第29話 真面目じゃない決闘


 角を曲がった俺は、とりあえず近くの宿屋らしき建物にとびこんだ。

 窓からは通りがうかがえたが、対等な条件ならこちらが的になる確率が高い。俺は一定の感覚で己の姿を空中に映し出す小型プロジェクターを窓の下に置くと、建物の奥へと進んだ。


 ――こうして影武者を仕掛けておいても、いずれは追いつかれるな。


 俺は宿屋の裏庭に出ると、一対一で撃ち合いになった場合の姿を思い描いた。だが、脳裏に浮かぶのはホルスターに手をかけた瞬間、心臓を撃ち抜かれている己の姿だった。


 ――だめだ、どのみち奴より早くは抜けない。早撃ちじゃあとても勝ち目はない。


 爆薬、レーザー、ガス……どんな武器よりも奴の腕の方が勝っている気がして、俺の背筋を生まれて初めて「本物の恐怖」が駆け抜けた。しかしだからといってここでじっとしていても、いずれ奴の的になるだけだ。


 唸りながら通りに出るタイミングを図っていると、どこからともなく無数の羽音が聞こえてきた。音のする方に顔を向けると、庭の木の周りを数匹の蜂が忙しなく跳びまわっているのが見えた。この音で足音が消せるなら、苦労は無いんだが。そこまで考えた時、俺の中である考えが唐突に形を成した。


 ――撃ち合ったら負け、か。……ひとつガンマンに盗賊流の決闘を教えてやるとするか。


「十分経ったぞ、盗賊」


 俺は裏庭を飛びだすと、プロジェクターをリモコンで起動させた。樽の陰に隠れてしばらく息を潜めていたが、敵が撃ってくる気配はなかった。ホログラムなどはなから構う気はないのだろう――そう思っていると突然、頭の上で樽に銃弾が弾ける音が響いた。


「無駄だ盗賊。どこに隠れようと、私の狙撃を逃れることはできない」


 駄目だ、俺の動きはすべて読まれている。俺は樽の陰から出ると、通りをジグザグに書けた。俺の足元で小石が立て続けに撥ね、俺は町のあちこちに置かれた木箱や飼い葉桶の陰に身を潜めながら、一騎打ちの準備をした。


「そろそろ遊びは終わりにしましょう。ゲートの前で待ってます」


 シェリフの勝ち誇ったような声が響き、あたりがしんと静まり返った。俺は覚悟を決めると裏手からバーに入り、フロアを横切ってスウィングドアからメインストリートに出た。


「ようやく覚悟ができましたか、盗賊さん」


 シェリフは両腕を体の両側にだらりと下げた格好で、笑みを浮かべて俺を出迎えた。


「なるほど、古式ゆかしい果たし合いってわけですか、ガンマンの旦那」


 俺はポケットからコインを取り出すと、顔の前に掲げてみせた。


「気取ってると思うかもしれないが、こいつを投げて地面に落ちた瞬間に撃つ。どうだ?」


「いいでしょう。いつでもどうぞ」


 シェリフは両腕を下げたまま、落ち着き払った口調で言った。


「俺を撃つ時は心臓を一発で頼むぜ。苦しみたくないからな」


 俺は手頸のスナップを効かせると、コインを空中高く放り上げた。俺がホルスターに手をやった時、相手はすでに銃を抜いていた。だが、コインが落ちるのと同時に声をあげたたのは敵の方だった。


「うっ……何だっ」


 肩に取りつけた『水鉄砲』の液体を顔面に浴びたシェリフは銃を落とし、顔を覆った。


「悪く思わないでくれ、ガンマン。抜かせたら終わりだと思ってたんでね。ちょっとフライングだが手を動かさずに撃たせてもらったよ」


 俺はシャツをはだけると、肩に取りつけた水鉄砲を露わにした。靴の中に仕込んだポンプで液体を発射する仕組みで、これなら拳銃を抜く素振りなしで相手の不意を衝ける


「そうか……一騎打ちと見せかけて油断させたんだな。それにしても……これは何だ?」


 シェリフが顔面にへばりついた物質と格闘し始めた時、どこからともなく低い羽音が聞こえ始めた。思わず空を見た俺の目に、黒いもやのような物が映った。町のあちこちから集まって来た蜂の群れだ。あの物質には蜂を引きよせるフェロモンが含まれているのだ。


「わああああっ」


 俺は両手で顔面を覆い、地面に両膝をついたシェリフの前に静かに歩み寄った。


「アンフェアかもしれんが、まともな決闘じゃ勝ち目がなかったんでね。許してくれ」


 俺はシェリフのベストについているポケットを弄ると、弾丸のような物体を探りあてた。


「なるほど、こいつが解毒剤ってわけか」


 弾丸を真ん中でひねると二つに分かれ、ガラスに入った液体が姿を現した。


「こいつは貰って行くぜ。……それと、あんたの身柄もだ」


「う……なんだって?」


 やっとのことで特殊物質を引き剥がしたシェリフは、なおも群がろうとする蜂の群れを追い払いながら言った。


「決闘のやり方はどうあれ、負けた以上は盗賊の捕虜だ。文句は言わせねえ」


「捕虜だと……拘束か。それとも処刑か」


「どっちでもない。これからは自慢の腕を俺たちのために使うんだ」


「盗賊の?」


「立てるか?盗賊ゴルディ一家のアジトにご招待するぜ。一匹狼の旦那」


 俺が取り落とした銃を手渡すと、シェリフは一瞬、悔しそうな目をして立ち上がった。


「私も墜ちた物だな。自分が捕えるはずだった盗賊の手下にさせられるとは」


「とんでもない。これからは卑怯な手を使わずに済むんだ。感謝してもらわなくちゃ」


 ホルスターに銃を戻し、再びガンマンに戻った男の背を叩くと、俺は自分の手配写真が貼られた柵を一瞥してゲートを出た。


              〈第三十回に続く〉

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