第64話

 


 学園祭まであと三日と迫っていた。

 一時は学園長の庇護に入っていない間の奇妙な事件のせいで、現場に赴く事も出来なくなった私だったが、それも今となっては平穏に過ごす事ができている。恐るべし学園内の歪み。

 そして、一連の事件は全て〝カーディナル学園七不思議〟として片が付いた。

 それを最初に広めたのは、他でもないクロウディアだった。

 生徒として馴染んでいる彼女は、簡単に噂を広め回る事は造作でも無いと得意げに言っていた。


「副委員長! 舞台の準備は完璧です」

「ありがとうございます。お疲れ様でした」


 先日も、私に声を掛けた貴族制服の男子生徒は、爽やかに笑って報告をする。

 よく見ると、赤い髪の直毛がサラサラと外からの風で靡いていて、彼はイケメンの部類だなんて思ってしまった。

 浮気だと婚約者様の嫉妬が発動すると面倒な為、見なかった事にする。

 好青年な印象の彼に、私も愛想良く笑って返すと、嬉しい事があったように弾んだ笑顔で手放しで褒める。


「本当に、この委員会入って良かったです。それに、こんなに可愛い副委員長が束ねる所なら、今後これが終わっても自慢になりますからね」

「クルエラも。本当に良く頑張ってくれていますよ」

「あれ? 俺、副委員長を褒めたのになぁ」


 真っ直ぐ考えている意図を、声に出していう彼に愛想笑いをするしかなく、この話をスルーしたいのになかなか解放してくれない。

 聞かなかった事にしたいのにと言えるわけもなく、にこりと適当に笑って受け流し、別の持ち場の様子を見に行くために、それっぽく会釈をして立ち去ろうとした時、慌てた様子で男子生徒は私の腕を掴んだ。


「……何か?」

「あ、いや……副委員長と話していると楽しくてつい……」


 顔を赤らめながら慌てて手を離し、恥ずかしさを誤魔化すために頭をかく姿を見て「若いなぁ」なんて考えてしまう。

 短時間でも、学園祭を一緒に活動していると気になってしまうみたいな事は青春ドラマではよくある展開だ。


 ――私がもう少し精神的に若かったら、彼との事を勘違いしてクリス様と揉めてしまいかねなかったかもなぁ……。


 今までのシャルティエならば、間違いなく揉めてただろうと確信する。


「すみません、これから各教室の出店の確認に行かなければならないので、またそのうち」

「え!? あぁ……こっちは一段落ついたから大丈夫ですよ。何だったら俺も一緒に……」


 やけに押しの強い男だと、少し困惑気味に「ここの片付けのお手伝いをお願いします」と言い残して足早に出て行った。

 その後ろ姿を、ジッと見つめられている事も気付かずに。





「弱ったなぁ……」


 逃げるように講堂を後にした私は、先程の事を思い返しながら一年生のフロアに向かう道すがらに、前方からスティが向かって来ている事に気付いた。


「シャルじゃない、どうしたの? 顔が疲れてるわよ」

「スティ……。ちょっと困ってて」

「あら、ここで話せる内容?」


 足は止めずに歩きながら、スティも一緒に歩いてついて来てくれる。

 私には、クリップボードで顔をあおぎながらその風で前髪をふわっと浮かせた。

 ……とても涼しい。


「……実は、実行委員会の生徒のアプローチがすごくて」

「シャルは可愛いから、モテ期ってものが来たのかしら?」

「どこでそんな言葉覚えたのスティ……」


 あちらの世界の言葉を使うなんて、珍しい事もあるものだと思ったが、私が知らぬうちに使ってる可能性もある事を考えて気をつけようと決めた。

 階段を降りていると、スティは周りに人がいない事を確認した後、少々真面目な顔で私に耳打ちをする。


「先日の学園長の話は、覚えている?」

「不審な人間が入り込んでるっ、て話だよね」

「そうよ、どういう目的か分からないけれど、それでも実行委員会に紛れ込んでいるらしいのよ。シャルやクルエラは、とくに気を付けた方がいいわ」

「……そうだね、気をつける」


 今のところ、変に目立った人間は居ないだろうと考えているが、あの魔法使いが不審だと言うのだからよっぽど不審なはずだ。

 だが、全くそういった素振りもなく、あれからは一切事件も起きていない。

 もし学園祭を失敗させたいと言う事であれば、今か今かと燻っている事になる。

 クルエラと、ちゃんと話し合った方が良いのかもしれない。

 まだ控えていそうな事件に不安を抱くが、何がどうしてかそんな事より学園祭の楽しみの方が強くて、今は準備に追われるのだった。


「あ、スティもこのまま巡回に一緒に付き合ってくれる?」

「え? えぇ……一人で回れないの?」


 突然の私からの頼み事に、少々の驚きの色を見せたが、頼られて嬉しいのか首を傾げてハーフアップの緩く波打つ銀の髪を揺らした。

 全く美少女はこれだから絵になる。まったくびs


「実はお化け屋敷の教室だけは、どうしても一人では入れなくて……」

「まぁ……、シャルは暗い所が苦手だったのね」


 スティの反応で、虚を突かれたようにぽかんとしてしまう。


 ――スティも私が暗い所が怖い事を知らない……?


 そこで分かったのは、前世の記憶とシャルティエの記憶が完全に混同してしまったと言う事だった。

 何とも言えない不思議な感覚に、決して悪い気はしなかったが暗い所が苦手になった理由がいまいち思い出せなくて、ただただ本当に体が動けなくなる程という事しか分からない。

 まあ、そのうち思い出すだろうと楽観的に捉えて、各教室に顔を出してお化け屋敷の教室に入ると、今日は明かりをつけて作業していたようで今回の巡回は事なきを得た。



2019/08/25 校正+加筆

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