第50話

 


 私がシャルティエの記憶を取り戻してから、気付けばあっという間に夏季休暇も終え、クロウディアを連れて二日かけて馬車に揺られては気分を悪くしつつカーディナル学園に向かっていた。


 ――薬剤師にでもなって、乗り物酔いの薬を開発して一儲けでもしようかな……。


 実はあの後、お父様とお母様が出て来て、二人は私に話をかける事よりも先にクリス様の背中を叩いて「とうとうだな」と嬉しそうに声を掛けていた。

 それにぽかんと呆けていると、クリス様は私に向き直り笑顔で口を開く。


「実は幼い頃にプロポーズをした後、事後承諾を得ていたんだ。でも、シャルに避けられて疎遠になってしまって……、もうダメかもしれないとおじさん達と話をしていたんだ」


 詳しく聞くと、幼い頃にクリス様からプロポーズを受けた直後に、正式にクリス様と私は親同士の同意の上で正式な婚約者になっていたのだという。

 そんな事も露知らず、ずっとクリス様を避けて一人で悩んでいたと言うから滑稽者だ。


 ――さぞかしクリス様も、やきもきしただろうな……。


 私は二人で一つだと、代表して頭を下げて「知らなかったとは言え、今まですみませんでした」と謝ると、また抱き締められて頬に口づけをされたりと甘い公開処刑を受けたのだった。

 一ヶ月そこそこのベルンリア領での夏季休暇は割と充実していて、最初は半月程で学園に戻ってこようと思っていたのに、あまりの居心地の良さと乗り物酔いの事を考えると億劫になり、だらだらと一ヶ月の滞在をしてしまった。

 そして、両親にまたしばしの別れを告げ、学園祭にメイド一人を派遣して欲しいとお願いして、ようやく乗り込んだ馬車の中でふと思い出した事をクロウディアに尋ねた。


「結局クロウディアの思い出だけ思い出せないんだけど、どういう出会いだったの?」

「ふふ、実は昔……あのフェリチタ邸の中にある木から落ちた雛である私をクリストファー様が助けようとして、私に触れようとしたんです。そこに、シャルティエ様が『親鳥がいるかも知れないから触っちゃだめ!』なんて言って止めて……」

「そうなんだ……」


 そう言われてようやく思い出した。

 雛鳥に触れると、親鳥が威嚇して攻撃してくる事を分かって止めたのだ。


 《鳥は人間の臭いに敏感なの?》

 《鳥の鼻は弱いから分からないよ!でもね、鳥の赤ちゃんがクリスさまの事をママだとまちがえちゃうからダメなの》

 《へぇ、シャルは物知りだ》


 ぽんぽんと頭を撫でてくれる幼いクリス様を思い出して、不思議と「あの時のクリス様可愛かったなぁ」と小さく呟く。

 その後に、私が全身黒い服で身を隠してこっそりと元の場所に戻してやったから事無きを得た。

 きっと彼女の〝助けられた〟と言うのはその事だろう。

 もし、あの時クリス様に懐いたりしてカラスを仕えている光景を想像して少し面白かった。

 魔法使いのクリス様は想像が付かない。どう見ても王子様キャラだろう。

 色々妄想を広げていると、ガタンッという石を踏んだ拍子に大きく揺れた馬車に私はまた気分が悪くなって、そこで思考は現実に戻りそのままクロウディアの膝に横になった。





 カーディナル学園に無事到着し、私が頼んだ訳ではないが何だかんだ世話になったクロウディアを学園長に返すために誰も居ない校内を歩き、学園長室の前まで来ると、ノックもしていないのに勝手に扉が開かれた。


 ――自動ドアだ……。


 魔法とは分かっていながらも、不自然な動作のするものを見ると少し怖く感じる。

 クロウディアは、すぐさまカラスの姿へ戻って飛んで入って行った。

 気を取り直し続いて中へ入ると、背後で勝手に扉が閉じられた。

 魔法とは便利な物だと感心したが、こんなにおおっぴらに使って大丈夫なのかと心配になった。


「ごきげんよう、学園長先生。先程帰ってまいりました」

「やぁ、シャルティエ君。無事に記憶を取り戻せたようで安心した」

「はい、クロウディアにも沢山助けていただきました。ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げると、カラスの姿のクロウディアが上機嫌に体を左右に揺らした。

 それが、結構可愛くてにこりと笑う。


「それで、わざわざクロウディアを送り届けに?」


 聡い学園長は、わざとらしく尋ねたがすぐにソファへと勧めた。

 軽く会釈をして座った後、両親に予め説明をしてもらったお礼を述べた。


「あぁ、それに関しては本当に構わないんだ。どのみちフェリチタ卿が半信半疑な反応だったから魔法の存在を認知して貰うためにもクロウディアに付いていくように頼んだわけだ。私は、あまり力になっていないと思う」

「そんな事ありません。そのおかげで話もうまく事が運んだので、学園長先生のおかげです」


 学園内の管理で離れてはいけないというのに、わざわざこの場から離れてまでやってくれた行いを誰が批判しようか。

 改めて頭を下げると、笑いながら「どういたしまして」と返してくれた。


「それに私が学園を離れたせいで、君の調子が悪くなってしまったようだから、それのお詫びも兼ねて頭痛を消させてもらったんだ」

「学園長先生は、この学園で生徒の体調管理もしているのですか?」

「あぁ、治癒する力も少しはある――とは言っても、頭痛を取ってやったり、痛覚を緩和させる程度だから大したことはないがね」


 魔法使いと言っても、さほど完璧ではないのだと思うと少しほっとした。

 でも、こういう力を持った人間が居たら、軍事利用は免れないだろうからきっと隠し通していたのだろう。

 もはや国家機密レベルだろう。


「学園長室が住めそうって思ったのは、あながち間違いなさそうですね」

「あはは、よく分かったね。あっちは寝室、こっちはプライベートスペースなんだよ」


 奥の扉の先を説明するが、私が一生入る事のない所だ。

 興味津々に見せてくださいなんて事は言わずに笑いながら、「大変ですね」とだけ軽く流した。


 ――クルエラに怒られそうだし、流石に見せてなんて言えない。


 いつの間にか人の姿になったクロウディアが、お茶を入れてくれてそれに口を付けた。


「……それで、シュトアール伯爵夫人の確約がついたわけだが、学園内で公表するのかな?」

「……いいえ、この件は伏せておきます。女子の視線が更に鋭くなる可能性もありますし――と言うか、また水をかけられたら敵いませんので」

「あはは、違いない」

「何より、隠れて陰湿な行為を続けられて、学園祭の準備に影響がでたらそれこそ私は暴れてしまいかねないと思います……」


 とは言ったものの、クリス様がさらっと言ってしまいそうだから事前に口止めをして置かなければならない。

 早いうちに行っておけばよかったと少し後悔した。

 この世界に転生してから、思い通りにならない事が多すぎて、私が完全に振り回されている。

 今後もそうなるとしか思えず、私の人生は今後も前途多難なのではないかと気を揉んだ。


「もし、何か嫌がらせをされた時は然るべき対応を取りたいのは山々だが、貴族の子供を預かるとなかなか難しくてね」

「それは……大変ですね」

「はは、しかしこれからはそうも行かなくなる。君のような令嬢が、また嫌がらせを受けていたらそのうち他の生徒と暴動に――」


 そこまで言いかけて、学園長は口を引き結んだ。

 終業式のクルエラの事を思い出したのだろう。

 私は、乾いた笑いをして「それ、今更ですね」と言うと「全くだ」と笑いを堪えていた。

 結局クルエラは日頃の行いが手伝ってお咎めなしという事になったが、ジェシカの行動が招いた事だからという事で無理やり処理したのだという。

 流石は恋人効果である。


「偶然とは言え、私のおかげでクルエラと結ばれたわけですから感謝してくださいね」

「おや? 以前のシャルティエ君のような図々しさまで出てしまったか」


 大した事ない戯れの言葉にお互いが笑っていると、扉が叩かれた。

 まだ休みの日だというのに誰だろうと扉の方を見ると、学園長の口元を緩めて「クルエラ君だ」と言った為、私はカップに残ったお茶を飲み干して立ち上がった。


「私はこれで失礼します。本当にありがとうございました」

「あぁ、困ったらいつでも相談においで」

「来る前に、先にクルエラを通そうと思います」

「はは、そうだね。彼女は少し嫉妬深い」


 少しなのかそうでないのか良くわからない言葉に、肩を竦めてからぺこりと頭を下げて扉を開ける。

 すると、学園長の言うとおりクルエラが居て、私の顔を見るなり驚いた顔になる。


「久しぶり、クルエラ」

「シャル! 今帰ってきたの?」

「そうなの、この前は遊びに来てくれてありがとうね」

「……上手くいった?」


 控えめに尋ねる彼女に、指でピースをしてみせると、ぱぁっと花が咲いたように嬉しそうに抱きついてきた。


 ――あぁ、可愛い……。


 その勢いに負けて、倒れ込むように尻餅をついて受け止めると、後ろで声を上げて学園長が笑った。


「あはは、ほら立ち上がってじっとして」


 学園長がこちらへ近寄って来て、私とクルエラに両手を差し出す。

 それに掴まって立ち上がると、手を離して指を鳴らして私とクルエラの服についた埃を落としてくれた。

 ついでに、帰りに馬車の中が暑くて少し汗をかいていたのも打ち消してくれた。

 そこまでやってもらえて、目を瞬かせてきょとんとする。


「魔法って、すごく便利ですね」

「まぁ、これくらいはね」

「ありがとうございます。ケヴィン様!」


 ケヴィン様と呼ぶクルエラにぎょっとして見ると、頬を染めながら私の視線なんて気にならないと言わんばかりに目を輝かせていた。

 これはお邪魔虫だと悟り、学園長に軽く会釈して出て行った。



2019/08/22 校正+加筆

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