓のレースカーテンを閉じた。
窓は完全には閉まっていないようで、風が入るとレースカーテンがふわりと靡く。
「こっちにおいで」
「ここで何かあるのですか?」
招かれるまま側まで歩いていくと、手を取られて向かい合うように立った。
彼の行動が読めず、首を傾げながら見上げるとそこには綺麗な顔があって、それに見とれているとくすりと笑われてしまったが。
「すみません……見すぎました。タキシード……似合っています」
「ありがとう。シャルのドレスも……花嫁みたいで綺麗だ」
クリス様にそう言われて、かぁっと顔が真っ赤になった事が自分でもわかった。
花嫁みたいだと思ったから、早く着替えたかったのだ。
来年はきっと彼と結婚するのだろう、だからこそまだこの格好を見られたくなかったのだが諦めた。
「大丈夫。来年はもっと綺麗なドレスを着せてあげるから」
「クリス様……?」
「今日は、それの予行練習」
そう言って、耳元にちゅっと音を立ててキスをするとそっと肩に手が置かれた。
突然執り行われたクリス様との〝予行練習〟に戸惑いながらも、近づいてくる綺麗な顔に目を逸らすことはできず、先程までの怒りはどこかへと飛んでいってしまい、ゆっくり目を閉じた。
――すっかりご機嫌取られちゃったな……。
2019/08/26 書き下ろしエピソード
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