第47話 明日なき暴走土蔵
「ノラン、制御装置のある箪笥はこれか?」
俺が窓の右側にある箪笥を目で示しながら言うと、ノランは「どうだろうね」と言った。
「俺にも使える簡単な装置なんだろ?自分で探せばいいじゃん」
俺は「ああ、そうするよ」と膨れてそっぽを向くノランを尻目に両開きの戸を開けた。
「これか」
箪笥の中に収められた装置類は、初めて見る俺にも辛うじてわかる程度の単純さだった。
「いきなり動きだすかもしれないぜ。気をつけろよ」
俺は警句を発すると、手動切り換えスイッチと思しきつまみを操作した。しばらくするとエンジンが唸りを上げ、ごうんという音と共にキャタピラが土を噛む気配があった。
俺がハンドルを握ると蔵は前方の植物をめりめりと薙ぎ倒し、ゆっくりと前進を始めた。
「まずいぜボス、このままだとあの長い廊下に突っ込んじまう」
ノランが怯えた声で俺に警告を放った。だが俺は「先刻承知の上だ」と取り合わず、ハンドルを握り続けた。母屋と離れを繋ぐ回廊は人さえいなければ案外、もろいはずだというのが俺の読みだった。
「……つっ込むぞ。何かにつかまってろ!」
俺が叫ぶのと同時にばきばきという柱が折れる音がして、衝撃が蔵全体を揺るがした。
「おい、俺たちの専門は盗みだろう?あんまり無茶すんじゃねえよ」
「文句があるならこの高級リムジンに言ってくれ。加減がわからねえんだよ」
俺とブルがつまらない会話を交わしている間に、ついに蔵は回廊を突き破って塀の前へと躍り出た。
「今度は廊下と同じようなわけにはいかないぞ。覚悟してくれ」
「ちょっと待ってよ、あの頑丈そうな塀もぶち破っていく気か?」
「嫌ならここで降りてくれ。大丈夫、十分に加速すれば壊れや……なにっ?」
屋敷と道路を隔てている土塀まであと数メートル、そう思った瞬間、俺たちは足元に異様な衝撃を覚えた。
「なんだあっ?」
俺は思わずハンドルを離すと、窓に駆け寄った。顔を出して下を覗いた俺の目に映ったのは巨大な丸太を水平に持ち、前進を阻むように脚部に押し当てている数体の仏像だった。
「仏像にカムフラージュした警備ロボットだ。このまま塀に押しつけてしまうしかない」
俺が再び制御パネルの方に戻ろうとすると、ブルが「なあ、いくらロボットでもぶっ壊して進むってのはちょいとばかし良心が痛まねえか?」と言った。
「レーザーで追い払ってから行けっていうのか?……うっ、ハンドルが……動かないぞ?」
俺が慌てて周囲の表示パネルに目を遣ると、けたたましい警告音と共に「非常事態です。これより自動運転に切り替わります」という合成音声のアナウンスが響き渡った。
「もう駄目だ、俺たちの力じゃあ止められない!」
俺が悲鳴を上げた瞬間、ばきばきという何かが砕ける音が聞こえ、続いて凄まじい衝撃が蔵全体を大きく揺るがした。
「……突き抜けちまった。だがこのままじゃ行き先が選べない。どこかで飛び降りるしかないぞ」
土塀を突き破った蔵はいったん動きを止めた後、がりがりと道路を傷つけながら転回を始めた。やがて道路に対し平行な状態になると、蔵は再びどこかへ向かって動き始めた。
「まずいぜゴルディ、この先は川だ!」
「何っ?」
俺はハンドルから手を離すと、再び窓に駆け寄った。百メートルほど先で風景が途切れており、その向こうが川であることを物語っていた。
「もう駄目だ。止められない――」
俺が思わず弱音を吐いた、その時だった。突然、強い制動が蔵に加わったかと思うと、加速がゆっくりになった。
「ふむ、危ないところだったな」
「――ジム?どこにいるんだ」
俺の端末から飛びだしてきたのは、ジムの声だった。
「お前さんたちのいるその蔵、後ろにも窓がついとるじゃろう。開けてこっちを見てみろ」
ジムの指摘に、俺ははっとして後ろを見た。確かに閉ざされてはいるが、窓らしきものがあった。俺は反対側に移動すると、後ろの窓を一気に開け放った。次の瞬間、視界に飛び込んで来た光景に俺は絶句した。
蔵の脚部とワイヤーで繋がれた『レインドロップス号』が、綱引きでもするかのように必死でバックを試みていたのだ。
「こんな重労働をいつまでもやらせておく気か、ゴルディ。早く一階から道路に脱出しろ」
ジムの悲鳴が蔵の内部に響き渡り、俺は「わかった、すぐ脱出する」と端末に叫んだ。
「ジムが蔵を抑えているうちに、一階の出口から飛び降りるんだ。気に入ったお宝しか持って行けないが、諦めてくれ」
俺はそう言い放つと『マキモノ』と『魔鏡筒』のサンプルを脇に抱えた。
「ちっ、しょうがねえ。こいつは置いて行くか」
ブルはそう言うと、巨大な壺を床に降ろした。俺たちは一列になって階段を降りると、正面の出入り口を開け放った。俺は『ブラックスネーク』を取りだして入り口近くの柱に結わえた。
「よし、ブルから降りてくれ。多少、ジャンプが必要だが怖がっている暇はない」
俺がそう言い放つと、ブルが「ちぇっ、大体、こういう損な役回りはいつも俺なんだ」とぼやいてみせた。ブルが道路に降りると、続いてノラン、ジニィ、シェリフが降りた。
「……いかん、ゴルディ。『レインドロップス号』のエンジンが限界じゃ。早く飛び降りろ」
ジムの切羽つまった声が聞こえた瞬間、俺は掴んでいた『ブラックスネーク』を離した。
「ひゃあああっ」
ジムの悲鳴に続いて何かがちぎれるような音が聞こえたかと思うと、俺たちの頭上を巨大な影が往き過ぎていった。振り向くと、巨大な蔵がつんのめるように前方の川に向けて落下して行く様子が見えた。
「……逃げろっ」
逆方向に向かって駆け出した俺たちに、断末魔の轟音と大量の水飛沫が襲いかかった。
「――何ともひでえ終わりだな。これが華麗な盗みで名を馳せたゴルディ一家の仕事か?」
ブルが呆れたように言うと、ノランが「でかい奴が絡むとこうなるんだよ」と返した。
「これだけの騒動を起こしたら、当分は盗賊稼業も臨時休業ってことにせざるを得ないな」
寄る辺ない夜逃げ一家といった風情の俺たちは、覚束ない足取りで家路を辿り始めた。
〈第四十八話に続く〉
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