第46話 暴走するお宝を止めろ


「……で?これからどうするんだ、ゴルディ」


「ちょうど首尾よくここら辺の警備を一掃できたからな。引き返して竹藪のところでシェリフたちと合流しよう」


 俺たちは回れ右をすると、『隠し蔵』の方に引き返した。


「ひゃあ、これ全部、お屋敷の中なのかい」


 密生する竹を目の当たりにしたノランが、呆れたようにそう漏らした。


「この奥に『隠し蔵』があるのさ。様子を見て、動きがないようなら中に分け行ってみる」


 俺が呟いたその直後だった。めきめきと竹を薙ぎ倒す不穏な音が聞こえ、隙間から巨大な物体が姿を見せ始めた。


「なっ……なんだあっ?」


 竹をへし折りながら俺たち怨間に姿を現したのは、キャタピラのついた『脚』で数メートルの高さに持ち上げられた『隠し蔵』だった。


「なんてこった、蔵自体が自力走行できる『乗り物』だったとはな」


「ゴルディ、見ろよあれ」


 ノランの言葉に上を見た俺は、目に映った光景に絶句した。二階の窓から触手のような多関節アームが外につき出し、その先にがんじがらめになったシェリフとジニィがいた。


「畜生、盗みに入ったところを逆に捕虜にしたってわけか。いけすかねえ蔵だぜ」


「どうする?」


「とにかく二人を助けるのが先決だ」


 俺がそう口にした直後、正面の壁に据えられた『家紋』が赤く輝いた。危険を察した俺たちが咄嗟に散開すると『家紋』から一条の光が放たれ、足元の芝生を水平に焼き払った。


「ふん、正面からいけばレーザーで焼かれ、回りこめばキャタピラで潰されるってわけか」


 俺は姿勢を低くしたまま、どうにか二階の窓に近づく方法はないか知恵を絞った。


 ――二人に当たらないように、ここからアームを狙い撃ちできるか?


 考えに詰まった俺が強硬策を案じかけた、その時だった。ブルに何やら耳打ちしていたノランがこちらを向き「ボス、俺たちに任せて」と口を動かすのが見えた。


「なんだって?いったい、何をする気だ?」


 俺が小声で応じると、ノランは「まあ見てなって。……ボスはあいつを引きつけてて」と片目を瞑って少し離れた場所に移動した。


 俺は要領が飲みこめないまま銃を構えると「さあこい化け物」と叫んで敵を挑発した。


「気をつけろゴルディ!」


 宙づりになったシェリフが警告を放つと、『家紋』が再び赤く染まった。


 ――あいつら、何してやがるんだ。


 俺がさすがに焦りを覚えた、その時だった。背後でぎし、ぎしと何かが軋む音がしたかと思うと、突然「いいぞブル、今だ!」というノランの声が聞こえた。次の瞬間、ひゅんという風を切り裂く音が響き、黒い塊が夜空を横切って二階の窓に飛び込むのが見えた。


「――ノラン?」


 咄嗟に振り変えると、揺れている一本の長い竹とその傍らにへたり込んで荒い息を吐いているブルの姿が見えた。どうやらあの竹を使ってノランを蔵の窓まで飛ばしたらしい。


「ノラン、無茶するな!」


 俺は二階の窓に向かって叫ぶと、ブルのいる場所まで後退した。そのままノランの動向を固唾を飲んで見守っていると、やがて『家紋』からふっと光が失せ、シェリフたちを拘束しているアームがするすると窓の中に引っ込み始めるのが見えた。


「……やったのか?」


 キャタピラの唸りが消えて不気味な静寂が漂った、その直後だった。ふいに蔵の扉が音を立てて開き、二階の窓から「オーケー、おとなしくさせたぜ。遠慮せずに入って来な」とノランの声が聞こえた。


「あいつ、調子に乗りやがって」


 俺とブルは開け放たれた入り口に飛び込むと、一階の壁際にしつらえられた急な階段を上って蔵の二階へと上がった。天井こそ低いものの、二階は想像以上に広く大小の箪笥や行李でびっしりと埋め尽くされていた。


「へへん、見ろよ。あの箪笥の中に蔵の制御装置があってさ。適当にスイッチを切ったらたちまちお寝んねしちまったよ」


 俺は得意げに武勇伝を披露するノランを適当にあしらい、シェリフに「巻き物は見つかったか?」と尋ねた。


「ああ、探しているお宝かどうかはわからないけどね」


 そう言うとシェリフは俺の前に紙の箱を掲げてみせた。蓋を取ると中には確かにロールされた紙が収められており、俺は手袋を付けた手で巻き物を取り出した。


「なあゴルディ、マキモノもいいけどさ。……見ろよこれ。壺もカケジクも、小判だってあるぜ。思った通り宝の山だ」


 俺ははしゃぎまわるノランには目もくれず、巻き物の中身をあらためた。さすがに詳細はわからなかったが、なにかの製法を記した物であることは容易に察せられた。


「これだ……間違いない」


 俺が巻き物を箱に収め、雑嚢袋にしまうとジニィが木箱のような物を手に近づいてきた。 


「ねえゴルディ。これ何かしら」


 ジニィから木箱を受け取り、中をあらためた俺は一瞬、言葉を失った。


「……これは!」


 木箱に収められていたのは、ガラスによく似た物質できた円筒だった。


「おそらく『魔鏡筒』のサンプルだ。製法を記した巻き物と一緒に現物もあったとは……」


「こいつがあれば、試作品を作る手間が省ける。……ようしみんな、急いでずらかるぜ」


「……待ってくれゴルディ。これだけのお宝を担いで無事に敷地から出るのは一苦労だぜ」


 大きな壺を担いだブルが、肩をすくめながら言った。


「まあそうだろうな。担いで行きたければ好きにしたらいい。俺は手ぶらで行くぜ」


「どういう意味だ、ゴルディ」


「見たところこの蔵の制御装置はマニュアルでも動かせそうだ。なにせノランでも止められたんだからな。……となればわざわざ外に出て行く必要はない。お宝ごと脱出しようぜ」


「お宝ごと?」


「ああ。こいつを暴走させて塀を突き破る。そしてそのままアジトへご帰還というわけだ」


 唖然とした表情で俺を見つめるブルに俺は「いい考えだろ?」とと片目を瞑ってみせた。


             〈第四十七回に続く〉

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