第61話クロウディア視点

 


 今は昼休憩中。

 私は、シャルティエ様に頼まれた〝あるもの〟を届けるために、手に持った大きなかごを両手に持ち、エストアールやクルエラ、そしてジャスティンが待つ教室へ顔を出すと驚いた顔をされた。


「クロウディア……?」

「こんにちは」

「珍しいね、クロウディアから私達の所に来るなんて」


 こちらが、彼女達になにか用件があって顔を出す事はほぼない。

 しかし、お構いなしに彼女達に一言「屋上でお待ちしております」とだけ伝え教室を後にする。

 次に三年生の階に上がって、クリストファーとグランツの居る教室へ行くと、先程と同様に驚いた表情をして迎え入れられた。


「クロウディアがこんな所にどうした?」

「シャルと会ってたんじゃないのか?」

「はい、用件は終わったので」


 周りからの視線が痛いが、これもシャルティエ様からのお願いだから気にした素振りもなく彼らの所へ行くと同じように「屋上でお待ちしております」と告げてそそくさと出ていく。

 女子からの視線が鋭く、居心地が悪いったらないと内心悪態をつきながら指示した屋上へと上がっていく。

 招いた人間以外が入ってこれないように、人払いの魔法をかけてから庭園の東屋へ行くと、先に来ていた女子達は弁当を片手にベンチに座って談話をしていた。


「すぐにグランツ様とクリストファー様が来られますので、もう少しお待ちください」

「それはいいけど、でも突然呼び出してどうしたの?」


 クルエラが首を傾げて、上目遣いの角度で尋ねてくる姿は本当に愛らしい。

 風が吹いて揺れる金色の髪も、ふわふわとして流石はケヴィンと恋仲の相手だと頷かざるを得ない。

 大きなかごを、ベンチの空いた所に適当に置くと、息を切らす事もなく平然と「お楽しみです」とだけ簡単に返した。

 関わりの少ないジャスティンも、突然呼び出されて困惑しているようだったが、エストアールに限っては何かに気づいたのかクスクスと笑っている。

 彼女の余裕は、本当に王妃に相応しい程に肝が据わっていると言っても過言ではない。


「お待たせ」

「お兄様達も呼ばれたのね」


 少しして、クリストファーとグランツも来た所で全員が座った事を確認して私は満足げに頷いた。


「実は、シャルティエ様から日頃のお礼とお詫びと言う事でお弁当を預かっております」

「シャルティエ様のお弁当ですか!?」


 大々的にわざとらしく言うと、食い気味に発言したのはジャスティンだった。

 いい反応だと頷くと、突然そわそわしだしてまるで犬のようだとくすりと笑う。

 各々シャルティエ様のお弁当と聞いて、彼女は料理が出来ただろうかと少々の不安を感じていたが、エストアールだけはにこりと笑って早く広げろという圧をかけてくる。

 背筋が凍るような感覚に襲われて、東屋の中心にシートを広げてその上に沢山のサンドイッチやおかずの入った弁当箱を並べた。

 色とりどりに配列された完璧な弁当に、招待された者達はまるで意外な物を見たと言わんばかりの驚きぶりに、これはいい話のネタになったとあとで報告しようと決めた。

 今回入っているのは、見た事のないおかずが多く、恐る恐るフォークを手に取って刺して食べたりつまんだりして美味しそうに食べ始めた。


「この黄色い巻いてある甘い物は何かしら」

「それは玉子焼きというそうです。スクランブルエッグや目玉焼きだと入れられないからとそうされていました」

「たまごはこんな風にもなるのね! 流石シャルだわ」


 エストアールは玉子焼が気に入ったようで、もぐもぐと咀嚼しながら美味しそうに食べている。

 それを見ているだけで、一生懸命作っていたシャルティエ様の姿が目に浮かんで嬉しくなった。

 続いて、茶色いゴツゴツとした物をクリストファーが取って不思議そうに見た後に口に運ぶとパァッと笑顔がこぼれる。


「これは肉だ」

「そちらは鳥の唐揚げと言って、シュニッツェルとはまた違ってパン粉ではなく粉を衣に用いているそうです」

「シャルがそんなに料理に詳しいとは思わなかったな……」


 傍らでは、クルエラとジャスティンが二人でタコやカニのような姿をした赤いソーセージを口に運んで目でも舌でも楽しんでいた。

 グランツに限っては、サンドイッチのような腹にたまるものを選んで食べており、その弁当を眺める眼差しは何かを懐かしむような表情をしていた。


「知り合いの手作りなんて久しぶりだな……」

「毒見もなしに食べるのは久しぶりですものね」


 美味しそうに食べるグランツの隣で、そんな会話をする二人は本当に微笑ましく、王太子夫妻と今から言ってもおかしくない程に仲睦まじく見えた。

 実際ほぼそうなのだが。


「実は、ジャスティン様が作っていただいたお弁当のお礼もお兼ねているそうですわ」

「わ、私……!?」

「以前、ジャスティン様には色々と手伝って貰ったのに怪我までさせてしまってと、とても落ち込んでいらっしゃったので元気の出るお弁当を作る事になったのです」


 経緯を話すと、ジャスティンは目尻に涙を溜めて喜びまるで人生最後の食事かのように味わって食べていた。

 各々で楽しく食べて残さず綺麗になった弁当を片付け、小さい包をそれぞれに配ってペコリと頭を下げてシートも片付けた。


「……これは?」

「シャルティエ様が、フォーチュンクッキーをお作りになられたのでそちらも」

「フォーチュンクッキー?」

「なにやら、シャルティエ様の前世の世界ではクッキーにおみくじという未来の運命を占った紙を入れた物があるそうですよ」


 へぇっと物珍しそうに包みを開いて、四つ折りにされた変わった形のクッキーを割ると紙が出てきた。

 その紙を見ると、それぞれ何を書かれていたのかは分からないが全員が口元をほころばせていた。

 彼女とは随分良好な関係である事が確認できて、それだけで自分も嬉しくなった。


 ――シャルティエ様。貴女が幸せなら私はそれだけで幸せです……。


 心の中で、人知れず本心を呟く。




 雛鳥の頃、幼い彼女に助けられてから時折見かけては人間として接する事ができる者たちに憧れていた。

 成鳥になっても、シャルティエ様の側にどうやったら居られるかを考えていると、何かをきっかけに人間の姿に変わってしまった。

 元に戻る方法も分からず、どのみち彼女の側に居られないならとなんとなくで王都へ行く事にした。

 そこで、どんな運命のめぐり合わせか街を歩いていたケヴィンと出会い、「君は魔力を持っているカラスだね。行く所がないなら弟子にしてあげよう。私についておいで」と言われ、行くあてもなく王都へ来ていた私は彼と契約をした。

 契約をすると、魔力の扱いや人とカラスの姿を自在に変わる事が出来るようになった。


 ――ケヴィンは、もしかして私がこの街に来ていた事を分かって来ていたのかもしれない……。


 学園内の監視を頼まれ、こういう面倒な事は嫌だが主の命令ならばと仕方なく学園内で生活をしていると、年月を経て入学してきたシャルティエ様を見かけて、嬉しさのあまりに声を掛けようかと思ったが、昔とは違い人を寄せ付けない雰囲気に近寄れなかった。

 そんな衝撃にしばらく落ち込んでいると、見かねたケヴィンが私に話があると声を掛けた。


「……え? 逆行?」

「そうだ、近いうちに彼女は彼女ではなくなる」


 最近、学園長室にシャルティエが出入りするようになったと思ったら、そんな話をしていたらしい。

 詳しく話を聞くと、彼女はケヴィンに重ねて魔法を使わせ何度も同じ時間を繰り返していたらしい。

 そして、今回は最後の一年で彼女の魂は近いうちに消滅するのだと聞いて愕然とした。

 全ては自分の欲望のためだったとは言え、一人の男に愛されたいが為に始めた事が破滅の道をたどってしまった事が悲しかった。

 ケヴィンも、シャルティエ様の今後は本人に任せ見守るとだけ言い、私もそれに従うと少し困った表情をして頷いた。

 きっと今酷い顔をしているだろう。


 ――あぁ、初恋が終わるんだ。〝シャルティエ〟と言う存在はこの世から消えるんだ。


 想いも告げずに、その最期を見届ける為に毎日欠かさず彼女を外から見守った。

 オスとして、自分は人間ではないが個体として彼女を幼い頃から心の底から愛していた。

 人に関わるのが下手で、不器用で、でも根は真面目で優しくて、頭も良かった。

 しかし、幼少の頃にクリストファーがシャルティエ様にプロポーズをした所を見てしまい。

 それまでに彼女が彼になにか特別な想いがあったような気がして二人の幸せをとにかく願わずにはいられなかった。

 自分じゃない事を憎んだり嘆くのではなく、自分の愛した人の愛する人から溺愛でもされればこちらも至高であると思っていた。


 ――もう、あの人はいないのに……。我ながら女々しいな。


 彼女が消滅した後、代わりの魂をケヴィンがすぐさま用意した。

 その後も、シャルティエの代わりの人間がどんな行動をするのか観察していた。

 すると、彼女に降りかかる災難を見ては不憫に思い、その度に庇護欲が駆り立てられ、あの人の姿をした別人の彼女に情が沸いてしまった。

 女装をしていたのは、好きな人物が居るにもかかわらず、男の姿で交流をすれば警戒するだろうと思いそうした。

 決して男色家ではなかったが、今日のシャルティエ様のやり取りでは咄嗟に嘘をついてしまった。

 だが、これでいい。

 彼女は、自分の気持ちなんて知らなくていい。

 ……それでいいんだ。


 ――カラスと人間が結ばれるなんて、ありえない。


 昼休憩が終わり、誰もいなくなった庭園で口元を持ち上げる。


「帰省の馬車の中で、何度……口付けてやろうと悩んだ事か……」


 もう残暑も終わりかけのからりとした風が、スカートをはためかせる。

 黒く長い髪が荒ぶって顔に掛かると、手で避けて際のフェンスまで近寄るとここから学生寮が見える。

 ここからでは部屋の中までは見えないが、きっと今頃は実行委員の仕事がやりたくてウズウズしている頃だろう。

 こに短期間ですっかり新たなシャルティエに絆されてしまった。


「――早く結婚して、幸せになっておくれよ。……じゃないと諦めきれないだろう……? シャルティエ様」


 口元を持ち上げ、歪んだ笑みを浮かべた。


「……もう、自分の気持ちを偽るのはたくさんだ……」


 切実な独り言は、風の音にかき消されていった。



2019/08/25 校正+加筆

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