第38話 お尋ね者に暁光あれ


「……ちょっと待て、止まってくれ」


 下の階に続く踊り場で俺は足を止め、後に続くクレアを押しとどめた。下から銃声らしき音が聞こえてきたからだった。


 ――手を上げろ、盗賊ども!


 続いて聞こえて来た声に俺ははっとした。サンダースの親父だ!貨物室で捕り物が行われているということは、荷物を狙う別動隊がいたということか。まずい、このままでは『家宝』が奪われてしまう!


 俺は自分が偽の貴族だということも忘れて貨物室に飛び込んだ。中では予想通り、積みあげられた貨物を背にした水上盗賊と、おなじみの赤毛が睨み合っていた。


「ああ、私たちの荷物が……保安官殿、どうか手荒な真似はおやめください」


「あなたは?……どこかで見たような。……まあいい、下がっていて下さい。とにかくこいつらは全員、この場で逮捕します」


 俺が目いっぱい情けない声を出したにも拘らず、赤毛の保安官はここで大立ち回りをするつもりらしい。


「さて、忍び込んだはいいがどこへ逃げる?俺が追ってるネズミとはちと違うようだが、この際だ、悪事を働くやつは容赦なくしょっ引くぜ」


 俺は盗賊から少し離れた場所にグレッグの荷物があることを確かめると、なんとか騒ぎを起こしてあそこに近づけないか、算段を始めた。


「投降しないつもりなら、撃たれるのを覚悟するんだな。いいか、逃げても無駄だ。下手に動くと致命傷になるぞ」


 そう脅しをかけつつオット―が盗賊に銃の狙いをつけた、その時だった。

 盗賊の一人が巻貝のような物を吹き、甘い匂いが広がるとともに足元がふらつくのを覚えた。オット―が膝から床に崩れ、俺は必死で息を止め、顔を擦った。


「あいにくと同業者にその手は通じないぜ」


 俺はふらつきながら前に出ると、室内を物色し始めた水上盗賊に鞭を放った。

 一人を床に転がし、一人を木箱で壁に押しつけると、俺はグレッグの荷物を手に出口へと引き返した。クレアに先に出るよう促し、後に続こうとした瞬間、ズボンの裾を掴まれる感触があった。


「……貴様、ゴルディだったのか」


 振り返ると、中腰で俺を睨みつけているオットーと目があった。……しまった、さっき顔を擦った時にファンデーションが剥げ、頬の傷が剥き出しになったのに違いない。


 俺がオットーの手を引き剥がそうとじたばたしていると、脇からクレアが風のように現れてオットーの頭にショールをかぶせた。


「むっ……何をするっ」


「保安官よ、職務に熱心なのは結構だが仕事のしすぎだぜ。貴婦人の香りでも嗅いで、しばらくおねんねしてな」


 ショールをかぶせられて数秒後、俺の裾を掴んでいる力が緩み、寝息が聞こえ始めた。


「いい夢をみるんだぜ、パパ」


 俺たちは楽器を抱えてやってきた階段を逆に辿ると、再び船側の通路に出た。後部甲板に向かって移動を始めたその時、俺たちは角から現れた水上盗賊に行く手を阻まれた。


「いいところで会った、偽貴族。その楽器をこちらに寄越せ。断れば仲間が死ぬ」


 そう言って盗賊の一人が背後に目を遣ると、両手を縛られたブルとノランが現れた。


「お前たち……くそっ、卑怯だぞ」


「水上の盗賊と陸上の盗賊とで交換と行こう。楽器を寄越せば仲間を返す。返答を渋れば仲間たちは直ちにワニの餌になる」


 水上盗賊のリーダーと思しき精悍な面構えの男が言った。くそっ、やむを得ないな。俺が楽器の入ったケースを体の前に押し出そうと手をかけた、その時だった。


 突然、立て続けに銃声が響いたかと思うと、盗賊たちが次々と床の上に崩れるのが見えた。


「……何だ、一体?」


 俺が呆然としていると、倒れた賊の背後からモーガンと恰幅のいい男性が姿を現した。


「昼間は気の毒なことをしたな、農園主殿。これで勘弁してくれ」


 モーガンはブルに向かってそう言うと、左腕に装着されたミニガンをひけらかした。


「右腕は言った通り普通の腕だが、左は機械仕掛けの義手だ。アームレスリングの時はこの左手でテーブルを掴んでいた。隠していたのは我ながらフェアじゃなかったよ」


 モーガンがそう告白すると、ブルはぐったりしたまま「いまさら遅えよ」と言った。


「助かったよ大佐。……悪いがそこを通してくれないか」


 俺が礼を述べると、モーガンは「おっと、そうはいかない」と顔の前で指を振った。


「助けてはやったが、逃がしてやるとはひとことも言っていない。お前さんの身柄は私が確保して、保安官に引き渡す」


「……そりゃあないぜ、まったく融通の利かない紳士だな」


 俺が愚痴ると、モーガンの隣で控えていた男性が口を開いた。


「さて、楽器も手元に戻ったことだし、今夜の余興はこのくらいにしよう。……ノラン、まさか盗賊に身を落としているとは思わなかったぞ。我儘はこのくらいにして、いい加減に家に戻るんだ」


 俺ははっとした。どこか見たことのある顔だと思ったらこの人物はノランの父親、アシュレイ家の当主じゃないか。


「ふん、グレッグを無理やり結婚させようとする親の言うことなんて聞くもんか。第一、盗賊は立派な仕事だ。こう見えてもゴルディ一家の中心メンバーだぜ」


 ノランのやけ気味の口上にアシュレイ家の当主が両肩をすくめた、その時だった。


「……そこまでよゴルディ、手を上げなさい!」


 いきなり背後から名を呼ばれ、振り返ると俺に銃口を向けている赤毛の娘が見えた。


「ジュリーか。親父に続いてまた面倒な奴が出て来やがった」


「私はパパと違って容赦しないわよ、ゴルディ。五つ数える間に両手を上げないと、頭を吹っ飛ばすからね」


 ――やれやれ、前門の軍人、後門のじゃじゃ馬ときたか。


 俺はクレアの方を見て「どうする?」というように小首を傾げて見せた。クレアが「仕方ないわね」というように片方の眉を上げて見せると、俺は再びモーガンの方を向いた。


「どうやら観念してお縄につくしかなさそうだな。……やれやれこれで盗賊ゴルディも年貢の納め時ってわけか」


「往生際が悪いわよ、ゴルディ。ぶつくさ言わずに両手を上げなさい」


 ――行くぞクレア。『パラスアテナ』だ。


「それじゃ数えるわよ。五…四…三…二…」


「――今だ!」


 ジュリーが「一」と言うのと同時にクレアの顔が強烈な光を放った。


「……うっ、小癪な真似をっ」


 クレアの頭部を使って窮地を脱する『パラスアテナ』だ。周囲が白い光に包まれる中、俺たちは四人は一斉に後部甲板に向かって駆け出した。角を曲がる直前、背後で誰かが足を止める気配があり、小さく「……ごめんよ、パパ」というノランの声が聞こえた。


 ――ふむ、坊主の……いや、お嬢さんの親離れってとこか。大人になったな、ノラン。


 俺は背後の足音が再び俺たちを追いかけ出したのを聞きながら、ふっとほくそ笑んだ。


              〈第三十九回に続く〉

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