第84話 トウモロコシ畑

 柱を建てる作業は継続した。


 その上で、一行は進路を南東に変える。この地に潜む、霊穴を穿った張本人、もしくは悪用しているらしい存在を目指すのだ。そいつは霊脈を隠す魔法を行使していて、その魔力の輻射ははっきりと存在を南東に示していた。


 途中、何度も魔女グラディスと魔法の出どころを確認する。そして細かく進行方向を修正しながら進んでいった。


 変化は1日も待たずに起きた。


『あら、気付かれたみたいよ。

 どうやら当たりだったみたいね』


 妨害が止んだのだと、グラディスが嬉しそうに言う。


 ……確かに、霊脈の気配が顕になっていく。これまで霊脈の気配を探ると言う行為の意味が分からなかった茜にさえ、この地を通る巨大な霊脈の存在を感じ取る。


『すごい、これなら分かります。

 もの凄く大きな滝の側に居るみたい』


 茜が滝と例えた霊脈は時折、飛沫のように魔力を巻き上げている。その流れは台地の半ば深くを通り、予想通りに南東へ向かっていた。これまでで一番規模が大きい。乱暴に比較すると、2段に重なったニジニの首都が乗る岩山、あれの上段に届くほどの直径がありそうだ。


 以前に例えたとおり、霊脈とはこの惑星ほしの血管に等しい役割を持つと思われる。そして、血管が一番太い場所と言えば? 人なら心臓だ。太古の霊穴とやらは、心臓に向けて穿たれた穴なのだろう。そりゃあ、体も弱るさ。


 妨害を止めたなら、次は何だろう。何もしないわけないよね。


『ねえ、敵が向かってくるのに気付いたら

 どうすると思う?』


『まあ、拠点で迎撃の準備か……

 打って出てくるだろうな』


 そりゃあそうだ。カザンの答えは、椿にも考えが及ぶ範疇のものだ。打って出ると言っても、相手は独りなのか、団体なのかも分からない。槍を生み出した魔法も、霊脈を隠す魔法も、どちらも同一人物の魔力に感じたけれど。


 ここは南大陸の経験者にも意見を述べてもらいたい。


『魔王さん、以前に来たときはどうだったの?』


『うむ、一斉に生えてきたな』


 何が? と思う暇もなかった。


 ――――ヒュガッ!!


 また槍が生えてきた!!


 先ほどと同様に首根っこを引っ張られた椿の鼻先を槍が掠めていく。なぜカザンは察知できるのか、椿が間抜けみたいではないか。魔法が働く気配は感じなかった。ああ、いや、霊脈か。霊脈の気配がでかすぎて分からなかったんだ。


『くそっ、また土木工事かよっ!』


 槍が飛び出せないように、すぐにカザンは魔法で地面を固めようと魔力を高める。


 敵が馬鹿じゃなければ、当然ながら対策をしてくる。そして、敵は馬鹿じゃなかった。槍は徹底的にカザンを狙って生えてきたのだ。地面を固めようと手を着こうにも、そこから容赦なく槍が生えてくる。


 すぐ兵たちにも被害が出始めた。先程と違い、300人近い全員が集合しているのだ、適当に生やしたって当たるかもしれない。敵さんにしてみれば、これは良い的だ。


 足元に注意しながらグルグルと頭を巡らして対策を考える。


『おい、このままじゃヤバい!』


『わかってる!』


 生えた槍を必死に避けるまでは良い。その槍は逃げ場を遮る柵にもなってくる。どんどんと生えてその場に残る槍で、動ける場所が狭まってしまうのだ。もうすでに、トウモロコシ畑のような風景になってきている。


 思いついた事を試したいが、集中する隙がない。先程、カザンを強化していた事はバレているようで、カザンに次いで狙われているのが椿である。


『お嬢様、じっとしてください』


 そう言いながら、白侍女シェロブが椿の側に寄り添ってきた。


 焦る椿を落ち着かせるためか、シェロブが椿の正面から抱きついてくる。いやいや、じっとしていたら刺されるって! 案の定、背中から貫かれそうになるシェロブを抱えて、必死に避ける。


『お嬢様』


 シェロブが意味ありげに椿を見上げてくる。


 その目を見て、何をするのか察しがついた椿は、防御をすべてシェロブに委ねることにした。すぐに、薙刀の鞘を払い、魔法銀の刀身を露わにする。


 ――ヒュッ!


 シェロブごと椿を貫こうとした槍は、シェロブの体の中で屈折するように方向を変えた。彼女の壁抜けの魔法は、自身の体を壁として、物などを通り抜けさせる事だってできるのだ。おまけに、通り抜けると言ってもまっすぐ突き抜けるだけではない。体の中で屈折するように、背中に刺さった槍は、背中から生えてくる。そんな使い方も可能だ。


 この魔法を初めてみた日、床に挿した剣の切っ先を、離れた場所に飛び出させる芸当を見せてくれたっけ。


 そのままシェロブは腕や足、時には外套を広げて、次々と生えてくる槍を椿からそらしてくれる。


 シェロブが作ってくれた時間で、とある魔法を試す。随分前に考えていたが、あまりにビジュアルが馬鹿っぽいので踏み込めなかったものだ。目立ちすぎとも注意を受けたしね。しかし、今はそれどころではない。


 魔法銀の刀身をできるだけ高く掲げて魔力を籠める。遠慮はなしで、思い切り。


 魔力を籠めた魔法銀は光る。そう、魔力の輻射だ。この光すら、椿の魔力の延長なのだ。この光で、身体強化魔法ができるはず。


 敵が槍だけでよかった。


 椿が放つのは光のように伝わる魔力だ。敵を避け、味方だけ強化する余裕が今はない。だがこの場に居るのは、味方だけだ。つまり、無差別にばら撒ける!


 直視できないほどの光が刀身から放たれ、あたりを明るく照らす。


『うおっ』

『きゃあっ』


 ――なんだ!?


 身体強化魔法の効果を確認する前に、別の効果が現れた。

 視界いっぱいの槍が、一斉に崩れ始めたのだ。


 同時に、浮かんでいた魔女も落ちてくる。それを難なく受け止めた魔王が近寄ってきた。


『面白い事をする』


 ちょっと皮肉を籠めたお言葉を頂いた。あ、魔王がちょっと怒っている。このグラディス第一主義者め。


『いや、ごめんなさい。

 初めて試したんだけど、思っていたもの

 以外の効果まで出ちゃった』


 素直に謝ったところ、魔王がすぐに今起きている現象の方に興味を向けてくれた。助かった。


『光そのものに

 白い魔力の特性が宿っておるのか』


『身体強化魔法をばら撒きたかったんだけど』


 魔女が落ちたのは椿の魔力と同じ、他の魔法を無力にする効果が働いたのだろう。そして、目論んでいた身体強化魔法の効果、そちらも問題なく発揮されていたようだ。カザンが岩肌を圧縮して、道路を作り始めている。進行方向の向かって右側から石材を集め道路に当たる部分の密度を高めている。考えなしに集めると、道路の両側が落ち込み、逃げ場がなくなる。片側だけから集めたようだ。


 周りを見渡すと、あれほど視界を埋めていた槍は一本残らず消えてしまった。


『敵さんのコレも

 魔法だったみたいね』


 椿の放つ白い光のに、魔法は発現しないようだ。


 魔女が面白そうに、調査を始める。カザンの魔法が発動するのは何故か? 地面の中を圧縮しているから、光の届かない範囲なら大丈夫なようだ。それは、体の内部で発動する身体強化魔法も同じ。


 どう工夫したのか分からないが、魔女が再び空に浮かんでいる。


『面白いわね、コレ。

 私の魔力としても使えるわ』


 水の中で浮力を得るように、光から浮力を得たらしい。

 いや、説明されても分からん。


 カザンが必死で道を作るあいだ、マーリンまでもが大量に使える魔力に興味を示していた。椿から背を向ければ自身が壁となり、影ができる。その影の中であれば魔力を放出できた。僅かな範囲であるが、自由に魔法を使い放題なわけだ。


 皆、カザンを放ったらかしで好き放題を始めてしまった。


『これ、訓練にうってつけですわ』


 魔法の実践が大好きなオリガ嬢が一番楽しんでいる。個人の資質により、日に決まった量しか魔力は扱えない。そのため、魔法を練習する回数には限りがある。でも今なら、何度でも行使できてしまうのだ。


 一家に一台、聖女を。


『いやねぇ、これは聖女の特性じゃないでしょう。

 私にはできないし』


 魔女の白い魔力には、他者の魔法を打ち消す力はないし、他者が利用することもできないらしい。できるなら、この大陸から逃げ帰ったりはしなかっただろう。


 そう言えばこの魔女は、先代の聖女なんだっけ。その容姿から白い魔力は想像し難い。彼女の隠蔽が完璧すぎるのも、それに拍車をかけている。グラディスが魔法を使っても、その魔力の色を感じ取ることができないくらいなのだ。


 はしゃぐ指揮系統が仕事をしないので、魔王と共に負傷者たちへポーションを服用するように伝える。すでに身体強化魔法の光を浴びて居るので、ポーションが加わればそのまま治癒できる。兵たちの立て直しはすぐに終わった。


 ついでにお馬さんも治癒できるか試しておこう。兵たちに馬へポーションを投与してもらう。ポーションは鍋単位で作れるので、用意するのは簡単だ。ケチらず、横たわってぐったりしているお馬さんにも与えていく。


 服用するとすぐ、痛みで暴れていた馬はおとなしくなり、横たわっていた馬も次々と立ち上がる。よし、どうやら馬にも効くようだ。これは、身体強化魔法の効果が出るので予想していた通りとも言える。


 治療が済み、身体強化魔法の効果で身軽になった精鋭たちがさっさと隊列を整えていく。細かい組み分けがあるのだろう、5~10人ほどを単位とした班が最小単位のようだ。次々と報告が為され、数人の隊長クラスに伝令が上がってくる。それは最後に、弟殿下へ伝わる。おや、彼だけは浮かれずに働いているようだ。


 まあ、目の前で憧れのカザンが仕事を続けているからね。




 そろそろ腕を上げ続けるのが怠くなってきた。カザンに直接触れて身体強化魔法を与えるようにする。もう全体への強化は必要ないだろうし。固めた道の上に居るので安全なはずだ。道の端に近づくと、みょんと槍が飛び出してくるが、椿の白い魔力の光を浴びせれば朽ちるように崩れて消える。


 魔力をばらまく光が消えたため、眼鏡たちも遊びを諦めて隊列に戻ってくれた。


 再び一行は、南東へ向けて歩き出す。


『ねえ、黒いヒトって何なの?』


『儂も知りたい』


 魔王も知らないのか? 女神は何て説明していたのだ。


 そもそも、何が目的なのだ。


『女神は召喚の理由を教えてくれなかったの?』


『うん?

 儂をここへ喚んだのは男神だ』


 へえ? 女神以外が居るのか。


『それはそうであろう。

 この世界を管理、維持するのだ。

 たった2柱では余りに頼りない』


 人数よりも、あれの性質の方が問題ありと思うけど。そもそも、妹と思われる方の姿は、結局のところまだ見ていない。


『私は、女神と言葉が通じなかったのだけれど。

 何をすればいいのかは、ここの皆と決めた始末だし』


 なら、そこのすり合わせから始めることにしようと魔王が言った。

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