第45話 絡繰り入道仇討ち絵巻


「小賢しいぜ!」


 ブルが力づくの突破を試みようと身を乗り出した瞬間、俺たちの足元に無数の『シュリケン』が突き立った。


「……うっ」


「小賢しいのはどっちかな。盗賊がいかに盗みに秀でていようと、ニンジャの包囲網を抜けだすことはできん」


 雷電がそう言い放つと、周囲の草むらから毒々しい色の蛇や蛙が次々と現れた。


「まやかしだ、ブル。気にするな」


「まやかしだと……?これがか」


「そうだ。向こうがマジックならこちらもマジックで応戦してやろう」


 俺はそう言うと、前方の草むらにスモークタイプのナノグレネードをばらまいた。


「……うわっ」


 周囲が一瞬にして白く煙り、俺はブルに「今だ、『オオトカゲ』をやるぞ」と言った


「ここでか?……わかった」


 ブルがしゃがみこむ気配を見せると、俺はすかさず肩車の形で上に飛び乗った。


「よし、立っていいぞ」


 ブルが立ちあがると俺は先端にナノプロジェクターのついたアンテナを四方に伸ばした。スイッチを入れると俺たちの身体が灰色の「もや」に包まれ、視界がぼやけた。


「うっ……ば、化け物だっ」


 ニンジャの一人がそう叫で後ずさった。プロジェクターがリアルタイムで映し出す幻は、俺たちの姿を凶々しい『オオトカゲ』に見せているはずだった。


「それっ、駄目押しだ」


 俺は「口」に当たる位置でガス銃を構えると、首の動きに合わせて引鉄を引いた。


「……ううっ」


「ぐえっ」


 呻き声や咳き込む声があちこちで聞こえ、包囲の輪にほころびが出現した。


「よしっ、今だっ」


 俺たちは包囲が欠けた一角に向けて『オオトカゲ』状態のまま、駆け出した。輪をすり抜けたと確信しかけた瞬間、ふいに俺は何者かの手で頭を掴まれた。


「……ぐっ」


 俺の頭を掴んだ手は、そのまま身体ごと俺を宙づりにした。


「なるほど、趣味の悪い幻覚だ。……だがこの俺様には通じん」


 俺を持ち上げているのは、目に勝ち誇ったような色を宿した雷電だった。


「ゴルディ!……雷電、やめろ、ボスに手を出すな」


 ブルが叫ぶと雷電は俺の頭を鷲掴みにしたまま「ほう、面白いことをいう」と嗤った。


「六年前、貴様が『重力アルティメット』の八百長試合を断った時、俺様がどんな屈辱的な思いを味わったかわかるか?」


「そんな昔のことはとっくに忘れたぜ。腐った奴らと関わった仕事のことなんてな」


「あの時、一緒に断った四人がどうなったか知ってるか?お前以外、全員土の下だ」


「そんな事だろうと思ったよ。貴様のような本物の悪党にならずに済んでよかったぜ」


「何を馬鹿な。盗賊だろうと殺し屋だろうと悪党は悪党だ。違いなどあるものか」


 雷電はそう言うと、俺の頭を掴んでいる手に力を込めた。次の瞬間、いきなり俺の全身を電流が貫いた。


「ぐわあああっ」


 俺の四肢はだらりと伸び、意識は濁った水のように曖昧になった。


「次の一撃が致命傷になるはずだ。その目で仲間が地獄に落ちるところを見るがいい」


 雷電が歯ぎしりしているブルの前に俺を掴んだ腕をつき出した、その時だった。


「……ううっ」


 雷電が目を抑えてよろめいたかと思うと頭を戒めていた力が消え、俺は地面に落下した。


「……なんだ?」


 俺は身体を起こしながら、気配に耳を澄ませた。どこからか聞こえてくるローターの音に、俺は援軍が来たことを悟った。


「よし、形勢逆転だ」


 俺は雑嚢袋から生きているロープ『ブラックスネーク』を取り出すと、手近なニンジャに向けて放った。『ブラックスネーク』には知能があり、闇の中を滑るように移動すると、ニンジャたちの頸を次々と絞め上げていった。


「……小賢しい真似をしやがって。お前たちはこの場で俺が息の根を止めてやる」


 ニンジャたちが次々と地面に崩れる中、雷電は青白い火花を散らす爪をかざし、憎悪に満ちた目で俺たちを見据えた。


「くそっ……こうなったら」


 俺が次の武器を取り出そうとしていると、ブルが「待て、ゴルディ」と俺を押し留めた。


「こいつは俺が片付ける。一人だけ生き残ったせめてもの罪滅ぼしだ」


 俺はブルの強い口調に気圧され「わかった」と頷いた。


「ほう、やる気か。ようやく仲間たちの元に行く覚悟を決めたようだな」


 雷電はそう言い放つと鋭い爪のついた手を振りかざし、ブルに向かって突っ込んできた。


 ブルは突進してくる雷電の懐に飛び込むと、鋭い爪を紙一重でかわして左腕で肘をホールドした。そしてそのまま身体を捻ると、取り出したチェーンを雷電の首に巻きつけた。


「……なにっ?」


「これが六年前、お前たちにやれと言われて拒否した技『道化の絞首台』だ!」


 ブルはそう言い放つと雷電の後方に跳び、チェーンを手繰るように引きながら着地した。


「ぐえええっ」


 一呼吸遅れて雷電が後ろざまに倒れ、あたりの地面を揺るがせた。ブルはチェーンを離すと、白目を剥いて泡を吹いている雷電を見下ろした。


「脳に酸素が戻ったら、よく考えてみるんだな。自分が裏切ってきた仲間たちのことを」


 ブルがチェーンを拾って俺の方を向いた、その時だった。むくりと起き上がったニンジャの一人が、頭上の闇に向けてシュリケンを放つのが見えた。


「……しまった!」


 俺がそう叫んだ瞬間、バキンという音がしてローターの回転音が消滅した。


「わああっ」


 闇夜に悲鳴が尾を引いた直後、どすんという何かが地面に激突する音が聞こえた。


「畜生、やりやがったな!」


 ブルはそう叫んでニンジャを殴り倒すと、激突音のした方に向かって駆け出した。


「……ノラン、大丈夫か!」


 ブルがそう言って倒れている人影を抱き起こすと、壊れたローターの音と共に小さな影がむくりと身体を起こした。


「へっ、このくらいで死ぬようなノランさまじゃねえよ。……言ったろう?俺無しで潜入すると危ない目に遭うって」


 俺はノランの無事を知り、ほっと胸をなでおろした。先ほど俺を助けた一撃は、ノランが空中から放ったスリングショットの弾だったのだ。


「まったく無茶なことをしやがるぜ。下手すりゃ共倒れになってたかもしれねえってのに」


「……盗賊ノランさまを見くびるんじゃねええよ。ブルじゃあるまいし、ヘマなんかするもんかい」


 腰をさすりながら憎まれ口を利くノランに、ブルは「お前のお蔭で助かった」と言った。


「へへっ、なあにこれくらい余裕だぜ。とりあえず今夜の一件は貸しにして置いてやるよ」


            〈第四十六回に続く〉

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