第62話

 


 そろそろ皆が帰ってくる頃だろうか、時計を見ると十七時をさしている。

 今日一日、部屋で一人で考える時間はたっぷりとあった。

 ただ、丸一日使って考える程ものではなく、一応考えをまとめる為の時間は使えた。

 それを考えている間も、手持ち無沙汰で皆の日頃のお礼に前世の日本流の弁当をクロウディアに送らせた。

 片付けはするから持って帰ってきて欲しいと頼んだが「考える時間の確保に費やしてください」と言われてしまえばもうそうする他ないだろう。


 ――でも、クリス様に言われたし、私もそう思うから飛び級で卒業する事はあの時から考え固まってたしなぁ……。


 一応、味見をしたから不味くはないはずだが、口に合わなかったらちゃんと謝ろう。

 後の事をぼちぼち考えていると、扉が叩かれてそちらを見た。


「ただいま、シャル」

「スティ、おかえり」

「お昼は、とても驚いたわ! シャルの料理は前にも食べた事があるけれど、今日のもとても美味しかったわ」


 部屋に入るなり、勢いのない小走りで私に抱きつくスティを抱きとめて、それはもう満足そうに微笑む彼女を見て、サプライズが成功した事を心の中でガッツポーズした。


「美味しく頂いてくれたなら私も嬉しいよ。結構沢山作ったんだけど、足りた?」

「もちろんよ! おかげで、お昼からの授業は眠くなってしまったの」


 ふふっと綺麗に笑う目の前の美少女は、授業中にあくびを我慢する姿を思い出しているのか、それが微笑ましくて釣られて笑ってしまった。

 夕食と入浴も済ませて、ベッドに入ろうかと話をしていた頃、扉が叩かれて時計を見ると、秒針は二十一時を過ぎた辺りを指していた。

 こんな時間に何用だろうと扉を開けてみれば、クルエラとジャスティンが寝間着姿で顔を覗かせた。

 そう言えば、クルエラの寝間着姿はベルンリア領でお泊り会をして以来だなと思いつつ、二人を中に招き入れると、スティも驚いてこちらに来た。


「こんな時間にどうしたの?」

「ふふ、フォーベル寮長に許可を頂いて、今日はシャルとスティの部屋で寝る事にしたの」

「えぇ……? 本人達の意思は無視?」

「あっ……えへへ」


 私が苦笑して言うと、その考えにいたらなかったと言わんばかりにぽかんとしたあと愛らしくクルエラは笑って誤魔化した。

 隣のジャスティンも、そのやりとりに呆れた顔で「ほらぁ……」と言っていた。

 彼女は、きっとクルエラを止めたのだろう。


「私は構わないけど、スティはいい?」

「大丈夫よ。こんなに沢山の人と寝られるなんて、なんだか楽しいわね」


 手を合わせてウキウキする気持ちを堪えられないのか、コロコロと笑いながら答えるスティに二人もホッとする。

 ちゃっかり、持ち込んでいた枕を抱き締めてソファに腰をかけた。


「え? ベッドで寝ないの?」

「いやいや! そこまで厚かましくないから」

「でも体痛くなっちゃうし、ベッドはそんなに狭くないから二人で寝られるよ」


 クルエラとジャスティンは、お互いに顔を見合わせてから、少し申し訳なさそうにして「じゃあ……」と言った。

 しかし、突然の来訪で何事なのかは聞いておきたかった為、向き合うように反対側のソファに腰を掛けると、隣にスティも座った。


「それじゃ、二人の目的を聞かせてもらおうかな」

「うん……、きっとシャル悩んでるだろうなって思っててジャスティンと話をしてたんだけど、でもお弁当貰って心配してたより元気そうだねって話になったの」

「それで、もし……シャルティエ様が今年度で卒業した時のために、思い出作りしようと思って」

「二人とも……っ」


 彼女達は私の考えを読んだのだろうか、自分の決めた事を察知する能力にでも目覚めたかのような物言いに私はスティの方を見た。

 すると、私の視線に気付いたのか視線を合わせて首を傾げる。


「貴女のフォーチュンクッキー、あれ占いじゃなかったわよね」

「……なるほど」


 実は食後に最後まで楽しんで貰おうと、フォーチュンクッキーも作っていたのだが、そこに入れたものはメッセージだった。


 〝最高の仲間へのランチタイム〟


 沢山迷惑をかけてしまったお詫びにと、普段なかなかこういう時間を作れないからと皆で食事をする時間を作らせたのだ。

 メッセージに他意はなかったのだが、無意識にそういう意味に捉えられそうな内容になってしまっていた。

 それだけでも、彼らにとっていい時間を過ごせたようで私も嬉しくなった。


「私としてはもっと学生を楽しみたかったけど、最近色々なトラブルに巻き込まれて……正直疲れてた」

「シャル……」


 隣に座るスティは、ぎゅっと私の手を握る。


「心のどこかで、シャルティエと言う人間の行動を他人事のように見えていたし、自分の知らない今を生きて、私が自分の意志で生活している。それは本当に楽しかった――でも、本当にそれでいいのかなって」

「シャルティエ様! 私は、本当はあと一年……一緒に過ごせると思っていました。でも、私は詳しい事は分かりませんが、シャルティエ様にも危険が及ぶ事はおすすめできません! それなら飛び級してクリストファー様と幸せに暮らしていただきたいです!」

「……ジャスティン、ありがとう。ほら、私達はもう友達でしょ? ……敬語」

「え……えぇ! あの、私もその……」

「もちろん、シャルって呼んで構わないから」

「ありがとうござ……あっ、ありがとう! シャル、私は愛称で呼ばれる事があまりないから今までどおりで」

「うん、わかった」


 ここで、まさかのジャスティンとの好感度がカンストして、hまた嬉しくなってお互い手を握り合って微笑みあった。

 もう皆分かっていたんだ。

 これからどうなるか、私が何を選ぶのか。

 学園長や過去の自分のせいだが、別に三年生最後まで通えないことは思いのほか気になる要素ではなかった。

 卒業しても学生生活が終わるだけなのだから、悲し事はないしみんなに会おうと思えば会える。


 ――それに前世は、十分に学生生活をしたような気もするしね。


 何か良い思い出があるかと問われれば別に大したことはなかった気がする。覚えていないのだから。しかし、そこまで感傷的になる程でもなかった。


 寝る前に、あまりしんみりするのも好きじゃないからと、更に重苦しい空気になる前にパンパンッと手を叩き気持ちを切り替えた。


「私これからは飛び級試験の勉強やらで忙しくなるかもしれないけど、学園祭の準備もちゃんとするし、聖夜祭も言われれば準備も手伝うから言ってね! 私、この学園生活は最後まで充実させたいし、卒業してから皆との思い出話作りもしたいから何でもしたいの」


 私の台詞には誰も反論せず、頷いてギュッと私を抱き締めてくれた。

 なんて素晴らしい友情なんだろう、すごい青春してるじゃんなどと私一人だけ場にそぐわないような事を考えていた。



2019/08/25 校正+加筆

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