第8話 招かれてしまった客


「なんだあ、ありゃあ」


 ブルが二、三歩後ずさって驚きの声を上げた。バギーとバイクを合わせたような巨大車両が、幌馬車を思わせる屋根を持った長さ数メートルほどのトレーラーをけん引していた。 


 謎の乗り物は速度を落とすと、制御車両の手前数メートルの場所で動きを止めた。


「おおい、ジム!賞金首を二人連れてきたよ。ドアを開けてくれ」


 ノランが叫ぶと、運転席のドアが開いてひどく小柄な年配男性が姿を現した。


「小僧、このわしをこんなところまで呼びつけるとは、いい度胸だ」


 車体の梯子を伝って降りてきた男性は、地上に降り立つとノランよりも背が低かった。


「まあ、そう固い事言わずにさ、ジム。……それより俺が助けてやったうちの一人はすげえ奴だぜ。今をときめく賞金首『泣き虫ゴルディ』だ」


 ノランが気恥ずかしくなるような前口上と共に、俺を目で示した。


「なにっゴルディだと?こいつがか。……少し違うような気もするが」


 ジムと呼ばれた男性は禿げ上がった額を俺の方につき出すと、丸眼鏡の奥から鋭い眼差しを寄越した。こうなったら仕方ない、俺は左の頬に貼りつけた有機被膜を剥がし、横顔が見えるよう顔を動かした。


「その頬の傷……手配書とそっくりだ。するとお前さん、本物のお尋ね者ゴルディか」


 咥えていたパイプを口から離し、目を丸くしているジムに俺は不承不承、頷いてみせた。


「いかにもその『泣き虫なんとやら』さ。俺を嫌う連中は『腰抜けゴルディ』と呼ぶがね。


「ううむ、信じられんな。しかし確かにそのハリネズミみたいな前髪はゴルディのものだ」


「ああ、これかい。手配書じゃ金色に描かれちまってるんで、今は茶色に染めてるがね」


 俺は前につき出している尖った前髪を触った。手配書に似なくするなら切ってしまえばいいのだが、前髪だけが生まれつき金色というのは俺のアイディンティティでもある。


「まあいい、どうやら追われる身のようだし、しばらくの間、身を隠す場所を提供してやろう。わしは『酔いどれジム』。このキャンプングトレーラーは『レインドロップス号』だ」


 農夫のようなオーバーオールに身を包んだジムは、ひょこひょことトレーラーの方に移動を始めた。やがて何かの装置が起動する音が聞こえ、トレーラーの一部が開き始めた。


「さあ、入るがいい賞金首ども。……「助けてやった」などと言っとる嘘つき小僧もな」


 ジムの号令に、俺たち三人はまるで飼いならされた家畜のようにトレーラーの入り口をくぐった。トレーラーの内部は外見からは想像がつかないほど広く、簡易キッチンにダイニング、ソファー、ベッドがあった。


「どうかね、わしの家は。レンジャーの官舎よりよほど立派だろうが」


 ジムがパイプを咥えたままにやにやと笑ってみせたが、ノランがベッドに身体を投げだすと「こら小僧、そこはわしのベッドだ。寝るならソファーにしろ」と釘を刺した。


「ところでジム、俺たちをどうする?保安官かレンジャーに引き渡すか?」


 俺が問いかけると、ジムは「さあて、どうしたものかな」と言って顎をさすった。


「……そんなことをするくらいなら、中で休ませたりはせん。ちょうど人手が必要だったところじゃ、ひと働きしてもらおう」


「働くっていったって、何をすりゃあいいんだい、爺さん。俺たちは盗みが専門だぜ」


「少し前から『レインドロップス号』に積まれとるティアドライブの具合が悪くてな。治るまで色々な物を手動で動かさねばならん。たとえば、シャワー用の水を川からタンクまで運んでくるとか、オーブン用の薪を調達してくるとか」


 ジムは一般家庭のリビングと大差ない車内を見回しながら言った。なんてこった、電力で賄っているとばかり思っていた調度が、全て『ティアドライブ』に依存していたとは。


「ジム、どうしてこんなキャンピングカーに『ティアドライブユニット』が積まれてる?」


「知りたいか?じゃがな、物事には順序という物がある。まずはこの先の渓谷まで移動して、水汲みじゃ。特にそこのでかいの、よろしく頼むぞ」


 ジムに目で訴えかけられたブルは「ちっ、しょうがねえな」と腕組みしたまま頷いた。


「ノラン、谷についたらお前さんは車体を洗え。ちゃんと隅々まで綺麗にするんだぞ」


「ひどいや、ジム。せっかく賞金首を二人も捕まえてきたってのに、この仕打ちはないぜ」


 ぶつくさ不平を並べるノランを尻目に、ジムはけん引車に通じるドアへと姿を消した。


               (第九回に続く)

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