第53話
「すみません、その絵はもう少し上で……あー、もう少し右に……ありがとうございます」
私は放課後、〝学園祭企画班〟と講堂の舞台の上で、飾り付け用の尺を図ったり、物の配置決めを行っていた。
演劇をする部活動のためにと,
絵や小道具の配置を一緒に確認していると、貴族の男子生徒が額の汗をハンカチで拭って一息ついた。
「はぁー、本当に大変ですねこれ。他の班もクラスの出し物が纏まらない所が多いらしくて、てんやわんやしてるって聞きましたよ」
「そうなんです。一ヶ月で足りるかどうか……」
「シャルティエ副委員長。こっちの確認もお願いします!」
「はい、今行きます! すみません、ここはお願いします。何かあればすぐ呼んでください」
「はい、お任せ下さい!」
私はいつの間にか実行委員会の生徒達から〝シャルティエ副委員長〟や〝副委員長〟と呼ばれる事が増えた。それが少しむず痒くて照れくさい。
得意げに胸を張る男子生徒に、ぺこりと頭を下げてからポニーテールを揺らしながら呼ばれた方へと駆けていくと、足元に舞台の仕掛け設計図の紙が落ちていることに気付かず踏んづけてしまい、そのまま滑って体が傾く。
「あっ……!」
「副委員長!」
転んでしまうと咄嗟に目を閉じて、持っていたバインダーを抱えて身構えていると、誰かに受け止められた。
人の気配がするのに、何故かその手は冷たく、それに覚えがあって衝撃が来なかった事に安堵して目を開けると、黒い髪と黒い瞳の貴族の女子生徒が妖艶に微笑んで見下ろしていた。
「――クロウディア?」
「シャルティエ様はそそっかしいですね。大丈夫ですか?」
ふふっと笑いながら私の体を立ち直してくれるが、私を抱き止めた手は少し骨ばっている。
女子とは思えない骨格の手に今度こそ聞いてやろうと見上げると、未だにニコニコとした笑顔のまま「呼ばれていたのでは?」と言われて遮断された。
ムッと不服そうにしていると、誤魔化すかのように離れてひらひらと手を振る。
「クロウディア、わざと避けてるでしょ」
「何の事やら」
目を細めて意味深に笑いながら、誤魔化すようにその場を離れるクロウディアの背に「ありがとう!」と叫ぶと手を振って去っていった。
足元の設計図の紙を拾い上げ、先程呼ばれた方へ向かった。
今度は、足元にも気をつけて。
慌ただしくしていると、いつの間にか始業式から一週間が経過していた。
未だに解決していない各教室の出し物の内容が纏まらないと担当の生徒から相談されて、該当の教室へ来ていた。
纏まらないのは一年生のひとクラスのみらしく、喫茶店をしたいが食べ物を扱うためには料理を何にするか、誰でもできるメニューでないといけない上、コンセプトは何にするか等が曖昧なままらしく、ひとつ案が出ればひとつ問題が何かしら発生する状態らしい。
「それで、私に何とかして欲しいと……」
「そうなんです。どうか助けてください」
助けてくださいと言われても、簡単な事を言ってくれると腕を組んで少し考える。
一年生の生徒達は、私の姿を見るなりぼーっとしていて「何?」首を傾げると、首をブンブンと横に振った。
ひとまず纏まった部分を確認すると、定番のように仮装をして喫茶店をしたいという物だったが、他のクラスでもこういう類の出し物は沢山あったような気がすると思い出して、そもそも喫茶店じゃないといけないのだろうかと思い始める。
「喫茶店以外は、考えられないのでしょうか」
「……と、言いますと?」
「喫茶店の出し物は今回の出し物だけで八件はあるので、繁盛させるのであれば、かなり自信のある出し物が必要になります。閑古鳥が鳴かないようにするのであれば、飲食店を避けるべきでしょう」
私の提案に、そもそも飲食店をするつもりでいた生徒達があまりいい反応を見せない。
今考えているものを白紙にしろと言っているような物だから、不評な反応が来るのは分かっていた。
そのため、今の所出ていない出し物を提案する事にしたのだが、上手く丸め込むのが私の今日の仕事だ。
「お化け屋敷とかならまだ今年は誰も申し出てないので、人寄せや色んな目的で入られる方が多く居ると思います。あと準備にそこまで時間もかけられないので、皆さんで出来る範囲になってしまいますがそこまで難しくないと思います」
「お化け屋敷ですか……」
生徒達が口々に自分の意見を言い合っている光景をしばらく見守った末、考えが纏まったようだ。
私は、それを見計らって、昨年お化け屋敷を出店したクラスの資料を取り出して担当生徒へ渡した。
「では、私は変更手続きをしておきますので、必要な物やお化け屋敷でこんな事がやりたい等がありましたら明後日までに提出してください。分からない事があれば〝各教室出し物班〟へ連絡してくださいね」
やっと前進した安堵でふわりと微笑んで話し終えると、男子生徒が顔を赤くして俯いてしまった。
イメチェン効果が絶大すぎて、クリス様の過保護や嫉妬が加速するかもしれないと髪を下ろそうか本気で悩んだ。
クリス様やスティが心配していた事を思い出すと、厄介な事になる前に、戻すべきか考えながら教室を後にした。
一度、拠点である生徒会室に戻って申請の訂正をするために目が回るほどの忙しさにフラフラと歩いた。
「……シャルティエ・フェリチタ」
後ろから後を付ける人物に気付かない私は、はやく生徒会室で今の変更手続きとお化け屋敷をやってくれるクラスが出てきたとクルエラに報告するべく胸を弾ませた。
2019/08/23 校正+加筆
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