第48話 詐欺師は淑女に偽装する
「信じられない……たしかにこれは『デーモンシリンダー』のプロトタイプだ」
デイジーの家庭教師、サイモン・ドウエルは俺がクロフネの屋敷から分捕ってきた『戦利品』を見るなり絶句した。
「これがもし『リミッターシステム』にそのまま流用できれば、予定より何週間も早くプロトタイプを完成させることができる」
「本当だな?……だが、あの子に必要以上の負担はかけさせないでくれ。研究のし過ぎで病気にでもなったら、わざわざこいつを盗んで来た意味もなくなっちまう」
「わかっている。ただあの子は好きな勉強には夢中になるタイプなんだ。こればかりは私にもどうにもならない」
「そうだったな。……とにかく何か変化があったら教えてくれ。すぐに飛んでくるよ」
「わかった。ところでゴルディ、気になっていることがあるんだが」
「なんだ?」
「このところの『ティアドライブ』の暴走なんだが、私には『聖獣の凱歌』が演奏されたことだけが原因とは思えないんだ」
「……というと?}
「システムが暴走するには、正常なユニットを不安定なユニットに接続する必要がある」
「不安定なユニット?」
「不安定な状態のまま、稼働を続けられるユニットだ。……写真がある。見せよう」
サイモンが取り出した端末の写真を見た俺は、思わずあっと叫んでいた。『ティアドライブユニット』によく似たシリンダーは、内部に石ではなく骨を思わせる白い物体が浮かんでいた。
「……こいつは?」
「『精霊の骨』と呼ばれる物質だ。こいつがドライブを不安定にさせるんだが、稼働に必要な純度を持つものは百万に一つといわれている。これもおそらく不良品だろう」
「そうか、それであいつが……」
俺がそう口の中で呟いた、その時だった。ふいに奥の扉が開いて、眠そうな目をした少女がふらつきながら入ってきた。
「なんだあ、来てるなら教えてよ、ゴル……テッドおじさん」
デイジーは俺に歩み寄ると、眼鏡の奥の目を瞬いた。研究で疲れているのだろうか。
「デイジー、勉強もいいが、あまり集中しすぎたら身体に毒だぞ。たまには外に出て日向ぼっこでもしろよ」
「うん、わかってる。……でも、今作ってるものってすごく面白いの。気がついたら夜中になっちゃってるくらい」
俺は「そうか」と言ってデイジーの頭を撫でると、サイモンに小声で「彼女のことを頼む」と言った。
――まったくこんな小さな子が世界の命運を握っているなんて、そんな過酷なことがあっていいのだろうか。俺は膝の上で寝息を立て始めたデイジーを見ながら、ため息をついた。
※
「……なんてこった、いったい何を企んでやがるんだ」
アジトの貯蔵庫をあらためた俺は、そこにあるはずのものが消え失せている事に気づき歯噛みした。
「どうしたの、ゴルディ」
俺の声がよほど大きかったのか、クレアが現れて心配そうに問いかけた。
「見ろよここにあった『骨』が消えちまってる」
「『骨』?」
「ジニィがヒューゴ・ゲインズと共に埋めたといういびつな棒さ。持ちだしたのはおそらくジニイだ。ヒューゴと何らかの取引をするために違いない」
「どういうこと?」
「あの棒は百万に一つの純度を誇る『精霊の骨』だったんだ」
俺は昨日、サイモンから聞きこんだ話をクレアに語って聞かせた。
「でも取引って言っても、どこでどうやってするつもりかしら」
「さあな、盗賊稼業も昨日から休みにしちまったし、一人一人の動きまではわからないよ」
俺がぼやいてみせると、クレアが何かを思いだしたように口のあたりに手をやった。
「そういえば……さっき繁華街にウィッグを新調しに行った時、ジニィと背格好のよく似た女の人を見たわ」
「本当か?どこでだ?」
「劇場の前よ。ただ、メイクが濃かったし、服装もドレスみたいな格好だったから気のせいかなと思って声はかけなかったの。近くにシェリフに似た男の人もいたような気もするわ」
「劇場か……よし、俺たちも行ってみよう。もしかしたらそこが取引の現場かもしれない」
「待って。劇場に行くならそれなりの『顔』を乗せないと。あなたもちゃんと変装して」
「変装?」
「ジニィが変装していったってことは、すぐ気づかれたら困るってことでしょ。私たちも用心しないと危険に巻き込まる可能性があるわ」
「なるほど……それじゃあひとつ変装して二人で観劇としゃれこむか」
俺はクレアから劇場の名前と場所を聞くと、頬の傷を消すために洗面台へと向かった。
〈第四十九回に続く〉
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