第54話
生徒会室へ戻ると、クルエラとクリス様、そしてスティが三人でテーブルを囲って優雅にお茶を飲んでいた。
あまりに平穏な光景に、先程まで慌ただしかったのが嘘のように気持ちが和らぐのを感じ、へとへとになった私は覚束ない足取りで空いた椅子に腰掛けると、クルエラが私の後ろに回り込んで肩を揉んでくれた。
「あぁ〜、気持ちいい〜」
「あはは、お客様凝ってますね〜」
「ふふ、シャルったらおじさんみたいよ」
肩もみと言えば、みたいな定番のやり取りにまた落ち着く。
すると、それを見て口をへの字にしてこちらをジッと見つめている人物が口を開いた。
「僕もシャルの肩を揉みたい」
「お兄様は、嫁入り前の淑女に気安く触ってはだめ」
「だがシャルは僕の婚約者だ」
和やかな雰囲気を纏いながら、スティにぴしゃりと却下された途端さらに不服そうに反論するクリス様に、私から流石にマッサージして下さいとは言えるわけもなく、返答に困っていると、クルエラが私の利き手を取って向かいに座るクリス様に差し出した。
「く、クルエラ? 何を――」
「クリストファー様、シャルの手を両手で持って、親指で手のひらの部分を押してあげあてください」
「へぁ?!」
「お安い御用だ」
「あぁ、もう皆やめて~!」
はしたなく大声を出してから我に返り、じわじわと顔が熱くなるのを残暑のせいだと言い聞かせながら大人しく鮪に成り下がる。
突然の謎の高待遇に、狼狽する私の体を容赦なくマッサージして解していく皆はどこか楽しそうだ。
不思議とクルエラやスティに揉まれている肩と手は、さほど意識しないから気持ちいい程度なのだが、異性でもあり婚約者でもあり、更には想い人である少し骨ばったクリス様の手が握った私の利き手だけは無駄に熱く感じる。
――恥ずかしい……!
自分の手が太っててムニムニしてるなんて言われないだろうかと、そんなに太った覚えはないのに乙女らしい不安にかられたが、だんだんとそれも慣れて、私の表情も和らいでいった。
「ふふ、シャルの顔がふにゃってなってるわ」
「あぁ、この顔懐かしい」
「えぇ? 何!? 何ですか? 幼馴染メンバーだけで盛り上がらないで教えてよー!」
完全に脱力しきった私の表情に、懐かしむシュトアール兄妹と、それを興味津々に尋ねるクルエラを気にも留めず、あまりにも心地の良い状況に今にも眠ってしまいそうになる。
そして、とうとう眠気に負けて座ったまま瞼を閉じきってしまった。
「昔、シャルが体調壊すと、皆でこうやって手を握ったりしてあげてたんだ」
「なるほど、……あれ?」
「スー……スー……――」
「寝てる……」
いつの間にか眠ったシャルの揉んでいた肩を解放すると、スティとクリストファー様も手を離した。
座ったままの状態で眠ってしまったシャルの体がだらりと傾き、慌てて支えていると、向かい側に座っていたクリストファー様が机を回り込み、熟睡するシャルを軽々と抱き上げ、壁際に置かれている二人がけのソファに寝かせた。
そんな光景を生温かい目で見つめる私とスティは、シャルの持ってきた書類とメモに目を通して代わりに処理しておいた。
シャルを寝かせた後、寝顔をしばらく見つめ、私達がこちらを見ていないかと確認した後に額にキスをしていたのを見逃さなかったが、スティに脇腹を肘でつつかれて見なかった事にした。
「うわぁー、神と女神に私は癒された……」
「しっかり熟睡してたものね」
「おかげで、今日はもう眠れないと思うんだけどね……」
ついつい三人のマッサージに癒されて寝こけてしまった私は、皆が帰るギリギリまで寝かされてしまい情けない事この上ない。
しかも目が覚めたら、私が持ち帰った書類や手続きの書類もすっかり綺麗に処理してくれていた。
要領悪いのかな私、なんて落ち込んでいる暇はない、本部である生徒会室で委員長として頑張っているクルエラのためにも、現場を走り回るのは私の仕事だ。
出来るだけみんな均等に、仕事回るといいなという理想を胸に明日も頑張ろうと意気込んだ。
帰り支度も済ませ、クリス様は私を運んだ後、直ぐに帰ってしまったとクルエラ達に聞いてちょっと残念な気持ちになる。
彼も忙しいのに、私は貴重な時間を無駄にしてしまったのではとまた落ち込んだ。
私が落ち込んだり浮き上がったりしている間に、帰路についてスティとクルエラは各々の恋愛トークに花を咲かせているようだ。
「……クルエラ、スティ。私もっと頑張るね」
「え?」
「何言ってるの?」
私の決意表明を「この子馬鹿なの?」みたいな眼差しで二人して振り返ってそう言った。
変な事を言っただろうかと首を傾げると、二人は私を挟んで頭をよしよしと撫でて「もう十分なんだよ」と言ってくれて少し嬉しくなって笑ってしまった。
――そう言えば二人の恋愛状況ってどうなっているのだろう。
私に限っては、クリス様とのスキンシップに、照れや恥を最近忘れかけている程に接触率が高いせいで少し慣れが出てきている。
だからと言って、触れられたらそれでも恥ずかしいのだが……。
それとも、恥ずかしいから誤魔化して逆に平常でいられるとかだろうか。
「そう言えば、シャルとクリストファー様はなんていうか、クリストファー様の一方通行な恋愛な感じするよね。スティとグランツ様は付き合いの長い夫婦みたいな……あ、熟年夫婦みたいな感じがする」
「じゅく……」
熟年夫婦とは、まるで老人かのような言い草にスティは心なしかショックを受けているようだった。
しかし、お構い無しにクルエラは続けた。
「でも、スティみたいに人前で下手にベタベタしないのは長く続く恋人の鑑だと思うから、それが一番正解だと思うけどね。それに、私達が居ない所でイチャイチャしてるんでしょ?」
まるで全てを知ってるんだよ、と言わんばかりの言い方に「あぁ」と察した。
彼女は十六回のうち数回グラムと付き合っているのだから、恋愛方面での傾向はよく分かっている事だろう。
おそらく、クリス様の事も知っているに違いない。
だが、あえて聞かない。
「なんだか妬けちゃうな……」
「シャル?」
「でも考え方を変えれば、クルエラが友達でいる限りは私達の恋愛相談は確実に良い方向に向くって事だよね」
「そうね、とても〝便利〟なお友達が出来て嬉しいわ」
「えぇー! 便利ってひどい!」
便利を強調して言い放つスティは、少しばかり機嫌が悪そうだ。
熟年夫婦を根に持っているに違いない。
私は上手く二人を宥めて寮に入ると、数名の女子生徒が困惑の表情で私の顔を見るなり駆け寄って来た。
「シャルティエ様、大変です……! ジャスティン様と、学園祭実行委員をやりたいと申し出る生徒とが揉めていて……」
「……え?」
またトラブルかと、私の瞳が呆れで半眼になった。
2019/08/23 校正+加筆
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