第85話 役割
魔王のおっさんは、女神ではなく、男神により呼び出されたらしい。おっさんは茜が次代の魔王だとも言っていた。黒い魔力持ちは勇者ではなかったか? 椿と一緒に喚ばれたのだ、茜の召喚も女神の手によるものだろう?
分からない事が増えていくばかりだ。
神といえば2人の女神が思い浮かぶ。絵本、そしてイオシキー大司教から借りた聖典にも、女神しか現れない。まあ、都合のよい存在だけを
ともかく、男神は居るのだろう。
で、それに喚ばれた魔王は、どんな使命を帯びたのだ。
『儂が仰せつかったのはヒトの排除だ』
なんとも物騒な使命だな! 魔王らしいけど!
『何も滅ぼせと言われたわけではない』
霊穴に集る蛆虫たるヒトを除け、と言われたそうだ。
『遥か太古、ヒトが霊穴を開けたと云われておる』
『それが本当なら、完全にヒトが悪者じゃない』
魔力があれば何でもできる、昔々のそのまた大昔において、魔法の技術は現代と比べ物にならないほど進んでいたらしい。しかし、ヒトの身に宿る魔力はそう多くない。当然の帰結として、外部の魔力を利用する方法を探すことになる。それが霊脈であったのだ。
この状況を面白く思わなかったのが男神だ。彼の神は、女神の作った世界を殊の外、愛していたらしい。それを好き勝手にし、壊そうとする存在は、たとえヒトが女神の生み出した存在であっても許せなかったようだ。彼は、霊脈に穿たれた霊穴から溢れ出る魔力を逆手に取り、そこから亜人を生み出した。ヒトや森人、地人、野人が女神の子であるなら、亜人は男神の子なのである。
亜人はその使命により、霊穴に近づくヒトを排除しようとするらしい。そして男神に喚ばれ、同じ使命を果たそうとする魔王は、まさに亜人側の勇者となる。
霊穴が大きくなれば、たくさんの亜人が生み出される。そして活動範囲も広がっていく。そうやってヒトの生活圏と被さり、お互いを害するようになってきたのだ。
魔法の技術の大半が失われ、ヒトが霊穴を利用する方法を忘れた今も、亜人達はその使命に従い霊穴に近づくヒトを害する。
『じゃあ、使命を終えたって言うのは……』
『そのままだな。
霊穴が閉じれば、そこに留まる理由もない』
使命に忠実だし、ヒトより亜人の方がよっぽど高潔に感じるな。
『一括りに評価しないで頂きたい』
この会話に割って入ってきたのは弟殿下だ。
大昔の、それも一部のヒトがやったことである。祖先は霊穴に関わる技術を捨て去っている。そもそも、霊穴の対処を願って女神に協力している。などなどと、自分がヒトを代表するかのような言い分が並べられる。ようは、霊穴に困っているのは現代のヒトも同じ、という主張だ。
殿下の主張は理解できるが、今はどうでも良い。こちらとしては部外者なのだ、印象操作したって無駄だ。事はもう起きているし、それを収めるのが女神の希望なのだ。椿としては、一刻も早く女神から解放される手段を探るのみである。
『で、男神とは直にお話しできたの?』
『いや……
しかと覚えてはおらんが、
とても一方的なものであったな』
ある晩、夢枕に立った男神に「使命を果たせ」と言われた。そしてその朝、見知らぬ土地で目覚めたらしい。悲惨すぎる…… 救いがあるとすれば、ニジニの古語が頭に押し込められており、暮らすには困らなかったようだ。なんせ、そこから300年を過ごしているのだ、活動圏は広がって行き、隣国のロムトス語だって自然と身に着いていく。まあ、そうなるだろうね。更にニジニの北には、また別の国があり、その国の言葉も使えると言う。意外とインテリなおっさんだったんだな……
10年を過ぎ、なんら成果を生み出せない。更に20年を過ぎ、身体が衰えを見せない異常に気付く。この人間の体に似せられた器に押し込められ、永久にこの世界に置き留められるのでは、そんな恐怖に苛まれたそうだ。
おっさんとしては、もう、とにかく使命を果たすしかない。
各地を巡って霊穴の位置を調べている内に、魔女と出会ったのだそうな。この後、如何にグラディスとの出会いで救われたか、共に過ごす日々が素晴らしいものであったかとのお惚気が続いたが、そこは割愛させて頂く。
そして魔女と共に、すべての霊穴を調べ上げる。しかし、霊穴を悪用するヒトはすでに居なかった。そう、この南大陸を除いて。おっさんが使命を果たすには、ここを踏破するしかないのだ。そして、それは魔女の使命をも果たすことになる。
そうやって利害の一致した2人は行動を共にするようになったようだ。
『女神が寄こした使命は何だったの?』
『霊穴を塞げ、だったわね』
このままでは世界が死ぬ、と。
最初は、溢れ出る亜人にヒトが滅ぼされるのかと思ったそうだ。椿もそう思っていた。しかし今は違う、この南大陸の様子を見れば分かる。比喩でなく死ぬのだろう、この
それに、男神と亜人の存在理由を知ってしまった。亜人をただ除く行為は、何の解決にもならないと判る。
女神は男神の存在を認識していないのだろうか? ずっと、地上を見守っているのではないのか? よっぽどポンコツなのか? とにかく圧倒的に説明が足りていないと思う。
『それに、塞ぎようがなかったのよね』
『霊穴をどうこうするヒトが残って居るなら、
そやつが何らかの手段を知っておると踏んだのだ』
なるほど、魔王も魔女も、最後に目指す場所はここなのだ。
益々以て、この大陸に居る何者かの正体を明らかにする必要がでてきた。
行程はすでに、7日を過ぎている。幸いなことに、内陸に進んで出る類の悪影響はなかった。つまり、壁抜けも瞬間移動も正常に働いている。食料は調達できるし、いざとなったら離脱も容易だろう。
ただ、上下左右、どちらを向いても灰色なのが辛い。気が滅入りそうだ。
進む内に、ヒトが住んでいただろう痕跡も見つけることができた。家の基礎や、1階部分を構成する石組みが連なって残るのを見かけたのだ。これはアレだ、小さな集落か、道の駅か。ただ、木材の類は朽ちてしまうのだろう、見当たらない。
そして、そういった痕跡には石像も存在している。
『普通に考えたら、住人ですよね……』
茜は自分が想像した内容で震えている。オリガ嬢など、石像に近づきもしない。
霊穴の影響で世界が死ぬとして、それに巻き込まれたのが南大陸だとする。灰色になったり、植物が朽ちたりしたのは、その影響だろう。では、生き物は? ヒトは? 生活できなくなって、大陸から去ったのだろうか。普通に考えたら、とっくに逃げ出していると思うけども。
『影響を受けて、石化したとか?』
『中身の赤いのは血だよね』
『やめて! 思い出しちゃう』
3馬鹿が好き勝手に石像を調べているが、触れて大丈夫なのだろうか。ヒトが石化したのなら、それが感染ってしまわないか不安になる。オリガ嬢はもう、視線すら向けていない。
『ヒト以外の石像がないですよね。
それに……』
そう、それは椿も気になっていた。
『みんな同じ顔をしている』
他にも、動物などが石化していてもおかしくない。でも、それは見つからないのだ。ヒトの像ばかりが残っている。この石像は、ヒトが石化したものではなく、作られたものではないだろうか。よく見ると家の基礎だって、判子を押したように同じ寸法だ。ヒトも家も、後から種類を増やすつもりであるとか?
出来損ないのジオラマのようだと思ってからは、不気味さも消えてしまった。
ところが見つけてしまった、元々は街だったと思われる痕跡を。城壁があったのだ、衛星都市フーリィパチほどの規模がある。流石に崩れそうなほど風化しているので、門をくぐって中に入る勇気は湧かなかった。それでも、覗き見る範囲には雑多な家の跡が確認できる。
門に立つ石像の足元には金属らしきものが落ちていた。その姿を見る限り、掲げもっていた槍の穂先だろうか。金属片は複数を認められるあたり、腰に下げていた片手剣も含まれるかもしれない。これらは生活や、活動の痕跡が匂うものだ。
中に入れば、食器などの生活用品も見つかるかもしれない。
ただ、やっぱり石像は同じ顔をしていた。
諸々の疑問に答えるものもなく、一行は南東へ進み続ける。その行き先に、ついに目的地が見えてきた。
平たいばかりであった大陸、地平線の向こうに山らしきものがある。その頂には砦か城のように見える構造物が顔を見せていた。
『うわー、魔王の城って感じがする』
やっぱりラストダンジョンですよ、と茜が言う。ここが最後であることを、椿も願うばかりである。
『うむ、立派な山城だな。
あれを攻めるのは辛そうだ』
『アレを見て逃げ帰ったの?』
椿の疑問に、魔王のおっさんは顔をしかめる。
『もっと手前であったな。
道中に突然、現れたのだ』
先程の都市跡に至るよりも前、それほど内陸に進まなかった頃、そこに突然、ヒトの形をした何かが現れたそうだ。
『明らかに敵意があった。
敵わんとすぐ分かるほどでな』
槍が生えてくるアレを、ひたすらやり過ごして逃げたそうだ。しかも、魔女ではなく、魔王のみが狙われたと言う。
『聖女のグラディスじゃなく、
魔王のおっさんに反応したの?』
であれば、茜の身にも注意が必要だな。おっさんと共に、真っ先に狙われるだろう。
まあ、言われなくてもイケメン眼鏡のマーリンが、なんとかするだろうけど。あの眼鏡は、ずっと椿と魔王の会話を意識しているようだし。アレの固有魔法は、鑑定だけじゃないみたいだ。覗き魔女ポーシャの遠視みたいな、地獄耳の魔法とかを持ってそうな感じがする、魔力の輻射的に。カザンも、魔王も魔女も、みんな余さず何らかの固有魔法を秘匿していた。眼鏡も鑑定に目を向けさせて、他に何かを隠していると思う。
さて、暗くなってきた。どうするべきだろうか。
こちらから見えると言うことは、むこうからも見えるはず。ここで呑気にキャンプを張っていいものだろうか? 地平線の先だもの、あれの高度がどんなものか分からないが20kmを下回ることはないだろう。まさか、何らかの攻撃が届くとは思えないが、不安ではある。
ああ、違うな。そもそもすでに槍の攻撃を受けている。距離なんか関係ないはずだ。対策を考えようとする椿を、カザンは小脇に抱えて運んでいく。スキンシップは歓迎だけど、荷物扱いは勘弁して欲しい。
『黙って強化を寄越せ』
敵も何も居ない場所で身体強化魔法を得て行う事はひとつだ。まだ働くのかと、呆れと感心の混じった思いでカザンに触れる。野営地に壁で囲いを作るのだろう、そう予想しながら身体強化魔法を施した。
カザンは予想通りに壁を作り始めた。
内側ほど高くする3重の構造に加え、壁に対して直角に設ける控え壁まで用意する凝り様だ。その壁に接しないように、柱と屋根まで出来上がっていく。きっと壁の向こう側は、深い谷になっているに違いない。
すごいな、カザンこそ国家に一人は必要だぞ。建設大臣だ。
『魔力さえあれば誰だってできる。
お前の魔力量が非常識なだけだ』
どうしてカザンは、これほど献身的に付き合ってくれるのだろうか。元は道の駅の守衛であった。世界を救うとか、そんな大仰な使命を帯びるような立場ではなかっただろうに。
『王に命令されたからな、それも2人に』
そう言えば、ロムトスのイカレ王とは友達のような雰囲気だったっけ。ニジニ王とも認識があったのだろうか。あちらの王様のほうが常識人ぽかったけども、どういう繋がりなんだか。カザンは、ニジニ語も使っていたな。妙な二つ名もあったし。昔は外交を担うような役職に就いていたのかもしれない。
『お前の護衛として、
ずっと張り付いていたんだがな。
それも、随分前からだ。
気付いていなかったのか?』
いやいや、初耳である。いったい何時からだろうか。
『鈍いよなぁ、色々と……』
護衛対象が
実際、亜人に遭遇する機会が少なかったのは、良いように間引いてくれていたのかもしれない。
カザンが最後の壁を作り終えた。逃げ場がなくならないよう、3方にだけ壁を配している。野営地の出来栄えに満足したカザンは最後に竈を作ると、皆から少し離れた場所に、どかりと寝そべって休息を取り始めた。あぁ、もう何日間も地面を固め続けているのだ、疲れるよね。
心の中で感謝を述べつつ、椿も夕食の準備に加わることにした。
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