月十夜 ~Another Story~

長門拓

The 3rd Year

 小雨はなかなか降りやまない。

「ねえノイド、雨はあとどのくらいで止むの?」

 そう声を掛けると、無機物むきぶつのように静かだったノイドから、徐々に電子音が鳴る。

「……雨はアト、三時間ほど降る見込みデス。ちょうど今日、東日本のホボ全域が梅雨入りしたとの、気象台発表を受信してオリマス」

「梅雨はイヤだな……ジメジメするし、お外で遊びにくくなるし」

「私モ、梅雨の時期にメンテナンスをオコタると、レンズにカビが生えやすくナリマス」

「そういえば、パパも水虫がひどくなりやすいって言ってた」

「解析致シますと、乾燥した地域デ生活シテル時には症状が出なくとも、湿度の高い条件化に置かれると、急に悪化するパターンも珍しくナイヨウデス」

「小雨だし、走って帰らない?」

 何となくカビと水虫から話題をそらしたくなって、僕はそう言った。

「ソレは困りマス。雨に濡れるコトは故障の原因デスノデ」

「僕は故障しないんだけど」

「デモ、ゴ主人様が風邪を引かれる場合もアリエマス。そうなると、オ母様やオ父様に申し訳がタチマセン」

 義理堅ぎりがたい、とは、ノイドの性格を評したママの言葉だ。

 

 街外れの公園で遊んでいると、急に雨が降り出した。

 一緒に遊んでいたノイド(フルネームはノイド1号)はいち早く、野ざらしにされた廃バスの中に避難していたのでほとんど濡れていない。

「雨宿りをしてるならしてると、ひと言欲しかったな……」

 姿の見えないノイドを探して、数分公園内を探し回ったので、僕はわりに濡れていた。

「申し訳ゴザイマセン……オ詫びと言ってはナンデスガ、体内光子炉タイナイコウシロをヒートアップさせますので、それでダンを取ってクダサイ」

「それは何か怖いからいい」

 却下きゃっかした。

「ムギュ……」

 しおらしくうなだれた(ように見える)ノイドの姿が何だかおかしかったので、僕は笑った。


 両親が軍の研究所で共働きをしてるので、一人でいることが多い僕をおもんばかって、ママがノイドをプレゼントしてくれたのは、ちょうど三年前のクリスマスの日だ。

 パパの話では、試作品の稼働実験かどうじっけんという名目もあるらしい。

 もらったその日に、すぐにデータを入力して稼働させた。だから、ノイドの誕生日は十二月二十五日で、もうすぐ三歳ということになる。

「試作品の第1号だし、名前は『ノイド1号』というのはどうだ?」

 そう言ったパパの言葉に反論はしなかったが、正直ダサい、と思った。


 ノイド1号は料理や掃除、洗濯もこなす、かなり高性能のロボットらしい。

 ネットワークに常時じょうじアクセスされており、リアルタイムで世界中の情報に触れることが出来る。必要であるなら、パパやママのスマホと通話することも出来る。

 本格的に商品化したら、「歩くスマホ」というキャッチコピーが付けられるとか付けられないとか。これはママから聞いた。

 ただ個人的な感想を言うと、あまり高性能という感じはしない。

 よくドジもするし、家事も失敗する。

 おかげで、僕の家事スキルは、ノイドのフォローも含めて、随分上達した。

「ウイルススキャン中のコトとは言え、オ役に立てず申し訳アリマセン」

「気にしなくていいよ。自分で作るのも好きだから」

 ロボットの気遣いをする小学生なんて、僕だけだろうな。

 チキンライスを盛った皿の上に、ふわとろに火を通した卵をのせる。

「そういえば、ノイドのようなロボットの汎用化はんようか実用化じつようかはまだなの?」

「解析シテマス、解析シテマス。……申し訳アリマセン。ソノ辺りは軍事機密ぐんじきみつのフィルターが掛かってオリ、アクセスが不可能デス」

「……きな臭いって言うのかな、こういうの」

 出来上がったオムライスを頬張りながら、卵が残り少なだから買いに行かなきゃだな、とか考えてた。

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