第68話

 

 ディオが連れて行かれて、私達は一先ず生徒会室へ移動した。

 グラムは道中、スティが居る教室へ行き彼女に生徒会室へ来るように指示する。

 ただならぬ空気を悟って頷くと、クラスメイトに声をかけてすぐについてきた。

 私は、生徒会室に入るまでずっとクリス様に運ばれていたのだが、何故かパフォーマンスかなにかだと勘違いしたのか、女子達は歓喜に騒ぎ、男子は悔しげにしているのを首を傾げて見ている事しか出来なかった。


「これでシャルティエは、僕の婚約者だって思われたかもしれないな」

「え……!?」


 耳元で囁かれて、真っ赤な顔のまま見上げて驚いていると、また周りの女子生徒がきゃあっとわいた。

 生徒会室には、私、クルエラ、スティ、クリス様とグラムが揃っていた。

 スティには、グラムから説明を受けて少しショックを受けているようだったが、隣に座る私を労るように腕をさするように撫でてくれる。

 大丈夫だと笑ってみせると、それでも心配そうにする彼女の姿に申し訳ない気持ちになった。


「それで、集まって貰ったのは……主に今後の学園祭の警備についてだ。現在は容易に侵入が出来るようになっている。尚の事、シャルの身の危険があると思う」

「……私?」

「今までの経験上、シャルが一番危険な目に遭いやすい。出来るだけ一人で行動しないようにしてくれ」


 グラムがそういうのであれば、確実にそうなのだろう。

 正直、私自身もそんな気がするから単独行動は危険かも知れない。しっかり頷いて見せて、出来る限り誰かと一緒に居る事を約束した。


「クルエラ、ありがとうね」

「ううん、やっぱりシャルが言うとおりだったんだね」

「……? ……どういうこと?」


 先日、クルエラにはディオについて学園長に調べて貰うように頼んでいたのだが、学園長もそれで確信に至りこうやって直々に顔を出しに来たのだろう。

 私達のやりとりに不思議そうに首を傾げたスティへ、私はにこりと笑った。


「大した事ないよ、私に変にアプローチをかけてきて迷惑だったし。動向を探ってもらうのに学園長先生に監視して欲しいってお願いしてたの」


 私が不審な気がすると思い、ディオを黒幕に思っていたのは半信半疑だったのだが、私に対して何かしら執念深いものを感じたから、ミルクにトイレの洗剤を入れたのも彼だ。

 正直、原液を口に突っ込んでやりたいが、クリス様に幻滅されたくないので我慢する。あとは学園長達に任せたのだからもういいだろう。





 二日目の講堂では、服飾部のファッションショーが行われ、スティとグラムの特別出演に大盛況で無事終了した。

 歩き方のレクチャーも受けていたであろうが、二人の存在感や気品は出演者が霞む程で本当にあのふたりを出して良かったのか考えさせられた。

 ショーにはクリス様が一緒に見てくれて、その後も出し物に一緒に回ってくれた。


「これで殆ど回ったな」

「まさか、本当にクリス様と一緒に回れるとは思いませんでした」


 先程まであんな事件があったのに、それを忘れさせる程の充実な時間を過ごしている気がする。

 さり気なく手を握ってくれているのが照れくさくて、所々で嫉妬の眼差しや、羨望の眼差しが刺さってチクチクとした感覚に襲われる。

 気のせいなのだが、間違いなく光線が放たれていたら貫かれていただろう。

 私に合わせてゆっくりな歩調で歩き、しっかりと握られた手は温かくて明らかに恋人ですと言うような光景に恥ずかしくなって顔が熱くなる。


「まぁ、シャルティエ様のお顔が……」

「あんなお顔もなさるのね……愛らしくて素敵だわ」


 ――やめて! とても恥ずかしいからもうやめて! 私のライフはもうゼロなの! 精神的に!


 頭を抱えてしゃがみこみたい気持ちを我慢し、クリス様のエスコートに応じて歩き続ける。

 どう見ても、学園祭デートである。

 私の仕事は、もうほとんど無いから遊んでいても構わないのだが、明日の腕試し大会とでクリス様は何を披露するのだろうとふと気になったが、その前にミスコンが行われる事を思い出して白目になりかけた。

 すぐに頭を振って、今だけは忘れることにした。


「……クリス様、腕試し大会の事なんですけど」

「何をするのかって?」

「はい、少し気になって」

「うーん、それは教えられないな」


 形の整った唇に指を寄せて、「秘密」と微笑む姿に目眩がしそうになる。

 飛び抜けて、顔が良すぎるのだ。

 そんじゃそこらの男では、こんな事にはならない。

 私はクリス様の仕草に、いちいち目眩を起こして倒れる日が来るのかもしれない。

 例えば、結婚してからとか……。

 そう言えば、結婚すれば貴族なら初夜が存在する。

 そこまで思考が行き着いた後、ぎょっとしてまた彼の顔を見上げた。

 しかし、いつも通りの整った顔があって、頭の中で自動再生される。

 前世の数少ない記憶の中で、経験と重ねてもありえない程に夢のような光景が広がって、精神年齢年甲斐もなく耳や首筋まで熱くなるのを感じて、クリス様の手を離れ両手で頬を覆った。


「シャル? 顔が赤いけど大丈夫か?」

「だ、だだ……大丈夫です……」


 まだまだ先の事を妄想して、恥ずかしくなってしまったなんて言えるわけがない。

 何を処女みたいな事を言っているんだ私はと、今度は頬を叩いて正気に戻る。


 ――そういえば、今の私は処女でしたー……。


 突然バチンと勢いよく頬を叩くから、驚いたクリス様が両手を掴んだ。


「ちょっと、シャル何してるんだ!?」

「私が、ちょっと馬鹿になってしまっただけです! さぁ、次に行きましょう!」


 もうまともに目も合わせられなくなり、顔を逸らして手を掴まれたまま引っ張ると、怪訝そうにしたクリス様はその手を強引に引っ張り、人気のない非常階段の近くにある教室へと連れて行かれた。

 室内に入ると、何にも使われていない教室で、誰も入れないように鍵も閉められた。


「クリス様?」

「……シャル」


 どうしたのかと見上げると、長い腕が背中に回されてギュッと抱き締められる。顔が胸に当たり、ドクドクと激しい脈の音が聞こえて、私と同じで何かに緊張しているようだ。


「あの……」

「――あんまり可愛い顔しないでくれ……」

「くりす……んっ……」


 彼の腕の中から見上げると、そのまま覆いかぶさるように顔が近づきそのまま唇を奪われた。

 何度か啄むように口付けがあった後、唇を一周するように舌が這われそしてまた重なった。

 鼻で呼吸したいのに、あまりの激しさについていけず、クリス様のブレザーを握るとようやく解放された。

 口でやっとしっかり肺へ酸素を送ると、今度は安堵の息を吐いた。

 照れくさくなって、抱き締められたままのクリス様の胸に顔を埋めると、優しい手つきで頭を撫でてくれた。


「……それで、何考えてたんだ?」

「……ちょっと、将来の事を……妄想しました」


 正直に自白すると、体が揺れた。きっと笑うのを堪えているのだろう。

 こちらが変な事を言っているのは分かっているから、怒れないのが悔しい。

 軽く深呼吸して、改めてクリス様を見上げると、腕を離してくれた。


「明日の腕自慢大会、楽しみにしていますから」

「ホースはいらないんだけどな」

「きっと落ち込みますよ」


 クスクスと笑って返すと、何もなかったような顔をして教室を後にした。


2019/08/25 校正+加筆

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