第89話 星祭

 報告会は朝、日の出とともに始まった。


 この世界の住人は揃って日の出の前から活動を開始する。それは、王様も例外ではないらしい。女神は太陽の化身、女神の眼下で悠長に寝るのは失礼に当たるそうだ。ほーっ、あれは太陽神だったのか。日本と同じだ、ちょっとは親しみが湧いたな。あれ? 太陽神なのに女神が2人も居るじゃないか。


『何を言っているんですか』

『2つあるじゃないですか』

『お嬢様の節穴と同じ数ですよー』


 即座に入る3馬鹿のツッコミ。敬虔な女神教徒であるニジニ勢からの視線も痛い……

 ええぇ……? だって太陽など恒星の周りを地球を含む惑星が回るんであって…… ここだって同じ関係でしょ? 恒星が2つある場合ってあるの? 本当に? 1年居て何度か陽の向きを確認する機会はあったが、まったく気付かなかったけど。いやいや、空を見上げても太陽を注視する機会なんて、そんなにないでしょう? いや、ホントに。


『まあまあ、

 重なって1つに見える時期もありますから』


 おおう、弟殿下だけがフォローしてくれる。あれだけ露骨に避けていた椿に気遣いするなんて…… なんと優しいヒトだ。さらに殿下は折角だからと、今から確認してみれば良いと、中庭の片隅にある小塔へ椿を案内してくれた。


 狭い小塔をシェロブと共に登る。この塔は飾りではなく、物見のためにあるようだ。天辺の部屋には、狭間のようなガラスのない窓があった。ここから実際に見てみろと言う訳だが、ふむ……


 ――高階から臨む首都の東、まだ登りきっていない赤い太陽が見えた。おお…… たしかに太陽が2つある! なんと、凄い! これが異世界だ! 今更だが、超ファンタジーじゃない? 後は還るだけと言う段になって、やっとこ素直にファンタジー要素を楽しむことができる。なんせ帰ったら間違いなく懲戒解雇クビになっているはずなんだ。職探しの前に、せいぜいバカンスを楽しむしかない。


 下から食事の準備が整ったと呼ばれるまで、どんどん光を増す2つの太陽を眺め続けた。




 ニジニ文化の朝食、菓子パンとコーヒーを腹に流し込みながらの報告会が始まる。


 椿は、マーリンの悪行を余すことなく暴露すると、後は弟殿下に任せてコーヒーを啜ることに専念した。アミダス王がどんな情報を欲しがっているのか分からないものだから、取り敢えず事実を並べ伝えたのみである。


 先代の聖女と勇者(魔王)が残っており、彼らが道中を共にしてくれたこと。マーリンにより、茜と先代の2人が送還されたこと。古代の勇者が霊穴を占拠していたこと。マーリンも勇者であり、霊穴の支配者に成り代わろうとしたこと。亜人は、ヒトが霊穴に近寄らないように男神が生み出したこと。ヒト側へ直接、働きかけられるように男神も勇者を喚んだこと。


 うむ、我ながら端的にまとまったのでは?

 次いでに言うと、王様もアレフ翁も男神の存在を知らなかった。


『男神に喚ばれた勇者もおるとはなぁ』

『亜人が男神の子とは興味深い……』


 うむ、男神も敬ってあげて欲しい。それと、霊穴が偶発的に発生するものではなく、悪意あるヒトの手によるものだと認識して欲しい。後を追うものがいると危険なので、周知しない方が良いとは思うが。偉い人は知っておくべきだ。

 駄目押しとして、南大陸ツアーに王様とアレフ翁を招待している。シェロブとカザンが居るから、壁を通るだけで見れるのだ。この灰色の世界を見ておけば、世界が死ぬ事象がどんなものかハッキリ解かる。


『霊穴を穿つ事は、

 女神を害する事を意味すると』


 ただ視界いっぱいの灰色が広がる。映画でもアニメでも漫画でもゲームでも、こんな手抜きの世界を用意したら怒りを買う。そんな世界が、霊穴を利用する代償だ。後は、指導者たちの仕事だ。自分たちで、こうならないようにしてくれ。アレフ翁の主張的には、この世界の住人は女神を愛して止まない。他所から来たヒトに警戒するのが、効率的だろうとの意見だが知ったことではない。


 すっかり日が昇った頃、ロムトスに向かうためにニジニを引き払う。例の立派過ぎる客間は、椿のために何時でも使えるようにしてくれていたようだ。使命を果たしてからは一度きり、昨晩だけの利用となったが、使用人たちに礼を言い別れを済ます。


 異世界人たちが一斉に姿を消しても留まる椿を気遣ってか、マーリンの使っていた文献を持ち出して良いと王様が言ってくれた。天啓を受けていないマーリンが召喚の魔法を使えたのは、古い記録が残っていたからだ。そこに送還の魔法も含まれるだろうと踏んでのことだ。かなりマーリンに好き勝手やらせていたようだな、王様は。


 申し出はありがたいが、すでに女神の呼び出しを受けている。明日には直接、女神に対峙するのだ。女神の手づから、送還してくれるだろう。……流石にしてくれるよね?


 危険な資料は破棄する必要があるが、その整理はアレフ翁に任せる。椿が帰還したとの情報が入るまでは、手元に置いてくれるらしい。素敵な気遣いだ。


 最後に殿下と、オリガ嬢に別れを交わして王宮を後にした。




 一行は、壁抜けの魔法で移動するために神殿へ向かう。道すがらの話題は当然、翌日に迫る女神との面会だ。女神が話題に上がると、シェロブが実に饒舌となる。なんせ、女神が地上に顕現するかもしれないのだ。先代の聖女、つまり魔女グラディスの召喚に際しては、女神が姿を表したと記録に残るらしい。


『女神様は何のお話をしてくださるのでしょうか』


『まあ、ツバキの帰還の話だろうさ』


『遂に、お嬢様とお別れになるのですね』


『おめでたいことじゃないですかー』


 悲しそうな顔をするシェロブもカワイイ。ああもう、叶うなら連れて帰りたいくらいだ、養子に迎えたい。まあ、女神の居ない地球になど興味はないだろうけど。


 さて、教会で見送ってくれるのはアレフ翁ただ独りである。星祭の準備で忙しいらしいから、ニジニの主な面々とは報告会で別れを済ませている。まあ、少し寂しい気もするが仕方ない。物語なら、世界が救われた記念パレードでもありそうだが、この世界の住人的には星祭の方に意識が行っている。

 皆にしてみれば、気付かない内に世界の終わりが近づいていて、気付かない内に回避されただけである。そもそも、聖女が喚ばれたことも、それを送り出したことも知る人は少ない。感謝しろなど、無理があると言うもの。椿も、そこまで厚かましくない。ただし、女神は別である。奴には最大級の感謝の言葉と、土下座を要求しても足りない。


『それでも私だけは、そなたの功績を知っておるぞ』


 などと言わんばかりの顔をしているアレフ翁に見送られ、ニジニを後にした。




 ロムトスの神都は、星祭の準備で賑わっている。


 地球では、冬至は12月の20日頃だ。新たな陽の巡りに、古い汚れを持ち越さないように、皆が懸命に街中を清めている。うん、雰囲気はまさに年末の大掃除のそれである。


 椿自身が拉致られた季節と一致するからだろう、少し感傷的になってしまうな。


 ここで皆を少しでも手伝うと、帰ってから自分の部屋の大掃除もして二度手間になりそうだ。などと考えたが、そもそも部屋が残っているか分らない。家賃は銀行口座からの引き落としだが、確か4月には契約の更新があったような…… 書類の取り交わしがない以上、賃貸契約は解約だろう。ああその場合、部屋の荷物はどうなるんだろうか。


 優勝トロフィーとか破棄されたら、自分の人生の軌跡を消されるみたいで地味にショックだと思う。通帳も印鑑も置きっぱなしだ。勝手に整理されて、誰かの懐に入っていないだろうか。祖父母に整理が任されていれば助かるのだが……


 もうすぐ帰れると言う期待が、現実的なすり合わせを呼び込んでくる。


 ロムトスに入り直行するのはイリヤお爺ちゃんのアトリエだ。ロムトスのイカレ王と、そのバカ息子には別段の用がない、無視だ。明日も直接、神殿に向かえば良い。神殿で良いんだよね?


『ツバキや、戻ったか。

 シェロブもご苦労だったな』


 私には? などと期待顔のスターシャやポーシャにも、労いの言葉を配るお爺ちゃん。ため息と呆れ顔付きの言葉にも2人は満足そうだ。ああ、実家に帰ってきた気分だよ。


『折角だから、ツバキも祭りを見てきなさい』


 明日だと思ったら、今日だったのか。


『正確には、今日の夜からですね』

『徹夜で祝うんですよ』

『その代わり、明日の日中は誰も起きてきませんよー』


 なるほど、大晦日と元日だ。ここでは寝正月が標準なんだな。女神との面会が明日なのは、人払いが自動的に済むからだ。女神の休日も糞もないのかも。


 まあ、祭りはそんなに興味がない。お爺ちゃんとお茶するほうが良いな。ニジニでやった報告会のように、この場で色々とお話しすることにしよう。よく考えたら、明日でお別れかもしれないのだ。少しでも一緒の時間を増やしておこう。


 日が落ちる頃に、話も尽きた。半分以上が愚痴になったが仕方あるまい、お爺ちゃんは嫌な顔ひとつせず最後まで聞いてくれた。立派なオトナは懐が深い、満足である。


 椿は行くつもりがなかったが、スターシャにポーシャがソワソワしていたので祭りに繰り出す。王宮、いやこの場合は神殿に向かう通りが会場となっている。神社の参道に屋台が並ぶのと同じだ。通りは街全体に及ぶので、街中が馬鹿騒ぎの渦になる。半年過ごしたこの街の住人たちは、同じ半年を離れていても、椿を覚えていてくれた。まあ、黒髪と言うインパクトがあるからな。異邦人が努力して、自分たちの言葉を覚える姿も、単純に共感を呼んだのだろう。今でも親切にしてくれる。


 おばちゃん達とお茶をしている内に夜も更けてきた。


『明日は早いんだから、程々にしなさいよ』


 スターシャとポーシャは残る積もりらしいが、椿は退散である。


『大丈夫です、お嬢様!

 今日は寝ませんし』

『一日くらい平気ですよー』


 くっ、若さか……

 椿的にはもう眠気が襲ってきている。日が沈むと寝る暮らしを一年続けたのだ、もう習慣になっているし。決して歳のせいではないと言っておこう。


 2人を街に残し、お爺ちゃん宅に戻る。何故か起きていたお爺ちゃんに、おやすみの挨拶をしてから部屋に戻った。お湯を使って身支度すると、すぐに強烈な眠気が襲ってくる。ベッドに入った記憶も残らないくらい、深い眠りが訪れた。もう、心配事は皆無だからな。


 おやすみ。

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