第65話
今日は学園祭の前日。
カーディナル学園の学園祭は、三日間催される。
三日間だけ特別に寮での決まり事を遵守しなくてもいい日となっている為、学園内で宿泊しても構わないし、実家から来ている来賓の両親と宿泊施設や、王都に置かれた屋敷に帰る事も可能になっていた。
一日目は、一年生の催しがメインで、講堂で舞台をするのも殆ど一年生だった。
ほかの学年も同日に催しはあるが、一日毎に学年を引き立たせるようにしている。
最終日の三日目は、腕自慢大会とミスコンが行われる予定で、それがメインイベントになっている……そのはずだった。
「……はぁーなんでー……?」
「ふふふ、企画したシャルがミスコンの推薦に入ってしまうなんて」
「スティはどうして推薦されなかったの!? おかしくない!?」
生徒会室で、ミスコンのメンバーに選ばれた一覧を見て座ったままジタバタと暴れると、隣に座っていたスティが笑いながら他人事のように言う。
まぁ、他人事なんだが。
「あらかじめグランツ様が、私を入れないように広めていたのよ」
「……その発想はなかったよ」
決まってしまっては仕方がない、人員が足りなくなると企画がおかしくなるため渋々参加することになった。
そして生徒会室を後にして、実行委員会全員を集めた。
いつもの多目的室にて集まった面々を見て、何だかんだと思い返せば随分と人が入れ替わったりした物だと感慨深くなる。
最初からずっと参加を続けてくれた者は数少ないだろう。
そんな生徒たちの前にクルエラは立ち、そして胸を張って微笑んだ。
「まずは、今日までの一ヶ月半の間、本当にお疲れ様でした。残すは本番の四日間です。学園が解放される期間の間は、学園長が国王陛下に掛け合っていただき、兵士を派遣して私服姿で警備もしていただけるそうです」
クルエラのお礼と追加の報告を述べると、国王陛下が気に掛けてくれている企画だと知り表情が緩む者が出てくるのが見てわかった。
確かに、この実行委員会は内申に響く事だから張り切ってやってる者も居たが、貴族や平民も言わせれば国王陛下の子供のような物だ。
彼らも尊敬している人物が絡んでいるとわかると、誰だって嬉しくなるだろう。
学園長は、身内だから細かい事は気にしているような感じはないが、結構な事をしているなんて分かりはしないんだろうなぁと思っているうちにクルエラの話は終わったようだ。
「では、残り数日頑張りましょう!」
上手く締めくくった後、解散すると。私とクルエラは二人残って誰もいない多目的室を一応確認した。
「クルエラ、前に学園長先生が言っていた不審な人間が居るっていう話を覚えてる?」
「うん……、あれから余りそういう話は出なくなったから大丈夫かなと思ってたんだけど。――シャルの事だから何か思う所があるの?」
「多分だけど、学園祭の日のどこかで何かが起きるのかもしれない……あと、これは聞き流してくれても良いんだけど――」
私はある事をクルエラに伝えた後、彼女は強い意志を持って頷いた。
一先ずこれで大丈夫だろう。
ほんの一時の安堵でも私は少し落ち着きたかった。
――私の勘は良くない時に限って当たり過ぎる。
今日はクリス様と帰る約束をしている為、クルエラに別れを告げて生徒会室の方へ戻ると、肘をついて俯いたまま動かないクリス様が居た。
「……寝てる」
そろりそろりと側まで近寄って行くが、ピクリとも動かない。
その代わりに、規則的な呼吸で肩が上下に動き、彼の顔には穏やかな表情がひと目で分かる程に健やかな眠りだ。
見ているこちらまで眠くなるくらいだがここで寝ている場合ではない。
更に近寄って隣に立ち、起こそうと肩に触れるために手を伸ばすと、パシッと手を掴まれた。
「え……!?」
「寝込みを襲おうとしたのか?」
「ち、違いますよ! どうしてそうなるんですか!」
狸寝入りをしていたクリス様に手を掴まれて慌てふためく私を、まるで犬の動向を見て面白おかしく笑うかのようにくすくすと笑っている。
完全に狐につままれたような気持ちになり、露骨に不服そうに口をへの字にすると、それもまた面白いのか笑いに深みが入りつぼにはまってしまったらしく、しばらく笑っている姿を見ていると今度はこっちが心配になってきた。
「はー、よく笑った」
「クリス様いじわるです! 私、風邪ひかないように起こそうと思ったのに……」
「ははは、ごめんごめん」
驚きと動揺と焦りでつい素になってしまい、慌てて平静を取り戻して「もう帰りますよ!」と言い残して大股で外に出ようと歩き出すと、手を掴まれている事をすっかり忘れていた私は勢い余ってクリス様の方に引き戻された。
そのまま、腹に手を回されて彼の膝に椅子に座るような状態になった。
「ほら、お姫様がキスしてお越してくれないのか?」
「……私はお姫様じゃないし、クリス様ももう起きているので不要ですね! ほら、帰りますよ!」
にこりと悪びれた様子もなく恥ずかしい台詞を言い放つ彼に、恥ずかしさを緩和させるべく必死に抵抗をする。
しかし、掴まれたままの手からじわりと温もりが馴染むように広がっていく事もあって、だんだんと気持ち的に絆されているような感覚に陥り、ついには根負けしてしまうのだ。
クリス様に顔を上げさせられ、真上から顔を見つめられる。
全身が熱を持って、茹でられたタコのようになる。
「……顔が真っ赤」
「ゆ、夕日のせいです……」
「唇もちょっと赤い」
「これも夕日のせい――んっ」
最後まで言い切る前に、容易く唇を奪われてしまう。
誰もいない夕日がさす生徒会室で、こんな事をしてマーニーやホースに文句を言える立場じゃなくなると言うのに、不思議とその背徳感は少し理解が出来たような気がした。
2019/08/25 校正+加筆
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