第10話 突然、家主のごとく
端末が薬缶についてる笛みたいな鋭い音で俺を起こしたのは、野蛮な太陽が再び顔を出そうかという時刻だった。
俺は窮屈なソファーから跳ね起きると、足元のバッグを弄った。取り出した端末の画面上にはクロスのアイコンが瞬いていた。ありがたい、これでやっとホームシックから解放される。俺は通話をオンにするとスピーカーに耳を押し当てた。
「ゴルディ?……モーニングコールにはちょっと早いけど、レーダーがあなたらしき車両を捉えたの。今どこにいるの?」
この世で最も信頼できる女の澄んだアルトが俺の耳をくすぐった。
「おそらく我が家の近く、一キロと離れていない場所だ。出かける時に転がってたバイソンの頭蓋骨が消えちまってるが、何となく石ころの形に見覚えがある」
「そう。じゃあ鍵を外して待ってるわ。ハンサムなレンジャーたちが先に乗り込んでこないよう、急いで帰ってくるのよ、いい?」
「了解、
「御者ですって?……あなたいったい、何に乗ってるの」
「クラシックな幌馬車さ。まあ見てのお楽しみだ」
俺は相棒との甘いひとときを終えると、簡易ダイニングを横切ってけん引車両に続く扉を開けた。
「おいジム、もうじき俺のアジトに到着する。合図をしたら馬車を止めてくれ」
運転席に向かって声をかけると、ジムはこちらに背を向けたまま、鼻を鳴らした。
「随分と近いな。……だがこのへんには岩山しかないぞ。わしらを日干しにする気か?」
「その岩山が俺の塒さ。十字架の形をした骨みたいな木が目印だ」
「ふむ、一応、受け賜っておこう」
ジムが頷くのをたしかめた俺は、荷物をまとめるためにトレーラーの中へと引き返した。
俺のアジトには入り口を示す目印という物がない。隠しカメラのある位置に立って「開けゴマ」と叫ばなければ、俺の用心深い相棒は決して秘密の扉を開けてはくれないのだ。
俺がシャワーを浴び、ノランが目を擦りながらダイニングに姿を現した時、ジムがおもむろに馬車を止めた。俺は朝食もそこそこにトレーラーを飛びだすと、目の前に立っている『殉教者の木』へと駆け寄った。
一方の枝が示す方角に向かってしばらく歩くと、赤茶けた岩肌が俺の行く手を阻んだ。俺は岩の色がほんの少し変わっているあたりに視線を据えると、おもむろに息を吸った。
「開けえ、ゴマっ」
気恥ずかしくなるような呪文を唱えて待っていると、やがて岩の一部に亀裂が入り、地鳴りと共に左右に開いた。
「オーケー、クレア。ついでに後から来るでかい車も入れてやってくれ」
俺が現れた扉に向かって叫ぶと、すぐ脇の壁面が大きく開いて巨大な格納庫が現れた。
「おおいこっちだじいさん。このくらいの広さがありゃあ、十分だろう?」
離れた場所に停まっている幌馬車に向かって叫ぶと、巨体が俺のいる方に向かってゆっくりと動きだすのが見えた。俺は怪物の姿が無事、格納庫に消えるのを見届けると、懐かしい我が家のドアを叩いた。
「ようし、格納庫のハッチを閉めてここを開けてくれ。ご主人さまのお帰りだ」
「鍵ならいつでも開けられるわ。……でもごめんなさい、ゴルディ。あなたが本物かどうかをちゃんと確かめないと中へは入れられないの。二つ目の合い言葉、わかるでしょう?」
俺は一つ咳払いをすると、相棒の優しくも非情なリクエストに「当然さ」と応じた。
「開けてくれないと、俺の涙でこのへんが海になるぜ、ハニー」
ドアが解錠される音が響き、俺はようやく懐かしいアジトに戻れたことを実感した。
〈第十回に続く〉
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