第67話

 


 初日は無事に終えて、二日目に突入した。

 この日も一番好評だったのは、例のお化け屋敷だった。

 あまりにもリアルで、恐怖心を煽るような演出がカップルに人気で、時折怯えて出てくるのが男性だった時は男女間で揉め事の一つでも起きるんではないかとヒヤヒヤしたがそれも杞憂で済んだ。

 生徒達には何度か入っていってくれとせがまれたが、冷や汗をダラダラと流しながら「勘弁して」と懇願すると、流石に察したのかそれ以降はしょんぼりとしただけで仕方ないと思ってもらえた。


「ですが、クリストファー様と来られて距離を縮めるにはうってつけですよ! 機会あれば是非!」

「よ、余計なお世話です!」


 気が付けば、軽口を叩く仲になっていた。

 すっかり後輩との仲も良くなり、この学園祭の実行委員計画は大成功なのではと少し浮かれてしまう程だ。


「じゃあ、何かトラブルがあれば遠慮無く頼って下さいね」

「ありがとうございます!」


 お化け屋敷が飛び抜けて好評だが、責任感から少し様子を見に来ただけなのだが、変わらず生徒達も元気そうだった。

 ついつい贔屓目に見てしまうが、自分から押し付けてしまった役割なだけにどうしても面倒を見てしまう。

 お化け屋敷の中には入れないが、外側から様子を見る程度なら問題も無い。


「そういえば、昨日の話なのですが……実行委員の方にシャルティエ様はお化けが苦手なのかと尋ねられて」

「どんな方でしたか?」

「気さくそうな方でした。仲がよろしいのかと思っていたのですが、何だかわざわざ聞きに来るなんて不自然で、私は分からないとお答えしておきましたが……良かったのでしょうか」

「それで十分です。あまり人の事を言い触らすのは、褒められた事ではありませんからね。気遣って下さってありがとうございます」


 律儀に頭を軽く下げて礼を述べると、おどおどと「お気になさらず」と頬を赤らめた。

 可愛い後輩である。

 それにしても、誰がそんな事を聞いたのだろうと疑問を抱きつつ、その場を離れた。

 一年生のフロアから二年生のフロアへと階段で上がり、今日のメインでもある二年生の出し物を巡回しようとした時だ。


「――副委員長じゃないですか」

「あぁ……えーと、こんにちは。どうかされましたか?」


 先日も好意的な意思を示して来た男子貴族の生徒は、気さくにこちらへと近づくなり軽く手を振って「やぁ」と声をかけてくるが、名前を思い出せずにあやふやに返す。


 ――そもそも彼はいつから所属してるんだろうか……。最初からいない気がする。


 以前より、少し馴れ馴れしく感じつつも、こちらからは距離を縮める事なく用件があるのかと尋ねるが首を振って否定する。


「いえいえ滅相もない! それとも、見かけて声をかけてはいけませんでしたか?」

「いえ、別にそんなつもりはありませんが」

「それは良かった。実は、今しがた二年生のフロアの巡回を終えて少し手が空いているんです。良ければ今人気のお化け屋敷に行きませんか?」


 彼は何を考えているのだろうと頭の隅で考えながら、下心を剥き出しにしてそんな男女が、二人きりで吊り橋効果でも狙うかのような誘い文句に素直に手をとると思っているのかと怒鳴ってやっても良かったが、そこは大人の私がグッと我慢した。

 あと、折角無事に進んでいる学園祭で騒ぎにするのも嫌だ、それにどうせ行くならクリス様と行きたい。

 上手く断る言葉を考えているうちに、手を握られてそのまま先程までいた一階の一年生フロアへ戻されようとしていて、咄嗟に地に足を力を込めて踏ん張り拒否する。


「や、やめて下さい。まだ行くとは言っていません……!」

「あれ? それとも、シャルティエ様はどこか巡回でも?」

「それこそ、二年生のフロアを見て回る所でした」

「今、俺が見て来たので大丈夫ですよ?」


 力強く手を引く彼に反して、私は拒むように抵抗するがなかなか解放してくれない。

 片手にバインダーを抱えていたが、バランスが取れずその場に落として本気で抵抗をする。

 意地でも連れて行きたいのか、彼は私の手を勢いよく緩急を付けて引くとよろけてその胸に倒れこんでしまった。


 ーーこれは、まずい……!


 咄嗟に慌てて胸元を押して離れようとするが、腰に手を回されて動けなくなる。


「人に見られてしまうので、こういう事はやめて下さい!」

「俺はむしろ、シャルティエ様と仲が良いって所を他の人間に見せつけたいんですけど」


 なんて男だ、クリス様との関係が噂になっている状態でこんな事をされてしまえば私の浮名が立ってしまう。

 クリス様に限っては、誤解はしないにしても周りの噂と言うものは時に残酷だ。

 幸いな事に、ここは関係者以外立入禁止で、人気の少ない非常用階段を利用しているお陰もありまだ誰一人ここには来ていない。

 そこでふと思い出す。

 クロウディアが、前に私の監視もしていると言っていた。

 それがまだ有効であれば、もしかすると呼べば来てくれるのでは無いかと思い出す。


「く、クロウディア助けて……!」

「クロウディア……? それが、貴女の恋人の名前?」

「……え? こいび――」


 私の助けを求める言葉が、クリス様では無い事に驚いたのか、クロウディアの名前で恋人と勘違いした返しに、さらに私も驚いて鸚鵡返しをしてしまいかけたその時――聞き慣れた声が私達に向けられる。


「薄汚い手で触るな、下等生物。シャルティエ様から離れろ」


 地を這うような低い声に、突き刺すような鋭い言葉遣いで私と男子生徒はびくりと震える。

 声のする方へと視線を向けると、日本人形のような美しく中性的な姿の女子が、厳しい眼差しで男子生徒をゴミでも見るかのように睨んでいた。

 彼女のこんな顔は初めてで、私ですら怖くなって足がすくみそうになる。

 男子生徒は、口角を上げて私の腰に回す手の力を強めて好戦的に睨み返した。


「君は、関係者では無いだろう。学年と名前を教えて貰おう」

「三年のクロウディア・トワイライト。叔父は学園長。お前こそ、実行委員会の人間ではない……いいや、そもそも生徒ではない――ディオ・フランチェスカ」

「フランチェスカ……?」


 クロウディアの女口調ではない事よりも、フランチェスカと言う名で私の思考が停止する。

 クロウディアは、でっち上げた事を言う子ではないのは百も承知だが、フランチェスカと言う姓を持つ者はそう多くは無い。


「貴方……、マーニーの身内ですか……?」


 震える口元を抑えながら、未だに腰に手を回したままのディオと呼ばれた男を見上げて言うと、歯を見せて忌々しげに笑った。


「そうさ、マーニーの兄だ。四つ年上のな」

「……在学生でも、なかったのですね」


 部外者が、何事もなく学園内に、しかも自分の身近で馴染んでいた事に恐怖心が湧いてだんだん呼吸が浅くなる。

 出来るだけ懸命に呼吸をするが、早く離して欲しいのに抵抗する気力がもう出ず、目線でクロウディアに助けを求めると、片手を後ろに隠し、親指と中指でパチンと弾く。


「か、体が勝手に……!」


 すると、ディオの腕は何かに引っ張られるように私の体から離れた。

 クロウディアの魔法だろう。

 彼女の仕業と見破られないように、やんわりではあったがその腕の隙間から脱出して後退ると、力が抜けてそのまま立てなくなった。

 ぺたりと座り込んでしまい、床の冷たさが尻にひんやりと伝わり、少しだけ冷静になれた。

 そばに落ちていたバインダーを拾って抱き抱えると、目の前のディオを睨みつける。


「先程クリストファー様と居たのですが、こちらに来ないように指示をしましたがグランツ様諸共呼ぶべきでしたね……」

「ありがとう、クロウディア」

「いいえ、呼んで頂けて嬉しかったので問題ありません」


 迷惑を掛けたというのに、気にした素振りもなくからりと嬉しそうに笑った。

 腰が抜けた私の手を引いて立たせるが、ふらつくせいで上手く立てず、クロウディアにしがみついていると、魔法を解かれたディオが苦々しい表情をしてこちらを睨んだ。

 先程まで好意的な表情はどこへと消え去ったのか、それを見ただけで急に頭が冷えた。


「マーニーの復讐ですか」

「……そのはずだった。」


 クロウディアに支えられながら問い掛けるが、過去形で返されて意味が分からず眉間に皺が寄る。


「お前が、シャルティエ様の身の回りで事件を起こしていた真犯人だな」

「っ!」


 やっぱり……私はそう思った。

 実は、あの事件が起きた頃から彼は現れたのだ。

 その違和感がずっとついてまわり、接触する事を極力避けていた。

 彼は、視線を落としたまま苦しげな表情をしているのを見つめるしかなかった。

 そうこうしていると、騒ぎに気付いたグラムとクリス様が結局こちらへ来てしまった。

 そこには学園長も居て、先頭にはクルエラが居た。


「フランチェスカ君……」

「はっ……、ケヴィン公爵閣下じゃないですか。ご無沙汰してますね」


 学園長は、礼儀のなっていない挨拶に不快な反応を見せる事なく、ここに何故居るのかと言いたげに見つめる。

 クルエラは私に気付いて、こちらに来るなりクロウディアからクルエラへと引き渡される。

 まだ自力で立つには力が出ず、腕にすがるようにしがみつくと自分では支えきれないのかクリス様に助けを求めた。


「これは、どういう事なんだ?」

「実は……」


 今まで私の身の回りの事件にディオが関わっていた事と、彼がマーニーの兄である事、そして今に至るまでの話を掻い摘んで話すと、それで全てを把握したのか私を軽々と横抱きにした。

 それを横目に見たディオは、また忌々しげにこちらを睨んだが、すぐにクロウディアに拘束された。

 クリス様は、私を横抱きにしたまま、項垂れるディオに向き直る。


「マーニーは、理性すら失っていた。正常ではなかった」

「それは、そのシャルティエがシュトアール卿を篭絡したからだと妹が言っていた……。あの子は、お前の事が心の底から好いていた」

「……僕には元々、幼い頃からの婚約者が居る」

「それも、今までひた隠しにしていたじゃないか!」


 私達の関係を、とくに私はあの時の段階では婚約者であることを知らなかったわけだが、私に好かれていないと思っていたクリス様も本当に結婚の話を進められるのか危うかっただろうから表立って言えなかったのだろう。

 しかし、その事情を彼に話した所で納得してもらえるとは到底思えない。

 これがきっかけにしても、雰囲気のいい男女を見てそこに茶々を入れて事件を起こす事は問題だ。

 ディオには、それを理解してもらわない限りはこの話は収束しないだろう。


「今、マーニーは……」

「――うちの屋敷で療養している。今は、精神状態が落ち着かないから幽閉状態だ……」


 彼女の状態が悪く、見ていられなくてこんな事をしたのだろうか。

 そう思うと、少し胸がズキンと痛んだ。


「……フランチェスカ君、君は学園長室で取り調べを行う。……クロウディア」

「はい」


 二人はディオを連れて、そのまま立ち去った。

 しかし、すぐに私が呼び止めると足を止めてこちらを力ない瞳で見た。


「復讐するつもりだったって、どういう事ですか」

「……実行委員会に潜入して、君と関わっている間に惹かれてしまったんだ……」

「……そうですか。気持ちだけ頂いておきます」


 諦めの告白に、私は笑いもせず表情を消してそれだけ告げると今度こそ学園長室へ連行されていった。

 きっと、その後に学生として侵入した罪を問われるだろう。

 これで、フランチェスカ家は最悪の方向に傾かない事を祈るばかりだった。

 やり場のない心のモヤを、どうやって発散すれば良いか分からず、抱きかかえてくれているクリス様の鎖骨部分に顔をうずめて肩の力を抜くと、クリス様も私の頭に顎を乗せ、抱き上げる手の力もこもったような気がした。



2019/08/25 校正+加筆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る